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第12話 それで、どうしてこうなったの?

「入っていーよ」


 そう声をかけられて、がちゃりと戸を開く。

 ここは集合住宅地で、便利なぶん土地が高いので部屋数を増やしている建物だ。


 おお、広い。

 俺の感覚としてある「部屋」がまず3つぶんあって、まだその先と繋がっている空間がある。

 やっぱり魔剣士は稼ぎが違うなと思うのと同時に、もっと豪華な邸宅だろうと思ってもいた。


「魔剣士ってみんなこんな感じなの?」


「それはアタシの都合。広すぎるのも嫌だから、こっちに引っ越したの。アイス食べる?」


 アイスってなに?

 興味津々で近づくと、四角い変な家具を彼女は開いており、そこから小さな包みを取り出す。銀のスプーンと一緒に「ン」と言って差し出されたが……。


「なんか冷たくない?」


「だってアイスだし」


 ハテナ、と俺は疑問符を浮かべた。

 なんで冷たくなっているのかなと不思議に思って家具を覗いてみると、内側はびっしりと霜で覆われている。えー、なんだろこの家具。


「お茶も淹れてあげる。そこらに座ってて。あ、ちょっと! ここでは靴を脱いで!」


 素足でぺたぺた歩いていたギガフレアは、俺の靴に気づいて顔をくわっと険しくする。

 ずいぶんきれいな床だと思ったら、ここでは靴を脱がないといけないんだね。


 ごめんごめんと謝り、慌てて玄関で脱ぎ捨てる。

 びっくりしたけど、やっぱり魔剣士だけあって上等な部屋に住んでいるんだな。窓の外を眺めると、地上までかなりの距離があって、建物はずっと下まで続いていた。


 すごいなあと思いつつ、ぱくんと冷たいアイスを口に入れる。

 スプーンをくわえながら俺は呻く。というか火竜も悲鳴を上げていた。


「あっまぁ~~~~い!」


 なにコレぇ! 勝手に頬が緩んじゃうし、にこにこしちゃう!

 だぼっとした室内着に着替え終えたギガフレアは、そんな俺を見て相好を崩していた。


「ンフ、変わってるなぁ。おいでおいで、タロちん」


 目を線にして彼女は笑う。八重歯が覗いていて、そこいらの子よりもぜんぜん可愛かった。

 ちょっとちょっと、なんでこんな人が魔剣士をやっているの? 俺の勝手なイメージとしては信じられないくらい冷酷無比で、人が死んでも「ふん、虫けらめ」と言う感じだったんだけど。


「あと、アタシの名前はアーイカ。ギガフレアってのは、魔剣を譲り受けたときにつけられたの。正式にはギガフレア・アーイカって呼ばれてる感じかな」


「あ、そうなんだ。ギガフレアだと、ちょっと呼びづらくて困ってたんだ」


 変なのと言って彼女はまた笑う。

 しかしその愛らしい顔は、単なる見せかけである。

 手を引かれて通された先の部屋は、俺の知らないものだらけだったのだ。


「ここ、なに?」


「お風呂。アンタ、臭いし匂うし鼻がおかしくなりそうだからまず洗うね。こっち来て」


「このあいだ川で洗ったけどなぁ」


「こっち来て」


 あかん、無限ループに入りかけている。

 にっこり笑顔から途方もない強制力を俺は感じ取った。




 小皿の上に乗せられた光ゴケの塊。

 そこにかぶせていた透明な蓋を外すとアーイカは息をそっと吹きかける。すると炭が燃え上がるような音を立てて、ほんのりと浴室を照らしてゆく。


 あれはお部屋の便利グッズとして市場で見かける高級品だ。迷宮の光ゴケを採取して、長持ちするように加工してある。


 窓を少し開けると、外から入ってきた風が光ゴケの明かりを揺らめかせる。

 地上でもかすかな光が見えており、真っ黒だけど人がたくさんいるんだろうなと俺は思う。


 そんななか、頭につうっと垂れてきたのは香ばしい油というべきか、でも俺の知っているベタッとしたものでなく、どこかさらさらしている。

 布でこするうちに泡だち、ふわんと花の香りを漂わせるのもまた不思議だ。


「洗い方を教えてあげるから、次からはちゃんと自分でしてね」


「ありがとう、えーと、アーイカ」


 互いに服を着ていないけど、まあ暗いし大丈夫だ。実際は暗視を鍛えまくっているから振り返れないが。

 攻略者はみんな粗雑で乱暴だから、肌を見せることに無頓着だったりする。ほら、着替えたり治療するときに脱ぐからさ。命がかかっていては恥ずかしいなんて言えないし、彼女もたぶんそうなのだろう。


「アタシの場合、気が弱い弟がいてさ。もう死んじゃったけど、ちょっとだけアンタと似てるかなぁ。戦争だし仕方ないんだけど。少し懐かしくなった」


 うつむいた彼女は、俺の肩に額を当ててくる。

 形の良い鼻に泡がくっついた。


「俺は戦争孤児だったな。家族を見たことがないし、周りの奴はどんどん引き取られていった。俺は身体が弱くて、どの引き取り手も嫌がっていたのをよく覚えている」


 小さいころの教育は大事らしくて、身体も気も弱くてまともに会話できなかった俺は、そのころからずっと一人だった。

 もしかしたらアーイカも同じだったのかもしれない。どこか話下手で、唇をむにゅむにゅさせることが多い。


 手足を洗い、見よう見まねで胴体を自分で洗うと、それから湯船というものに二人で入る。

 たくさんの湯を張っていて、少し溢れたくらいで窮屈ではなかった。


 正面に腰かけるアーイカは、先ほどよりもにっこりと笑みを浮かべている。たぶん薄暗さのおかげだろう。湯船に浮かぶものがあり目のやり場に困らされたが。


「ふーん、ならアタシらはコミュ障仲間だね」


「あんまり生活で困らないけどな」


「迷宮でずっとソロだったのに? アタシも人のこと言えないけど」


 ぐさっと胸に言葉が刺さった。

 そうなんだよな。最初のうちはいいんだけど、しばらくしたら変に遠慮をしちゃったり、ぎくしゃくしたり、だんだん疲れちゃう。

 などと口にすると、アーイカはうんうんと大きくうなずいていた。


「分かるーー! えと、だからちょっと不安かな、タロちんもしばらくしたら苦手になっちゃうかもだし」


「それは俺も同感だなぁ。アーイカは優しいし可愛いから、できればずっとそばにいたいし」


 いじいじと指をいじくっていたアーイカは、ぱっと瞳を輝かせてから湯船に唇まで沈んでゆく。

 ふーむと唸ってから俺は口を開いた。


「だから疲れたら普通に離れていいと思う。たぶん無理するのが一番良くなくて、そうなったら構わずに言って欲しい。んで、暇になって遊びたくなったら連絡をする」


「ンハっ、変なの。この話をすると、みんな変な顔をして黙っちゃうのに」


 後ろ向きと前向きの混じった提案だったというのに、なぜか彼女から気に入られた。


 つんっとアーイカの膝が当たってきて、少しだけドギマギする。

 ふと何かを思い出したのか、彼女は足をざぼりと湯から出して、俺の胸のあたりに爪先で触れてきた。


「ここ、なにが入ってんの?」


「火竜。地下の……えーと、67層だったかな。そこで火竜の肉を食ったらまだ生きててさ。いやびっくりしたよ。内側から喰われる恐怖? そんなのをまざまざと味わったし。あ、そうそう。こいつがエリンギ」


 ざぼあっと湯船から現れた透明な存在に、それまで話を聞いていたアーイカは息を呑む。

 それからみるみるうちに血相を変えて、大きく開いた唇からは八重歯からのどちんこまで丸見えになった。




 ばんっばんっばんっと脱衣所で背中を平手で叩かれる。

 バスタオルというもので湯をぬぐっているあいだ、お尻を丸出しにしながら俺は悲鳴を上げる。

 ちなみにエリンギもタライのなかでブルブル震えていた。


「いるならいるって最初から言ってよ! びっくりしたじゃん!」


「ごめんごめん! てっきり気づいていると思って。ほら、勘が鋭いって言ってたから!」


「知らないわよ、けっこー緊張してたんだし! ばーか! タロちんのばーか! 今度やったら蹴っ飛ばすから!」


 べえっと舌を出して、それからぷいっと顔を背けられてしまった。

 尚も謝ろうとしたときに、その背中が傷跡だらけなのを俺は見た。戦場でついたものでないと一目で分かるし、彼女の抱える過去をほんのちょっとだけ俺は知った。


 だけど問題はこっちだ。

 脱衣所の端っこから、じっと冷たい目を向けてくる女性がいる。

 どうやら魔剣ダイヤモンドスカイは主人を守ろうとしているらしく、お風呂に入っているときも監視を怠らなかった。もちろんね、指の一本も触れていませんよ。


 あーあ、魔剣適性が異様に高いせいで、俺にしか彼女の姿が見えないなんて。


 いや、待てよと思う。

 魔剣属性が異様に高いせいで、もしかして生命のスープを見ることができたのだろうか。

 迷宮に隠されている力に誰か一人でも気づけば、そういう噂が立ってもおかしくない。しかしそうなっていないということは……可能性のひとつとして考えられそうだ。


 魔剣と迷宮のエネルギー。

 このふたつに関連はあるのだろうか。

 そう考えていたときに、アーイカは首までの金髪を揺らしながら振り返ってくる。


「火竜の肉は普通なら食べないよ。無限と思えるほどの生命力があって、人の身体には耐えられないから。なんでタロちんだけ平気なのか、あとでちゃんと教えて」


 そうしたら許す、と言外に伝えられた気がする。

 もちろん俺はすぐにうなずいた。とはいえ、説明しきれる自信はまったくなかったが。


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― 新着の感想 ―
[一言] コミュ障だからボッチになるのか。ボッチを続けるとコミュ障になるのか。 いずれにしろ、とても判りあえたような
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