第11話 閃きのダイヤモンドスカイ③
ちなみに俺はというと、いま地中にいます。
地下5メートルという微妙な場所にすっぽりと収まっているのは、ここにエリンギがいたからだ。
地下水を通って俺を追ってきたらしく、久しぶりにまとわりついてくる愛らしさときたらたまんないね。
以前のようにエリンギを全身に覆わせたので、これでギガフレアの勝ちはなくなった。もちろん俺の勝ちもない。だって倒す気なんてないし。
「俺を見つけたのはたまたまだろうけど、彼女の勘の鋭さを侮っていたな。しかしこの深さなら手の出しようもないだろう」
このまま「絶界」を発動して帰るか。
いや、家はもうないんだっけ。
などと悠長に考えていたとき、ギガフレアは行動を起こす。腰のものを一気に引き抜いて、美しいカラットを刻む刀身をそのまま地面に突き刺したのだ。
「咲け、ダイヤモンドスカイ!!」
はい?
夜空に高々と声を張り上げた瞬間、魔剣士ギガフレアは実力を示してきた。宙を、地中を、辺りに生えた大木を、無数の剣筋が貫いて粉々にしていったんだ。
はっきり言って俺の放った灼熱吐息なんかよりも恐ろしい光景だ。いや、まだ実力を隠している可能性も高いな。
辺り一帯を切り刻もうとする彼女は、持ち前の勘とやらで俺が近くにいると睨んだのだろう。
しかしこちらは迷宮を踏破した男だ。そうやすやすと当たるわけがない。などと地下から抜け出して、猛烈な速度で斜面を下ってゆく途中、ふと思う。
アーヴ国において名高い魔剣、ダイヤモンドスカイ。その実力はいかほどのものだろうか。
視界はすでに白銀色の輝きで埋め尽くされており、ドッという音と共に大木が根元から崩壊する。
恐ろしい光景でありながら、技の本質を知りたい俺はしばし悩み、それから指先に意識を集中させる。
エリンギは俺の意思を聞き、ずるんと指先を伸ばす。それを近くの輝きに触れさせてみると……。
驚いたね。
パキパキと指先が凍りつきつつある。
表面にカラットを生み、浸食している様子はまさに「ダイヤモンド」の名を表している。だがこれはいったい……。
「……狂い咲け、ダイヤモンドスカイ」
それまで瞳を閉じていた女は、ぼそりとそうつぶやく。
色づいてふっくらとした唇が開かれるのを第六感で知覚しつつ、俺は「ヤバい」と呻いた。
瞬間的にパキッと切り離した指先。
それは宙に輝きを生みつつあり、まったく猶予のない俺は振り返ることなく全速力で駆けてゆく。
おおおー、背中がぞわぞわするぅー!
などと思うのは当然だった。わずか一秒後、切り離した指先を中心に、ゾゾキンッと無数の刃が爆発的に周囲一帯を切り裂いたのだ。
刃の届いた先も浸食をするのか、ゾゾキンッ、ゾゾキンッ、と連先的にダイヤモンドの刃を広げて俺を追う。
はっきり言って地獄だね。もしもこんな技を戦場で披露されたら「お母ちゃん」と悲鳴を上げることさえ忘れるだろう。
魔剣士ギガフレアは噂以上の実力者だ。
まず遠距離戦で一方的な蹂躙を始めて、相手はもう決死の思いで距離を詰めるしかない。
ターゲットの分散が最も有効だと思いはすれど、ギガフレアに辿り着くまでにどれだけの犠牲を見込まなければならないのだ。国が傾くほどの兵数であるのは間違いないだろう。
ふうっと息を吐き、汗をぬぐいながら振り返る。
「有効射程は約2キロか……ふむ」
パキンと結晶化したものを眺めてそう口にした。
ダイヤモンドの浸食は止まり、パキンと砕けてゆく様子を見てそう俺は言う。たとえようのない美しい光景だと思いはするが、死の間際に見る者はどんな感情を抱くだろう。
「問題は、どうやって俺を追っているかだ」
ダイヤモンドの輝きを目で追うと、ほぼ直線的に俺を追っていると分かる。持ち前の勘とやらでここまで正確に追えるものだろうか。
結晶が粒子となって漂うなか、ふと俺は上空を見上げる。
そこから舞い降りてくるのは一人の女性、魔剣ダイヤモンドスカイだった。
ゴシック調のスカート、頭に乗せたヘッドドレスという服装でありながら、瞳は極寒そのものだ。感情の一切を見せず俺を見ており、もはや予測する必要もないが、魔剣本体ともいえる彼女の補助によってこの超遠距離攻撃は成り立っていたのだろう。
ダイヤモンドスカイは興味を失ったように俺から視線を外し、主人の元へと帰ってゆく。とたんに周囲の結晶体は崩れてゆき、じょわあっと大量の粒子が山肌を覆った。
頭を掻き、しばし悩んでから俺は夜空を仰ぐ。
「……あー、分かった分かった、分かりました」
無視して帰ることもできるが、この調子で毎日やって来られたらめんどくさい。新しい家を買えたとしても、また更地にされかねない。
はあ、とやる気のないため息を吐いてから俺は姿を現すことに決めた。
がさりと草を鳴らして、俺は月明かりを浴びる。
剣の柄に手を置いていたギガフレアは、強者らしく余裕のある態度でゆっくりと顔を上げた。
「アンタ、その恰好は……」
真っ黒い全身鎧に気づいて彼女は青い目をわずかに見開く。
月明かりさえも反射せず、異質な装備品であることは明白だ。それでいて目元だけは見えているから怪しい真犯人に見えないこともない。
「ギガフレア、取引だ」
真の姿を現した者らしく、威厳のある声を出してみる。
なんとなくかっこいいかなと思って。でも口から出してみると滑っている気がした。
「へえ、やっぱ本性を隠してたじゃん。おかしな奴だと思ったし。んで、取引ってなに? 命乞い?」
「手下になるつもりはない。互いに対等の関係であるべきだ」
「魔物と?」
剣を振りもせずに、幾筋もの剣撃が後方に流れてゆく。突如として無数の流星群に包まれる思いをした。
迷宮にこもり、俺の得た力はいくつかある。
ひとつは相手が人であろうと魔物であろうと行方をくらます「絶界」であり、これを発動したときに俺を認識できる者はまずいない。いまのところ。
ふたつめはギガフレアから放たれた技のように、死を予感したとき超人的な回避をしてみせること。
無意識下で行われることも多く、ハッと気づいたとき俺はギガフレアの背後に立っていた。
砕け散る大木と、次いで生じられる衝撃波。
なるほど。確かに彼女の背後であれば、風で吹き飛ばされることもあるまい。
存在感を消したため、彼女は一瞬だけ俺を見失ってもいた。いまのが合理的かつ超人的な技だと気づいて、武器を収めてくれたら良いのだが。
ようやく地響きが終わり、声が聞こえるようになってから俺は口を開いた。
「とまあ、俺には当たらない。ちょっとした理由があってさ、正体は魔物でもないんだ。割と普通な男で、家がなくなったばかりの可哀そうなやつなんだよね」
みっつめの力は、あらゆるダメージを分散するエリンギ、そして体内強化を行ってくれる火竜という存在を持ち帰れたことだろう。
しかし残念ながら魔剣士相手を圧倒できる火力はまだない。
どろりと鎧を溶かして、素の顔を見せてゆく。敵意がないことの現れなんだけど、まだ鋭く睨んでいるし……ちゃんと通じているのかな。
なにを考えているのか、ギガフレアは無表情のまま俺を眺めている。
さすがにちょっとは怖いけど――ほら、怒鳴られたりしたら嫌だし――両手をひらひらさせながらもう一歩近づくと、極寒の気配はほんの少し遠ざかった。
「んー、とっちめようか悩んだけど、まあいーや、アンタとは話ができそうだし、今日のところは許してあげる」
ふんと鼻息をひとつ吐いて、ギガフレアは刀身を鞘に納めてゆく。まばゆいほどのカラットを刻んだ魔剣が、その輝きをいま失った。
良かった、彼女には話が通じそうで。
「……で、さっきアンタが言った対等の関係ってどういう意味?」
「ん? んー、そう言われると困るな。えーと、友達みたいな?」
「友達っ!?」
え、なんでびっくりすんの?
困ったように唇をむにゃむにゃさせているし「うー」と唸っている。胸の前で己の腕をさすり、わずかに猫背になっているのはなぜだろう。
「あ、そう、いーよ、じゃあ友達からね」
「からってなに?」
「ちゃんとした友達! キミ、家がないんでしょ、行こ」
「行くってどこに?」
「あたしん家! 別に友達なんだから普通じゃん。それともなに、実は正体が魔物でしたー、みたいな?」
「違うけど」
「じゃあいいじゃん! ほら!」
ぱっと腕を握られた。
手のひらが温かくて、俺よりもずっと体温が高い。
振り返りもせずに耳を赤くして歩いてゆく様子だが……驚くべきはそこじゃない。魔剣は問題なくかわせるというのに、この女性の手はどうして難なく俺に触れられるのだろう。
ふかりと当てられた胸もかわせない。というかこれ、ただ単に俺がいい思いをしたいだけじゃん!
「うわ、まずっ、やりすぎちゃったかな」
と、上ずった彼女の声で我に返る。すると市場のほうでカンカンという警戒の音が響いており、国の兵士らしい集団が駆けていた。
「そういやアノルドのおっさんに見られたな。また死亡届を出されなければいいけど」
「なんで? 死亡届を出されるなんてよっぽどじゃん。タロ、あんたってちょっと変だよ」
変じゃないやい。
そう文句を言いたかったのに、手をにぎってこられて、間近で覗き込まれるものだからなにも言えなくなった。
友達、友達かぁ。
「俺、友達って初めてだからよく分からないや。こういう感じでいいの?」
「う、ん、たぶん。あたしも初めてだけど、周りの小さなコが手を繋いでたからフツーじゃない? 知らないけど」
あ、そう。ふーん、そういうものなんだ。
魔剣士に襲われるという大変な事態であったにも関わらず、俺は「手が小さいなー」とか「いい香りがするなー」とかアホなことばかり考えていた。
そして実のところ、ギガフレアの内情も大して俺と変わらなかった。




