第10話 閃きのダイヤモンドスカイ②
うーん、おかしいね。
これは異常という他ない。
振り返り、クンと匂いを嗅ぐと街がおかしいことに気づく。魔剣士の気配が散ったかと思えば、あちこちから彼女の気配がするのだ。
どのような術を使っているかは分からない。ただ異様さだけは伝わるので、今夜はしばらく逃避行を続けないといけないようだ。
「なんで俺なんかにそこまで執着するのかな。変わった人だ」
魔剣士ギガフレアの実力を俺はぜんぜん分かっていない。しかしそれは相手も同じことだ。いくらやっきになって探そうとしてもさ、いないものは見つけられないんだし。
くあっと欠伸をしてから周囲をさぐる。
感覚に身を任せると、彼女は円となって広がってゆくのが分かる。ならもう少ししたら円の内側に戻って、安酒場で大人しく過ごすか。
そう算段をつけつつ、ぶらぶらと道を歩いてゆく。
そんなことよりも、どうやってナザルに近づくかだ。
不覚にも魔剣フラウデリカにひと目ぼれした俺は、毎日のように彼女を思い続けている。
どんな声をしているのか。
どんな風に話すのか。
そんなことを悶々と考え続ける俺は、いくらひいき目に見ても「キモい」に分類される男だ。でも黒髪をなびかせて歩く彼女の気高い姿は、どうにも忘れられない。
ナザルを追うことを彼女、ギガフレアは「手伝う」と言った。
口から出まかせかもしれないが、あのときは自信たっぷりの目をしていた。その理由が俺は少しだけ気になった。
まさかねぇ、魔剣士ギガフレアが女性とは思わなんだ。
少しだけ病んでいる感じがしたし、また矛盾するのだがどこか話しやすい感じもした。
ぼっち属性である俺と同類の気配を感じたのだけれど、たぶん気のせいだろう。配下をつけず、単身で戦いに臨み続けているような猛者なのだし。
……ん? 本当にぼっちなのか? まさかねぇ。
「キャッ!」
と、近くを歩いている女性が悲鳴を上げた。
「あ、どうしました?」
なにくわぬ態度で話しかけてみると、見知らぬ女性はしばらく呆然としたあとに首を横に振る。それからそそくさと離れて行った。
ん-、どうしたものか。気配を薄くすると、周りの人がなかなか俺に気づけないから、すぐ近くでぬうっと現れたように見えるんだ。
「しゃーない、フードつきの身を隠せるものを買おう。お化けだと思われても嫌だし……まったく、金がないってのに……」
ぶつぶつ文句を言いながら、まだやっているお店を探す。
夜になったら店を閉じるというのは、どこの国にとっても当たり前だ。しかし迷宮に面した区画では様子が一変する。
高価なランプがあちこちに並んでおり、夜道を飾っているのは物珍しい景色だろう。
「攻略者が戻って来るのは時間帯おかまいなしだからな。さすがに深夜になったら閑散とするけど」
当たり前だけど迷宮攻略者も睡眠をとる。なので基本的には深夜になると帰還する者もめっきり減る、という仕組みだ。
しかし、これがありがたい。腹が減ったときにふらりと立ち寄れるってのは俺みたいなひとり者だけでなく、けっこう大勢の人が助かっていたりする。ちょっと割高だけどな。
あちこちで湯気を上げているのは、炊き出しのような光景に見えるだろう。立ち寄る客も多く、立派な装備をした者が列に並んでいるのは変わった光景だと思う。
炙った鶏肉が美味しそうだなと思いつつ、俺は馴染みの店に入ってゆく。すると店員は俺を見て、目をごしりとこすった。
「あ、ごめんごめん、俺だよアノルド」
「……タロ? 気のせいか、いま半分くらい見えなかったぞ」
「老眼が進んでるんじゃない? それよりもちょうどいいフードつきのローブを探していてさ。ほら、家が無くなっちゃったから」
あぁー、と納得したように店主は呻く。
すると今夜は野宿かと問いかけてきながら、彼は近くにかけていたものから探しだす。
粗悪品を扱う店も多いけど、ここで扱っている品は信用できる。だから駆け出しのころから足しげく通っているんだよね。つぶれてしまっては困るという意味で。
「なら俺の店を手伝ったらどうだ。俺は年だ。遅い時間まで店をやるのはこたえるし、お前もそろそろ将来を考える時期だろう」
「うん、ありがとう。考えておくよ」
ニッと笑った。ちょっとだけ嬉しくてさ、俺はすぐに答えられなかったんだ。彫りの深い西洋なまりのアノルドは「そうか」とだけ言ってまた品選びに戻る。
この辺りは激戦地で、かけられる税率も高いんだ。なので売り上げが低いと国から強制的に店を閉めさせられる。そのぶん見返りも大きくて、みんな独占しようって頑張っているのに、俺みたいに身寄りのない奴を雇おうと言ってくれたのがありがたかった。
「このあたりか」
アノルドが3着ほど選んだものは、どれも布の質が良い。水をあまり通さず、体温を逃さない造りをしていることに感心しつつ、ふところから金貨を取り出す。
あーあ、貴重な財産が……。
そう思いはするが、今宵ばかりはしかたない。さっきのようにお化けみたいな目で見られたくないし。
その瞬間、ごきんと俺の首が鳴る。
身体の耐えられる限界までねじられて、与えられた衝撃でそのまま店の幕を突き破る。俺の首をわしづかみにする指のあいだから、ブッと血混じりの唾を吐いた。
「……見つけた!」
その形相にびびったね。目を三角にしているし、いまもメキメキと骨が鳴っている通り恐ろしいほどの握力だ。
魔剣士ギガフレア。その目は青く爛々と輝いて、俺をまっすぐに睨んでいる。
炎は高温になると青く染まる。それとまったく同じ色だなと俺は焦りとともに思った。
「なんでアタシから逃げんのさ! なんか悪いことしたぁ!?」
ドッと地面に叩きつけられて、息もできないときにそうわめかれる。
しかし俺は答えられない。彼女とまったく同じ姿をした者が次々と現れて、彼女の身体に入っていく。そのたびに圧力が危険なレベルまで高まってゆくのを感じたのだ。
地面に押さえつけてくるギガフレアを呆然と見ているうちに、周囲も騒がしくなってくる。
まったく同じ姿をした女性が現れて、市場を荒らしているのだから当然だ。
この異様な状況を彼女はきょろりと眺めて「うざい」と不機嫌そうに言う。それから俺を鷲掴みにしたまま駆けだした。
なんて怪力だ……!
斜面を引きずられて、必死に腕に掴まりながら俺は驚嘆する。
追いついた他の分体も合流してゆくと、さらに存在感を増してゆく。もはや先ほどまでのように軽口を叩き合える関係ではなくなっていた。
んっ、あれは……。
血まみれの指の向こう、斜面をかけてくる女に気づく。
髪も服も真っ白だ。どこにいても目立ちそうでありながら、それでいて冷えきった目が印象的でもある。
なるほど、あれが魔剣本体か。
まつげは恐ろしく長く、無表情で俺をじっと見つめている。どうも人間らしくないなと思って気配をさぐると、迷宮から発せられるものとは異なる白銀色だと気づく。
ふむ、やはり魔剣だったか。するとあれが名高い……。
――ずしゃあっ!!
背中から地面に叩きつけられて、俺はしばらく息ができなかった。
頭上から、フーフーという獣のような荒い息が聞こえており、目をやるとギガフレアは頬の汗をぬぐっていた。
「アンタ、これからアタシに絶対服従だから」
月を背後にそう言って睨んでくる。
美女からのお誘いは嬉しいが内容はひどいもんだ。冗談でしょと笑うと、華奢に見える手がグッと首を絞めつけてくる。
「分かった?」
息苦しいフリをしつつ、俺はさりげなく観察をする。
するとギガフレアの腰には先ほどなかったもの、大ぶりの剣があることに気づく。ふむ、やはり魔剣ダイヤモンドスカイを手にしていたか。初めて目にするが、凍りつきそうな気配がある。
などと観察をしていたときに、彼女は青い瞳を唐突に見開く。
「……魔剣が警戒している? アンタ、本当に何者?」
む、まじまじと見ていたせいか。
ダイヤモンドのように神々しい女性は、俺には聞こえない声でぼそぼそと耳元に囁きかけている。剣の警戒心がそのまま主人に伝わった様子に驚いた。
「ん? こいつ、身体の奥がおかしい。人と違う気配が……まさか!」
ヤバい、火竜のことを勘づかれた。
もはや一刻の猶予もなく、まいったなとボヤきながら俺は大きく息を吸う。心肺機能は竜によって鍛えられている。そんな締めつけで俺の気道はふさげないさ。
グググと俺はのけぞってゆく。
肺をめいっぱいに膨らませて、体内で炎の渦が生まれつつあることに気づく。轟々と響く音、そして肺のあたりが光を発する様子に、ギガフレアも瞳を見開いていた。
「まさか魔物ッ!?」
ぜんぜん違います。
――ゴッ!
吐き出した息はまさしく灼熱吐息で、威力を落としているとはいえ……おいおい、ちゃんと威力を落としているよな!?
ドッ、と衝撃が辺り一帯に広がる。
真上への衝撃波を生じさせて、とっさに手を離した彼女の後方、街とは正反対の辺りが灼熱の炎に包まれた。
身体の半身をパキパキと鳴らすギガフレアは、衝撃を受けたところだけ鎧を具現化させている。どういう原理かは知らないが、あれを全身にまとって戦場を駆けているのだろう。
唖然とした顔のまま爆発地点を眺めていた彼女は振り返る。
すると当然、俺の姿はないよね。
「アイツ~~~~……ッ!!!!」
ぎりぃと奥歯を噛みしめて、激昂の表情を見せる。それから周囲を見渡しているようだけど、いやはや、そんな調子で俺を見つけられるだろうか。