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第1話 魔剣が欲しい

 魔剣が欲しい。

 俺だけの魔剣が欲しい。


 そう思い続けて十年近くが経つ。

 しかしまだ俺の手には魔剣がない。


 どうしても欲しい。

 死んでも欲しい。

 床をゴロゴロ転がって「あああああ!」と叫ぶくらい欲しいし、むしろそれは俺の日課だし、ちょうどいまそれをやり終えたところだ。


「ああ、魔剣が欲しい……」


 ぼそりとつぶやいた声は、自分でも驚くほど寂しそうな声だった。

 なぜそこまで狂おしいほど欲しいのかというと、俺の魔剣適正値は2000を超えることに由来する。


 常人であれば1桁が大半で、よほど才能のある者でも3桁が限界だというのに、俺は易々と突破しているわけだ。


 魔剣士として認められるためなら何でもやった。

 毎日毎日、一人で迷宮に通ったし、戦争にだって参加した。だけど……。


 床のすみっこで、くしゃくしゃに丸まった紙に気づく。

 のろのろとした動きでそれをつかみ、やぶかないよう丁寧にシワを伸ばしてゆく。


 そこには「魔剣士試験、落第」という文字が書かれていた。


 いくら魔剣適性値が高くても、剣の腕が凡庸であるのならば魔剣は与えられない。そもそもの適性値に誤りがあった可能性も高い。アーヴ国の計測技術はまだ発展途上であるため……などという説明が続く。


 部屋のすみっこ、窓のカーテンに半ば埋もれながら俺はムクリと起き上がる。そして何事もなかったかのように身支度を終えると、小汚い部屋を後にした。


 どんよりとした曇り空を見上げて、それからあてどなく歩きだす。


 ダメだったんだ。

 いくらがんばっても鍛錬を積んでも、俺には剣の才能がなかった。


 この世界における魔剣というものは国宝級であり、かなり希少な品である。だから国が認めた者しか所持できず、優れた魔剣とその所有者の数によって国としての強さが決まる。


 有象無象の集う戦場で、そこに魔剣を持つ者が現れれば、もはや○○無双(※○○は好きに置き換えてください)状態だ。


 人は吹き飛び、悲鳴が轟き、村一番の力持ちであろうと地面に上半身を埋めて、ただ魔剣士を褒め称えるだけの情けない存在に成り果てる。


 そのように強力な武器であり、この俺も異様なまでに執着しているのだが、しかし単にその力が欲しいわけなどではない。

 むしろその逆で……と考えていたときに、通りの向こうから「きゃああ!」と鼓膜を破らん限りの黄色い歓声が轟く。


「見て、千人もの敵兵を倒したナザル様の凱旋よ!」


「信じられないわ! ナザル様のお姿をこの目で見られるなんて……邪魔よ、どいてクズ!」


 どんと肩を押されて、追い打ちとして女子軍団が俺にブチ当たる。

 魔剣もかくやというダメージにより俺は吹き飛び、道沿いにあるドブに右半身を沈めることになった。


「…………ファックス!」


 伏せ字にしなくていい文句を言い、俺はドブから起き上がる。右半身を汚水にまみれさせた状態で。

 靴音をべちゃりと立てて顔を上げる。すると集まった群衆に向けて爽やかに手を振る男がいた。


 建物の上階からはたくさんの花が舞い落ちて、遠く離れた教会はリンゴンと祝福の鐘を鳴らす。

 髪を長く伸ばした青年は、まるで神から祝福されているかのように輝いていた。


 先ほどまであった憤りも、怒りも、気力さえもごっそりと抜け落ちてゆく。

 すべての国民に愛される男と、薄汚れて誰の目にも入らない俺。

 光と影どころじゃない。俺とあいつには圧倒的な差があって、もはや気力や努力だけでどうこうできるものじゃないと悟ったんだ。


 なぜ俺が魔剣に憧れてやまないのか。

 その答えはあそこにある。

 優雅に手を振っているあの嫌味全開ファックス男ではなく、その後ろを歩く女性に俺は目を奪われていた。


 日焼けをまったくしていない白く美しい肌。

 相反するように髪も瞳も黒く、あらゆる光を吸収するように落ち着いた色をしている。


 ぷっくりと膨らんだ唇は色あざやかで、まつげに縁取られた瞳は黄金よりもずっと価値があるだろう。

 歩き姿も美しく、すらりとした長い脚の先には見た目にそぐわぬ豊かなお尻があり、ぎゅっと腰の辺りにカーブが収束されて色気のあるくびれを生み出す。


 ほう、と熱っぽい息を漏らす。

 神の祝福を得たように美しい女性。しかし彼女は誰の目にも入らない。見ることも触れることも、存在さえ感じ取れない。魔剣適正が異様に高い俺を除いては。


 あれがそうだ。

 悔しくて悔しくて眠れないくらい渇望をして、十数年経とうと憧れ続けている理由はあれなんだ。


 俺以外はだれも気づけないので憶測だが、魔剣には人格が宿っていると思っている。

 美しい女性の姿をしていることが大半で、付喪つくも神のように影から持ち主を守っている。それが魔剣に隠されている性質なのだろう。


 だから欲しい。

 あの美しい女性といつも一緒にいられたら、俺みたいな存在でも人生が美しくなるだろう。

 戦いや栄光や人々からの賞賛を求めているわけでなく、ただただそれだけが俺の夢だった。


 魔剣フラウデリカと若き魔剣士ナザルは、ゆっくりと通りを歩いてゆく。

 きらびやかで人生の勝者そのものの姿だ。

 しかし俺だけは、彼ではなく色気の強い黒髪の女性に視線をじっと注ぐ。


 どうすれば手に入るだろうか。

 国宝級であり、所有者待ちの空いている魔剣はいま存在しない。すべてだれかの手に渡っている。

 いくら腕を鍛えても、魔剣との適正値が異常な数値であろうとも、存在しないものは手に入らない。ならばどうすればいい。


 そのとき、彼らが通り過ぎてゆく間際、俺の果てしない熱意がそうさせたのだろうか。長い黒髪の女性、魔剣フラウデリカはゆっくりと俺に視線を向けてきたのだ。


 視線があった瞬間、バチンと何かが鳴った。

 腰の辺りまでその衝撃が走り、ひとめ惚れなんかよりもずっと強い激情が体内を駆け抜ける。


 氷のように冷たい瞳。

 路傍の石を眺めるような目つきでありながら、乳房は衣服からこぼれ落ちそうなほど女性的だ。そのあまりにも魅力的な姿は、強烈なまでに俺の欲を刺激する。


 ないものは決して手に入らない。

 ではどうするか。


「簡単だ。ないのなら奪えばいい」


 天啓のようにひらめいた瞬間、俺は生き方を変えた。


 人生は一度きり。

 それはとてもいい言葉だ。

 何をしても、どんなことをしても、どんな大失態をしでかしたとしても、己の命を差し出すだけで済む。


 この瞬間、俺は晴々とした気持ちになり、どんなことがあろうとも立ち止まらない決意をした。


 そう、フラウデリカを俺だけの魔剣にするのだ。

 たとえあの男を絶望のふちに追い込むとしても。

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