風呂場の排水口
※エロではなく、汚いという意味でのR15。
風呂場の排水溝が怖い。物心ついたときから。
共感して、可哀想になってしまうのだ。頭皮から抜け落ちた私の死骸は流されてどこに行くの、深い深い暗い道の中で引っかかったら、ぬめぬめとした闇の中でもう二度と日の目を見ることはないの、と。もし自分がふとした拍子に吸いこまれて、そうなってしまったら、と。
怖いから、あまり直視できない。だから一人暮らしの長い風呂場の排水口には、長くて細い私の死骸が意地を張ったかのようにこびりついて真っ黒になっている。いずれはシャワーの波に負けてどこかにいってしまうのだろうけど。
深夜2時36分。詰まった死骸が限界に達して遂に溢れた。ただ飲み込まれるだけだったはずの排水口がこれでもかというくらいに遠慮なく吐き出す、吐き出す。もうこうなったら仕方がないから、黙って目を逸らしていよう。見られないんだし、触れないんだし。
ひとしきりやらかして満足したのか、排水口は静かになった。ちらりと振り返ると床はすっかり黒に埋め尽くされていたが、なぜかどうしようという気も沸かなかった。
「好きにすれば」
そういって再び排水口に背を向けた。ちょうどその時、トポポポポという水を飲みこむような音と共に生えている髪の毛ごと背後から強く引っ張られ、3秒と経たないうちに私は小さな穴に勢いよくねじ込められた。短い悲鳴をあげた頃にはもう遅く、すでに脚から手首まで吸いこまれていた。
帰らないでね、と細長いかつての私の死骸が言った。管の中は残り湯で湿っていてまだほんのりと温かい。私は生まれてから温もりというものを知らなかったけれど、それって今感じているこれのことじゃないんだろうか。自分の本当の居場所はここだったのかもしれないと思えた。真菌の壁紙に眼球結膜を晒し、窮屈な中で三角座りをしながら。
「うん、ずっとここにいるよ」