6座-1
「ルーナ!ルーナ!」
部屋を見て回ってもいない、どこいったんだろ?最近のお気に入りの場所になりつつあるあそこかな?日が一番よく射すバルコニーから裏手に繋がる部屋、最初こそ植木鉢から伸びた草木で密林のような状態だったけれども居候がいつの間にか整理して今やちょっとした温室のようになっている。
どうしてこんな家が空家になったのかと不思議がった時もあったが…なんでも曰くつき物件というやつだったらしい買い手がつかないのをルーナがこっそりと購入したのだ。資金の出所については「大人の事情いや情事か」などと言いだしたので耳をふさいだのは半年ほど前。
「ルーナ?いる?」
「ん、どうしたマナ──どうしたその格好は」
タイルの上で寝そばりながら、頭をあげるとマナを見て目を細めた
「扉を“迷いの森”に繋げてほしいんだけど、出来そう?もう家はないけど小屋の扉くらいなら残ってるかもしれないでしょ?もしだめなら」
「“迷いの森”へなぜ行こうとする?」
「ルーナが言った通りここでテンプを作ろうとしたけど何度やってもだめで、そしたら教えてくれた人がいたんだよここでは“魔力”でしか作れないって。それでやっぱりわたしがテンプを作るには世(星)に行くしかないでしょ」
「まて、誰がそういった?」
起き上がるとやけに険しい顔をしている
「誰ってしらない“悪魔”…?でもすぐに消えたから名前は」
「───」
機嫌が悪くなったときの合図だ、尻尾が床を叩いている、ただ何の威力もなさそう
「いま世(星)におりるのは危険すぎる、それに小屋が残っているにしろそこは聖女等の監視の目があると断言できる。」
「でもテンプを作らないとお金もないし、そのうち食べ物にだってこまる」
「俺がほかの方法を考えるからお前は何もするな」
尻尾で顔面を叩くとそのまま家に戻っていってしまう。何もするなって何よ!今までわたしが作るテンプで生活してたのに今更何もするなって……テンプ作りはわたしの生きがい簡単に納得なんてできない!かといって“迷いの森”に無謀につっこむわけにもいかないのも事実───だとすると新しい場所を探し当てるしかない。
「癪だけど……居候に聞いてみようか……」
調理場にいそうな気がして覗いてみたけど居候はいない、探し回るのもいやでそのままテーブルに突っ伏す。首から下げたクロノグラフはまだベゼルが外れたままだから中身がむき出しの状態で時を刻んでいる、夜空色の盤に銀で数字が刻まれたもので、金の長針、短針、秒針は糸のように細い。
スモールセコンドは88の星座を指示している。裏側はクロノグラフの内部がよく見える仕組みになっていて、香箱や二番車ネジや歯車──心臓部のアンクル、テンプが規則正しく動いている。今は外れてしまっているベゼルには精巧な彫りが入っていてこれを初めて手にしたときの嬉しさは今でも覚えてる
「ここで何を?──まだ夕食まで時間があるのだが……」
居候はそう言いながら棚から小鉢を取り出すとわたしの前に差し出す、中には干した果物がある。居候の中でのわたしは食い意地が張ったやつだと認識されているらしい。
「居候…なんで濡れてるの?雨はふってなかったけど」
「ああ、これ──水浴びをしてきた。」
水浴び?それってお風呂のこと?
「浴室ならここにもあるでしょ?まあ水は水だろうけど…」
かろうじて調理場の火は使えているが、浴室の湯を沸かす装置は未稼働中。これも早くどうにかしないといけないなぁ
「いや、それは……女子が使うものを私が使うわけには……」
少しクセのある蜂蜜色の髪からぽとりと水滴が落ちてテーブルに染みを作る、居候は神秘的な色合いの目を少し伏せて頬を染めている……
乙女か!!見てるこっちが恥ずかしくなってくる!
「こんな乙女に殺されそうになってたなんて信じられないわ……」
「私は男だ」
「見ればわかるから」
小鉢の果物を一粒放りこんで本題に入る
「それよりあなたに聞きたいことがあって──世(星)に泉とかなかったかな、“魔力”と“力”がまざるような」
あ、この果物美味しい。赤いのはなにかな?こっちの黄色いのは?
「“魔力”と“魔”……?そのような場所は聞いたことがない、しかしそんな場所を知ってどうする?」
椅子に腰かけると観察するようにこちらを見ている。尋問されてるようでいやだなぁ…今でも居候の視線にとげがあるのを感じるから
「テンプ、作りたいから」
「テンプ?あの宝石を削ってつくる部品の事か?」
頷きながらもう一個果物を口に運ぶ
「では、宝石がその“魔力”と“力”が混ざる泉にあると?」
「説明、めんどくさい……まぁ話を早くすればそういうこと、でも知らないならいいや」
小鉢を彼に戻しておく。もってきた本に何かヒントがあるかもしれないそっちを探そう
「聞いたことはないが、思い当たる節はあると言ったら?」
「挑戦的だね、居候のくせして。いい?わたしがテンプを作れなかったら飢え死になのよ?」
もう一度わたしに小鉢を戻した居候は
「すまない、そういうつもりではなかったのだが──思い当たるというだけで確証があるわけではない、ただ仲間が砂粒のような宝石を自慢してきたことがあった、どうしたのかと尋ねたところ遠征した先の泉で拾ったのだと、今に思えばそれはクロノグラフで使われるものだったように思うのだが」
「泉で拾った宝石……十分あり得そう、もともとペタルは宝石から削りだすものだしいってみる価値はあるかも。あとは──」
小鉢の果物がいつのまにか無くなってる…わたしが食べちゃったんだ…
「それでその場所は?聞いた?」
「いや──しかし遠征先は知っている、その付近の泉をあたってみるというのはどうだろう」
「うーん。正直うろつくのはよくないと思う…確か地図も持ってきてたと思うから見てくれる?地図にのるような大きな泉だと助かるんだけど」
「了承した」
さっそく部屋に戻ると数冊の本の間から地図を抜く、うんよかったちゃんと持ってこれてた!急いで調理場に戻る
「どう?」
テーブルいっぱいに広げた地図を確認した居候は一つ頷く
「いい地図だ、細密に描かれている──ほらこれが“迷いの森”そしてここを南下していくと道があるだろう?この道は第13星道でこの道沿いを進むと君達と出会った街があるそして……ここは…」
「ここはどこ?」
地図をなぞる指がとまったので、顔を上げると眉をよせて少し苦しそうにしている
「おそらくだがここは、私が爆破したせいで飛ばされた時にいた場所だ、あたり一面が雪で覆われ吹雪いていた、いまの季節から考えるとここしか考えられない──エロイス地方」
「──ひょっとしてだけど……わたしの家を壊したこと、気にしてる?」
「それは!」
驚いた顔のわたしと目線があうと、急に顔を赤くしてそっぽを向いてしまう、照れたのか怒ったのかさっぱりわからない…こちらの男っていうのは皆こうなのかなルーナは数に入れないとして
「すくなからず君には大切な場所だったのだろう…それに関しては悪いと思っている。」
「そうよ、精一杯悪いと思っててほしい」
「……!」
「だって居候の父親が過ごした家だったのよ、ザードの物は残っていなかったかもしれないけどそれでも、あそこには語れるほどの思い出があった。もし居候が望めば柱に着いたキズがなんだったのか、壁にあった穴はなんだったのか……でももう戻らない」
お、今度は目を合わせてきた。少し良心が痛んだけど、これは仕返しなんだから傷ついてもらわなきゃ
「……すまなかった…私が死ぬまで今の言葉忘れずにいると約束しよう」
えー!そんなに……?真面目すぎる…
「脱線した、本題に戻ろう……ここが先ほど言っていた遠征先だ、その先でと言っていたことから、そうだな、この周辺だろう」
親指を地図に立ててくるりと円を描く
「実際には馬での移動距離と自由時間を考慮すればもっと範囲は狭まる、これくらいか…この範囲の中にある泉は二か所、けれども描かれていない場所も当然あるだろう」
「なるほど、じゃああとはわたしが、ありがとう居候」
地図を畳もうとすると、反対側から押さえられる
「まさかと思うが確認させてくれ、ルーナと伴にいくのだな」
あの過保護猫がそんな事許すわけがないでしょ、というのは心にしまっておこう。
というか、ルーナをルーナと呼んでるあたりびっくりしたよ
「そうよ当たり前でしょ…地図破けるから離して」
「……君は嘘をつくのが下手だと言われたことは?」
「言われた事ない──嘘をついたこともない」
「そんな顔をして言われてもまったく説得力がない…よくここまで無事にいられたものだ…」
渋い顔をした居候はわたしから地図を取り上げると、さっと懐にしまってしまう
「ちょっと!」
「ともかく、ルーナの許可がでればこれは返そう、それまでは私が預かる」
「なんで、居候で年下のあなたの言う事に従わないといけないのよ!」
「君はいくつなんだ?」
腕組すると上背があるせいかどうしても、見下されてるように見える
「わたしは23よ、居候はせいぜい17,8ってとこでしょう」
どうよ!実年齢より5歳もさばをよんだけど……ほら、困ってる困ってる!手を差し出して促す、早く地図を渡しなさいよ!
「残念だ、私は25なので君より2歳も上になる。───失礼」
腰を折って今度はわたしを見上げてくる、憎たらしい顔!!ルーナの許可?!いつの間に連携取るくらい仲がよくなったっていうの……
もういい!そういって二階へ駆け上がった。