5座-2
魔女の首を………あの娘の首を切り落とせと……
難しい事を考えることなどない、首を持ち帰れば私は第五位に…父の汚名を…母の墓前に…
馬を走らせて一日……とうとうこうして私は魔女の住処に前に立った。
腰に下げた剣をきつく握りしめると意を決して敷地内に一歩踏み出そうかというときだった
「しょうこりもなく戻ってきたか」
「!!」
「それで今度こそマナを殺しにきたか?ああなるほど言わずともそのようだな」
木の上から私を見下ろしている猫が目を細める。
「……そうだ…私の望みを叶えるためにはあの娘の首がいる…一度は見逃したのだ、なのにお前たちはまだここにいる…さっさと移動していれば殺されることもなかっただろう!」
「マナの体力がまだ戻らぬのでなあ…しかしお前の望みとはずいぶんな事だ娘一人の命と交換とは。自分から乞い願いでたか?」
前足をぺろりと舐めるとひょいと隣の枝に移る
「そんな事をするわけが……!金の聖女が約束したのだ…」
「ほほう!聖女がそのような血なまぐさい事を所望するとは愉快。」
なまじこの使い魔は聡いせいで腹正しい…剣を鞘から抜こうとして躊躇する。なぜ躊躇する!あの娘に会ってからこんな事ばかりではないか!
「お前は矛盾の塊だな、殺しにきたというわりには何故まだここに留まっているかと責める。今も剣を抜きたいが抜けぬ……はて長い間、人世を離れていたせいかまったくわからんな」
猫は黒目を光らせると それに と続ける
「なぜに、聖女はお前に忠誠を示せとばかりにここに寄越したのに…あのような集団をこちらへ向かわせる?」
「なに!?」
踵を返して、町のほうへ目を凝らせば土煙をもうもうと上げた騎馬がこちらへ向かってきている
「………何故…」
何故などと…私は頭がおかしいのか!仲間だと思っていた者から責められてきたばかりではなかったか…そうだ最初からおかしかったなぜあのような場所に聖女が現れたか…はなから私を囮に使う腹積もりだったのだ
「使い魔……私は大きな思い違いをしていたかもしれん。マナはただの悪魔ではないな」
「……まあ魔王と呼ぶにはちっぽけすぎるな」
「なるほど…それで金の聖女までが出てきた事にも納得がいった……」
「それで?」
玄関に座った使い魔は尻尾をふわりと叩きつける。私は前方から迫ってくる騎士達を睨む、もう時間はない
「私が時間かせぎをしよう、お前たちはどこへなりと逃げるがいい!」
「ふむ」
「しかしな、マナは動けぬ状態だ。ここで死する運命やもしれん」
何をいっているんだ!この使い魔は平然と主の死を受け入れているのだろうか
「どうにでもして逃げろ、でないと死ぬぞ!」
「なんだ生かしたいのか、殺したいのかはっきりしろ」
「だまれ!お前と言葉遊びをしている場合ではない!さっさと逃げろ!」
使い魔の首根っこを掴むと玄関の中へ放る、くるりと回転して着地した使い魔は
「お前が移送方陣を作れ、そうすればマナは生きることができるだろう」
「………私が…?」
「そうだお前の剣を贄とすれば可能だ。さあ迷っている暇などないぞ」
勢いよく扉を閉める。悪魔と人間どちらかを選んだつもりはなかったが身体は反射的に家の中にあった
馬の嘶き、蹄が地を蹴る音がすぐそこに迫っている
「どうすればいい!」
「剣を扉に」
思い誤って扉を突き抜けそうになる寸前で、なんとか止めると猫の呆れた溜息が聞こえた
「さてさてあとは俺が仕上げといこうか」
黒目がじわりと赤く染まっていくと、前足を扉にあてる次第に扉には蔦が広がり、子供が手のひらを広げたような葉まで浮き彫りになっていく
「クルト!!裏切るか!!」
「この声は…リオンか…!」
「くそ!扉を壊せぇ!」
地を這うような轟音とともにドアがたわむ
「やめろリオン!ここにいる者は悪とはほど遠い──!」
「俺の名を呼ぶな!!汚らわしい!……何をしている早く壊せ!」
「リオン!!」
途端に喧騒が消え、静寂に包まれる何が起きたのだ?
「完成だ。あいつらが押し入った所でがらんどう…さぞ間抜けな顔をしているだろうに見れなくて残念残念」
ドアノブを恐る恐る回して私は茫然とした、あたり一面沼地のようでありながらも所々に美しい花々が生息している、色豊かな鳥が頭上を飛び交っている。
「これは一体…どこだ?」
何の興味もないのか、使い魔は階段を上がっている途中だ
「使い魔聞いているのか、これはどういうことだ?」
「ふむ。第一に俺は使い魔ではない」
早く頷けとばかりに尻尾を床に叩きつけている
「ああわかった…ルーナ…」
悪魔の名を口にするというのは初めてだ…なんとも気恥ずかしいような気もする…
「……やめろ!赤くなるな!気色悪い!この塵屑めが!」
「赤くなどなっていない!それよりここはどこなんだどうなっている!?」
毛を逆立てたせいかまるで球のようになったルーナは軽く身震いして、中に入れと促すと階段から飛ぶ
「ここは言わば、世界と世界の狭間といえばわかりやすいか──もとよりパーディガルとはここより生じた鉱物であるがゆえに、こちらにひかれやすい。その性質を利用して屋敷ごとこちらに移送させた、ここまで大がかりな移送をしようとした場合……マナで例えれば“魔力”が底をついて死ぬことになる。それくらい“魔力”を必要とするわけだが。パーディナルはそれを補って余るほどの“力”を蓄えてるというわけだ、実際お前が戻ってきたことは僥倖だったか……?ずっとここにマナを連れてきたかったがなにせお前も感じるだろうマナの“魔力”はそこらへんの魔獣より少ない──もちろんパーディナルに触れることも出来ない」
「まて……まてまて頭を整理するから時間をくれ」
思ったより広い家にはしっかりとした応接間らしきものも存在しているらしく、ソファに腰をおろした私の向かいに座ったルーナは 頭も弱いのか と嘆いたがルーナが言った事を実際に体験したのは人間の中にどれほどいるだろうか……
「パーディナルには触れることができないのはしっている、そのための悪魔狩りの剣だ」
「うむ」
「では何故パーディナルに“魔力”があるのか?」
「いい質問だ、ここが世と世の狭間であることが大いに関係している。世(星)と世(天)の両属性が入り混じるのが狭間(中宇)であるここだ、互いの属性という時点で気付くだろうが鉱石には悪魔には触れられぬ聖の属性と魔であるための混沌の属性が同時に存在しているというわけだな」
「……なるほど、では人間とは聖の属性か?」
「人間とは完璧な生き物ではない、ゆえに“魔力”を帯びているパーディナルに触れて平然としていられるのだからな、聖かと言われれば否と答えるしかないな」
ふああと大きな欠伸をしたルーナはそのままソファで丸くなる
「彼女…マナが“魔王”というのは?……」
「“魔王”とは“魔王”でしかない。悪魔が傅く存在。唯一無二。それ以上でも以下でもない」
「しかし、なぜあのように弱々しいのか…」
「下の悪魔が戦えればマナが戦えずとも関係ない」
どちらかといえば、マナは人間に近いような…村にいる娘と同じようにしか見えない、そう見せているのだろうか?
「おい塵屑野郎。お前の仕事は飯炊き、掃除、買い出しだ。さっさと夕飯支度をしてこい」
「それは……決定事項か…?」
「変なまねしたら 噛み殺す からな。居候殿」
正直なところ、ああなっては行くあてもない…身の振り方を決めるためにも暫くここにいるべきなのだろう…しかし飯炊きなど兵士時代以来だ…
「ん?美味しそうな匂い…」
ルーナが作ってるのかな…いやありえないほどの不器用が漂わせる匂いじゃない
だとしたら何か買ってきたのかな?
「わたしどんどん図太くなってきてる気がする…匂いで起きるとか…」
窓にはしっかりとカーテンがひかれていてすっかり部屋は薄暗い、目隠しがとれてほっとしていたけど、明りの確保もしないとなぁ…一階への階段を降りてみても薄暗い
「ルーナ?いるの?」
ソファにはいないみたい…だとするとやっぱり調理場にいるのは……恐るべき学習能力でも身につけたのかな
確かこっちの調理場にはテーブルも置かれていたはず、少し食べよう───
「って……な、な、なっ!!」
「──これには深いわけが……」
男は手にしていた真っ赤にそまった包丁をこちらに向けて振り向く、服にも血が飛び跳ねて……調理板からたれさがっている塊は……
「きゃああああ!ルーナ!!」
「へっ…いやっこれは違うぞ!断じて──ぐっ!」
男の頭上に着地した影はその反動でジャンプしテーブルに再着地した
「どうした!?」
「ルーナが生肉に!あの、あの男がっ!」
「………落ち着けあれは俺じゃない、ただの肉だ肉」
顔を上げた男は 何故こんな目にとつぶやいているみたいだ。こんな所にまで現れるなんてわたしよりよっぽど悪魔ぽい!
「わ、わたしを殺しに……追いかけてきたの?!」
「…そうではない、話せば長くなるが……落ち着いて聞いてくれるだろうか」
信じられない!勢いよく首を横にふって後退しようとしたけれど
「落ち着け、この塵屑野郎は何もできやしないさ」
「そう……なわけあるかー!この阿呆猫!」
「……俺が大丈夫だといっているのにその態度はなんだ?ん?馬鹿娘……ここへなおれ再教育してやろう。」
よし。逃げよう。どうやらうちの猫は向こう側に寝返ったようだ、なんといっても猫のくせして笑う顔がすでに化け物みたいになってるし。
「……俺がいかにお前を大事にしているかわからせてやろう。ああたっぷり愛情を注いだお前専用の特注教育でなあ」
「やばい」
「?──ヤバイとはなんだ?何かの暗号か?私を追って誰かが!?」
包丁を手にしたまま調理場を飛び出していった男とわたしが二階へ逃げたのはほぼ同時だった。
「……この馬鹿どもが……」
こっぴどく叱られたわたしが男と話したのはこれより3時間後。
地獄の…いや愛情たっぷりの教育で再構築されたわたしが聞いた話は、あまりいい話ではなかったがどうやら男には時間が必要なのかもしれないと思った。