5座-1
「ここもほこり臭い…長い間来なかったからかな?──ルーナ…いつ戻ってくるかな…」
心細い、ルーナが不在になることなんていくらでもあった。それに耐えられたのはあの家があったから、なのにもうあの家に帰ることが出来ないなんて……
「…そうだ掃除でもしてまってようかな、確か……向こうの部屋に道具が…」
壁伝いで進むけれど、おかしい…どれほど進んでもドアにぶつからない…
「ドアがない…?!いやいや……もう一回…」
何周したかもわからないけど、まったくわからない。それどころか歩くだけで体力が削られていく、仕方がないのでソファに戻ろうとするけど、ソファすらどこにあるのかわからない───
『大人しくしけよ』
「やばい……これお説教だ……」
とりあえず壁際によって体力回復させよう!それでもってルーナが帰ってくる前にソファに戻ろう
「どれくらいたったかな?」
ポケットにはクロノグラフは入ってない…ということはローヴの中かな、まあいまクロノグラフがあっても時間の確認もできないわけだけど
「ルーナ遅いなあ………」
膝を抱えて座り込む、自分の呼吸音と心臓の音だけしかないここはすごく心細いし怖い
「ルーナ?帰ってきたの?」
何か物音が聞こえた気がする…さっきと同じ現象だ、わたしかなり小心者だったんだなあと思う一方で神経をとがらせて様子をうかがってみるけどやっぱり何でもなかったみたい
*******
「まったくわからん、いやお前はどこででも寝れるというのは理解できた」
「いたっ!」
電流でもながされたかというほどに額が痛い、指ではじかれたらしい…もっとましな起こし方があったでしょうに
「あ…いいにおい!」
「少しだが食料と今すぐに食べれそうなものも調達してきた」
何かごそごそと漁るような音がする、温かい物を握らされる
「これは、パン?」
「焼きたてのパンに野菜と肉を挟んだものだ、たべろ」
焼き立て、しかも温かい!それに肉がっ……夢みたい…!香ばしい香りに新鮮な野菜の香り、思い切りかぶりつくとスパイスのきいたソースが口いっぱいに広がる。今だったら何個だって食べれる!
「ねえ、こんなにあったかい食べ物はすごく久しぶりだよね!ルーナも食べてる?おいしいよ!」
口を布でこすられる
「あ、ごめん!何か着いてた?──あ、これってパンに何か入ってる!うーん…なんだろう麦かな?でもすごく合ってる。わたしも今度焼くときに入れてみようかな!ルーナどう思う?」
「だまって食べられんのか、まったく」
またぐいぐいと口を拭かれる、ついでと言わんばかりに頬が変形するほど拭かれる。そんなにはしたなく食べてないはず…
「ルーナ、わたし頑張ってお金稼ぐね、だって、ここには足りないもののほうが多いでしょう?まだ目は使えないかもしれないけど、きっと毛布とか食器とか…あとは移送方陣の扉も増やしておかないとね、どこがいいかな?」
「おいおい考えればいい」
もうひとつ手に握らされたのでそれにもかぶりつく
「はっ、これでは布では足りぬな」
「そうかな?そんなにひどい?」
「ああひどい顔だ、いくらでも拭いてやるから腹いっぱい食え」
「うん」
泣いたって何もかわらない。ちゃんと覚えたはずなのに何度も繰り返してしまうのはわたしが馬鹿なせいかな。魔王なんて呼ばれるくらいなんだから、すごく強くても罰はあたらないはず、でも現実には魔法を撃てるわけでもない大事な居場所を守ることさえできない。
なんでかな……もし戦う事が出来てたらやっぱりわたしは魔王になって人を殺すのかな?
「だからザードはわたしに何も教えてくれなかったのかな?」
「でも……わたしあの場所で生きたかった…」
「ルーナ…帰りたい、帰りたいよ…」
ぺろりと頬を舐められたさい、ルーナのふわりと柔らかい毛が触れた。
「早く食べないと、他はすべて俺が食っちまうからな」
「それは、だめ…」
「ふむこれは旨い。ここなら材料もさほど苦もせず揃うだろうな」
「……そうだね」
「あとはそうだな、しっかり掃除してもらわないと俺の毛が黒から白になってしまいそうだ。寝床には柔らかな生地をつかってもらおうか」
「…わたし頑張るね!」
そうだ…前向きに生きなきゃ。
年を経て死ぬその時まで。
******
今、私はある一軒家の前に立っている…いや立ちすくんでるといっていい。正直途方に暮れているといっても過言ではない。
さびれた外見の家は少し傾斜がかっている、こじんまりとした庭らしき場所は雑草や年季の入った木であふれ家の様子を隠しているようにも見える。ここに今、魔女とその使い魔がいるはずだ。
思い返せば、魔女…いや名はマナといったか…マナに扉を開けさせる前に使い魔が私に言ったのだ
『お前をここに置き去りにしたいのはやまやまだが、また爆破でもされたら困る。ちょうどいい場所まで飛ばしてやるからすぐに出ていけ。お前が人間の騎士であるなら助けられた恩を仇で返そうとは思うまい?』
私は一つ頷いた。
気配を殺して扉を潜ると、使い魔はさっそく出かけていってしまう、どうやらマナの腹具合を心配しているらしい。私も出ようとしたところ、マナは目が見えない状態でうろうろしはじめたのだ……一体どうしたものかと考えているとどうやらマナは掃除用具を探しているようだったが、なぜ何周も部屋を周るのか…何度もドアに触れていたのに華麗にかわしていく間抜けっぷり…いや鈍感さにあきれた。すると今度は部屋の中央をうろつきだす、ソファに座りたいのかと思っていたがなにやらとぼとぼと壁によると座りこんでしまった。
冷たい床に座るなといいかけて、自分が何故魔女の心配などせねばならぬのかと……
それに、ルーナ ルーナとうるさい…ぶつぶつ言っていたものが静かになったと思えば床に座ったまま眠り始めた。このようの婦女子など見たことがない──そっと窺ってみれば
布を巻いている目元はよくわからないが、なかなかにきれいな顔をしている事に気がついた、黒い髪はほんのすこし癖になっているらしい長めの袖から覗く細すぎる腕、肌色はあまり見たことがないように思えた。粗末な服に痛んだ手は労働をしっている…
もっと間近で…
バタリと勢いよくあいたドアには使い魔が大きな紙袋を抱えてこちらを睨んでいた。
塵屑騎士がいつまでいるつもりだ
と言いたげな目つきだ、わかっている私だとていつまでも悪魔とはいられん、使い魔と入れ替わるように部屋を出た。
マナを起こしたのかぼそぼそと話す内容に私は衝撃を受けた……温かい食事すらまともに食べたことがないという事だけではない、マナとって私の父と過ごしたというあの家がどれほどに大切だったのか…私は何も考えずに彼女にとって大切なものを壊しすぎてしまった、クロノグラフ、家、健康…
そして今は命を奪おうと。
歩き続けて4時間ほどだろうか。ついに町らしきものが前方に見えてきた、町で馬でも借りて駐屯地まで戻ろう。魔女を追ったが逃げられてしまった、とでもいい繕いあの者達の事は忘れてしまえばいい。
使い魔が言った通り、町から駐屯地まで馬を走らせて半日ほどの距離にあった。
だが、事は思いがけない方向に動いていたのだ。魔女を追った私を目撃していた騎士がいたらしく、そのまま姿を消した私はどうやら魔女に籠絡された反逆者だとみなされていた。
すぐさま尋問が始まり、私は無実を訴えたが、騎士や兵士それまでか上官までもが私を信じようとはしなかった──お前の父も魔女に籠絡された反逆者ではないか!血は争えないということだな。───そうか、同じ釜の飯を食って認められていたと勘違いしていたのはどうやら私だけのようだ。
もういい、反抗する気も失せた私は処罰の時をまった
牢屋に入れられて幾日が過ぎたか…すでに剣も取り上げられ騎士としての称号もない
何もないとはこんなに不安になるものなんだな…
「顔をおあげ……ああお前が今度処罰されるという……」
数名の騎士を従えて現れたのは、金の聖女:ヴァイスと呼ばれるお方だった、慌てて平服したわたしを見て
「いいのですよ……ただなんと哀れな。お前の父は確か第五位のオリオンの座を持っていたときく」
「………はい」
「その汚名、晴らしたくはないか?」
耳を疑った…汚名を晴らす…?それこそ私がずっと望んできたこと、しかし家名はすでに落ちている。聖十騎士と位につくには、私は十分な資格などない。
「わたしの権限でお前を第五位に就かせましょう…ただし証として魔女の首をもってきなさい。」