3座
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三番目の星座:ウルマには三つの顔があるという。
冷徹、愛情、神聖
三つの宮をもち、それぞれに他座もうらやむような美しい園を築いたという。
そして、その美しい園に妻をもっていた。どの園の妻が幸せだろうかと問うた星があった。三番目の星座:ウルマは言った
冷徹の妻は自分のみに心を許しているだろうと思い幸せだろう。
愛情の妻は己のみに注がれていると思い幸せだろう。
神聖な妻は穢れのない夫は裏切らないと思い幸せだろう。
と答えたという。
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ここで死ぬわけにはいかない!殺されてたまるもんか!暗闇に目を凝らしながら必死で走り進むけどもう息も苦しい…体力の無さが腹正しい!
この近くに小屋があるんだとしたら、きっと見覚えのある何かがあるはず──身を隠すにはうってつけの森だったけどこうなってみると、どうしてここが“迷いの森”だなんて言われているか納得しないわけにはいかない
「あっ!!」
横に小屋の姿があった、すぐに方向転換したのがまずかった木の根に足がとられて思い切り転んでしまう、抱えていたルーナをも転がしてしまった
「マナ!!」
ルーナがわたしをすごい目で見てる、こんな顔をしたルーナは珍しい…
「……魔女めが。無駄な抵抗をするな!」
「!!」
じりっとした痛みは首筋に宛てられたパーディガルの剣のせいだとすぐに理解出来た、細身の長剣が背後から首筋を通って目の前の木に突き刺さっていたから…このまま横に振り向かれれば間違いなくわたしの首は胴体とさようなら…
「…わたしは何もしてない、ただひっそり生きたいだけ」
「知らないのか、お前達は存在している事自体が罪なのだ。」
そんなの知らないっ──何か突破口があるはず…それまでのこの男の気をそらさないと!
「存在自体が──」
「そうだ。古代よりお前達は人心を操り、争わせ、殺す。そうやって善良な人々を苦しめてきた」
「それでも、全部の悪魔がそうだって言いきれないはず」
ルーナはいつでも動けそう…わたしに気を取られて身動きできないだけ…だったらわたしがどうにか隙を作らないと……
「馬鹿な…そんなものなど存在しない!例えしていたとしても悪魔である以上は殺す!」
木に突き刺さっていた剣がじわりとわななくと同時に剣を避けるように身体ごと男に向き直る、両手で男を突き飛ばす、不意を突かれた男は盛大に舌打ちしながらも剣を振った
こすれる金属音が尾を引くと、ぶつりと何かがはじき切れる音が聞こえた
「───…っ」
地面に落とされたそれはさっきまでわたしの首に下げられていたクロノグラフ…今のうちに逃げなきゃ、走り出さなきゃ…そう思うのに
「マナ逃げろ!!」
「──だめ!あれは…あれだけは…!」
微動だにしないわたしを不信がったのか男は汚いものを触るようにしてクロノグラフのチェーンを剣でひかっけもちあげる
「───なんだ?これは……悪魔でもクロノグラフを使うのか。」
くらくらする…悪魔でも?悪魔をなんだと思ってるんだこの男は…ばかげた本にあるように眠りもしない食べもしない、知識もなければ知性もないと思ってるのか!
「返して…返しなさい…!」
「それほどにこれが大事ということか?これは何だ?───魔力でも込めてあるのか」
「ただのクロノグラフに決まっているでしょう!」
鼻で笑った男がクロノグラフを地面に叩きつけるとベゼルは拍子で開いてしまう
「やめて……!」
「マナ!」
男の足元に転がったクロノグラフへと駆け出しそうになるのを首根っこを噛んでルーナが止めるとそのまま顔面を地面に打ち付けそうになるのをなんとか堪えた
「な…なにするのよっこの破廉恥猫!」
「このバカ娘!」
ルーナを頭から引きはがしクロノグラフに飛びつく、次こそは斬られるかもしれない、いやきっと殺されちゃうんだけど…けど最後までこれだけは離せない!
けれどいつまでたっても剣が落ちてこない、恐る恐る男を見上げた
何、その顔──
「お前は…やはり魔女だな?そうなんだな?」
「………魔女、ではないんだけど…」
一応、拒否してみよう…逃してくれるかも!かわいそうな老婆を演じてみるっきゃない…!
「わたしゃ…もう先も短いどうか静かに最後を迎えさせておくれ…」
「…………」
「……マナ……」
「頼む…若者よこの老婆に免じて…」
人間てここまで鬱陶しそうな顔できるんだ……男は無言でこちらを見下してどれくらいたっただろう、ルーナがさっとわたしの前に進み出るとばつが悪そうに
「フードが……とれている。老婆のまねは無駄だ…」
「えっ!?」
ばたばたとローヴを確認してみれば言われた通りフードが脱げている
「…どうやってもルーナのせいよね!さっきのせいでしょ!」
「今はそんなこと言っている場合じゃないだろう!」
握っていたクロノグラフから軽い音をたててベルゼが外れて、地面を転がっていってしまう。呆然とそれの行方を追っているとやがて男のブーツに当たってくるりと一回転して地面に着地した
「なんだ…このぼろ布は…?」
ベルゼの内側に忍ばせておいた布をつまみあげる
「それに触らないで!!」
「──これは……これをどこで手に入れた!!」
伸ばした手を掴みあげられる、容赦ない圧力に骨が折れてしまいそう
「いつっ…!」
「答えろ!!これをどこで手に入れた!!」
上背があるせいで、つま先がかろうじて地面にすれているような状態にうめき声しか上がらない。腕が抜けそうに痛い…!
「マナから手を離せ塵屑が!」
「くっ!」
槍のように飛んできたルーナがままに男の手に噛みつくと、わたしは地面に放り出されてしまう、威嚇しながらわたしの前に着地したルーナは後ろ足で逃げろと合図している
逃げるしかないの…?あれはわたしの──
「これは……私の父の物……どうやって手に入れた!」
血が滲む手で布を握りしめているせいで大切なものが血で染まっていく
「──父……?あなたの父親の名前はザード?」
「私の父の名は ザィヴァント……聖十騎士が一人ザィヴァント=ベルディ…
この紋章を持つ者だ」
わたしの記憶の中の彼と、この男が言う人物と一致しているかどうかなど確かめる術なんてない…でも確かに紋章はわたしが知っている彼の遺品と呼べる唯一の物
「…まって…ルーナ、彼はザィヴァントと名乗った事はあった?」
「……さてな。」
ぶっきらぼうに答えるとルーナは牙をむき出しにして唸る。
「………それは、わたしがしっている人の遺品よ──あなたの父親かどうかはわたしはしらないし、わからない。」
「遺品、だと……?」
「ザードは二年前に…死んだわ。深手を負ったせいで──」
「聖十騎士と戦ったものだな」
そう、わたしを逃すために戦った彼は重傷を負い…体力は回復しないまま…
「…だがそれも嘘かもしれない、実のところ父はのうのうと生きているんじゃないのか。あの裏切り者ならやりかねない。」
「──裏切り者…?」
「こんな貧相な女に誑かされたあげくに仲間である聖十騎士を手にかけた愚か者だ。嘘くらい平気でつくだろう逃亡のために己が死も偽装するか」
「………だったら確かめればいい。彼が過ごした終の棲家はそこにある」
ぼんやりと見える納屋を指さしてみせる
「マナ!」
「ルーナ、この人はかわいそうな人だ。実の父親をそんなふうにしか見れないなんて──少なくとも彼は誠実であった、見て確かめればいい」
外れてしまったベルゼを拾い男に背を向けて歩き出す、着いてくるか…それとも斬られるか…すごく怖いけどザードをそんな風に言われているかと思うとどうやっても、ザードがどうやってどんな気持ちで過ごしていたのかを知ってほしいと思ってしまった
「……言葉に一点でも偽りが滲んだら、その場でお前を殺す。」
「───嘘なんてない…それにそのときはわたしだって死に物狂いで抵抗するから」