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8座-6

「!!」

息を詰めていたのか、しぼんでいた肺が急激に空気を求め動くと痛みに顔が歪んだのがわかった。起き上りたいが身体はいうことをきかない

「……目覚めたか どうだ具合は」

「──ルーナか……?」

暗闇の中、きいきいと揺り椅子がふれるその上で凛とした佇まいの黒猫は わずかに目を光らせたかとおもうと、いきなり胸の上に跳躍してくる

「……苦しいのだが……」

「ほう。そのほかに苦しい所はないか例えば焼けただれた全身などは?」

そう、そうだ沈んだ意識の中でおぼろげに残るのは、目を開けてさえいられないほどの光その直後に身体を何千という杭に貫かれたような痛み。思い出すだけでも身体がこわばる

「あれは──何だったんだ?」

「お前、いったい何故聖女などに捕らわれた間抜けが──」

「……ああ、そうだったな……私の手配書を見た誰かが密告したらしい、私は逃げる間もなかった。そのまま処刑されるかと思っていたのだが……なぜかヴァイス様の神殿へ連行されその後は曖昧だ……」

「ふむ、まあいいお前はすでに“器”になった。俺が一番に聞きたいのはそこのところだ

つまりは、お前は“悪魔”を殺したいか?というてんだ」


憎め 憎め 殺せ!


「なるほど──私が“器”になったということは次の“聖女”は私ということか……」

「身の内の声に従うが楽だろう?」

漆黒の瞳が愉快そうに細まる

「──やめておこう、マナに誓ったのだ 決して“悪魔”とは戦わないと。それに夢うつつで彼女に世話になった……」

「面白くないなせっかく殺せる機会だと思ったが」興味が失せたと言わんばかりに部屋を出て行ってしまうルーナを呼びとめる

「この傷はマナが?」

「そうだと言ったら何なんだ」

「……私は平気だと伝えてくれ」

返す言葉もきかないうちにルーナは行ってしまった、何とか起こしていた頭を枕に戻すと疲れた身体から力が抜ける。

「まいった……私を助けるために無茶をさせてしまったんだな──」

マナの事だから私がこうなってしまった事を気に病んでいるのではないだろうか。そうなると彼女はここへ、、私に会いに来てくれるだろうか

出来る事ならきちんと顔を突き合わせて謝罪したいが……


******


「フリュ、これと──あとこっちもお願いね」

「素晴らしい出来ですね~、ぼくの交渉役も満足げにしていましたよ」

テーブルに並べた小箱に入ったテンプを感心したように見ている

朝食を食べている最中のルーナはうざったそうに小箱を脇に寄せている

「ちょっと、ルーナ!大切なお金の素を落とさないでよ?」

「俺が食べ終わるまで待てないのかまったく」

「猫は普通テーブルの上で食べないと思うんですけど」

ぴくりと髭を揺らすと

「ほほうでは型を変えようか、お前が動けなくなるまで“魔力”を吸い取ってな」

「ゆーっくり食べてて!ほらっフリュ早く行って」

袋にあわてて詰め込むとフリュに押しつける 

「マナも一緒に来ませんか?ぼくの屋敷はここより居心地もよいですし書庫もありますよ~美味しいディナーもご馳走しますよ~」

「すごくそそるお誘いだけど、クルトの事もあるから……ねえもう一つお願いがあるんだけど」

「はいはい~何でも!」

テンプの代行販売から必要な物の買い出しまで頼んでしまってる上に申し訳ないな……と思いつつも

「料理に関する本、借りたいなと思って──いいかな?」

「ん~なるほどもちろんいいですよ、やはりマナも女性ですねえ愛する者のためにとい」

ベコォ 鈍い音がしたと思うとフリュの顔面に銀の皿がめり込んでいる

「さっさといけ」

「ルーナ!」

「そいつをつけあがらせると痛い目見るぞ」

ねめつけるルーナを横目に、盆に朝食を乗せる。薄味のスープに柔らかく焼いたミルクパン、茹でた野菜どれだけ食べれるかはわからないけど、クルトに運ぶ分だ

「ルーナ、これお願い」

「……いい加減俺を召使扱いをやめたらどうだマナ」

クルトの意識がはっきりしたあとわたしは部屋にいくのを躊躇していた、もちろん避けているわけではない忙しいだけ。包帯を取り換えたり食事やお手洗いへの付き添い等はフリュとルーナに任せている状態でいる

「あのなそんな目で見ても全く意味をなしていないからな。お前が助けたくて仕方なかったやつの面倒くらい自分でみろ──フリュ行くぞ!」

「おや、ルーナも来るのですか まあ構いませんけど……ではマナ後ほど」

「ええ!二人とも!───」

言うが早い二人してさっさと行ってしまった。残された食事に溜息をつく

「待ってるよね、もっていかなきゃ……」

重たい足取りで階段をあがると脇の部屋の扉をノックする 

「──入ってくれ」

寝てたかな一つ低い声にそう思う

「マナ」

「ごめんね、起しちゃったかな……カーテン開けようか今日はいい天気だから窓も開けて空気の入れ替えもしちゃおう」

一気にまくしたてる、なるべく無言は避けたい 

「ああ、そうだな……マナ」

「あっ包帯もってくるの忘れちゃったみたいもってくるね!」

「……」

急いで包帯を取りに戻る、なるべく時間をかけてみるけどルーナ達が戻ってくる気配はない、仕方ない諦めよう……

部屋に戻ると、朝食に苦戦しているようでスプーンを握る手が震えている

「クルト!ごめんっ」

ベッド際の椅子にすわると、スプーンを奪う。盆にはスープがわずかにこぼれている、胸元の汚れをナフキンでふき取り、ひと匙すくって口に運ぶ

「──っすまない……」

「わたしが悪いからあやまらないでいいよ」

ミルクパンをちぎって口へ運ぶ、順番に少しずつ

「暫く見なかったが……その……元気にしてだろうか?」

「……わたしは元気、もうありあまるくらい。今日もフリュにテンプを売りに行ってもらってるんだ。もう少ししたらここの寝具も一新して──そしたらきっともっと居心地もよくなるし」

「私の事はいいんだ」

それより と続けるクルトはわたしの手を止める。

「また君に迷惑をかけてしまった事を謝りたい、それと……ありがとう」

「わたし、お礼を言われるような事何もしてない。なんで……?クルトは怒ったらいいんだよ!?恨んだらいい!!

こんな身体にしてしまった事も人を殺したことも“聖女”を殺した事だって!」

立ち上がりかけた腕をクルトは両手で制止する。

包帯が巻かれた腕が手が痛々しい、自分が恐ろしい、わたしはこんな風に人を痛めつけてしまえる。“魔力”なんてずっと使えなくてよかった!何も出来ないほうがよかったんだ!

ザードは正しかった……

「私を救うためにそうしたのだろう、それをどうして怒る事が出来ると?私の姿に心を痛める君を恨めと?

ルーナから聞いた私は“器”とやらになったと。確かに私の中に“力”を感じる。私は君にとって敵となった……だが不思議な物でこうなった今の方が君達に親しみがわく」

「………」

「それに私の身体はそんなにひどいだろうか?私からすれば甲斐甲斐しく皆が世話をやいてくれる今の状況も悪くない。“悪魔”が居候を な」

「……思ってたよりクルトって……お人よしなんだね」

「心外だ実際私は“悪魔”狩りの騎士だったのだが──誰かのお人よしが移ってしまったせいだな」

片目の美しい眼差しがそういって笑うのを、悲しい思いと温かい何かが綯い交ぜになった気持ちでわたしは見つめ返した


*******


ふああ~と大きく欠伸をしたまま一枚の紙を放る

「これって本当なの?」

「はっ!確かに“金の聖女”ヴァイス様の死亡が確認されました」

背筋正しくしている騎士は緊張した面ざしで告げる

「ちがうって、ヴァイスの事なんかどーでもいいよ。それに書かれてる“魔王”が二人ってところが問題なの、それ書いたのって誰なわけ?」

「確か唯一の生き残りリオンという名の騎士です!」

「へぇ……わかったよお勤めご苦労さん」

しっしっと手を払うと、礼をした騎士は踵を返した。

「面白い事になってきたなぁ早くわたしの所へおいで、美しく飾ってやるよ」

頭上には幾つもの彫像が飾られており、そのどれもが美しい顔を歪ませ苦痛に満ちている

“青の聖女”の座からまっすぐに伸びた通路の両脇には清流が流れその中に規則正しく配置された柱にすらもどこか奇妙な彫像が貼り付けられている

座から立ち上がった女は短く切りそろえたローズ色の髪に猫のような金眼を輝かせる

「この世の事などまったくもってどうでもいい!この世の美とはまさしく“悪魔”そして究極とは“魔王”!ああ早くコレクションに加えたい……二対の“魔王”など素晴らしい限りではないか!」


*******


まずい、本格的に……

「ん?何か言ったか?」

「ううん、でもよかったね!最近でだいぶ回復も進んできたみたいで」

手鏡をもったクルトは そうだろうか と頬を染めている

わたしはと言えば、クルトの素晴らしい髪を櫛で梳いているわけなのだが……明らかにわたしの髪より質がいい。溶かしたような金の髪はすっかり伸びて肩甲骨にふわりとかかっているし、包帯の取れた顔は以前よりも艶を増している

『やっと身体に“力”が馴染んできたんじゃないか?俺は知らん聞くな』

確かにルーナに聞いたところでまっとうな答えなどはなから期待していなかったんだけど

「でもどうして急に回復してきたんだろうね?いい事だけど」

「……私も考えていたが──やはり“力”が身体に馴染んだ…というのが一番しっくりきそうだ」

「そっか、この分だと近いうちに一人で歩けそうだね──じゃあこっちのシーツは洗っておくね、ゆっくり休んで」

「ああ、ありがとう」

ぱたぱたと忙しそうに動くマナを見送る

“力”が馴染んだ……とは良い言い回しをしたものだ。今もまだ“力”は憎め殺せと唸る

これが“金の聖女”の遺志なのかどうかはこのさいどうだっていい

私は半分を飲み込んだ、ただそれだけで“力”はひどく作用した。

そしてこれは私の予想を遥かに超えて戸惑いすら感じた──今は獣にだけはなり下がるまいと自制するのみだ

鏡で見る自分は滑稽なほどに艶を帯びている、花が蝶を誘うようなものか……?

いや、花と惑わせる実はクモの巣か。これで獲物がかかってくれるなら諸手をあげて喜ぶ所が、肝心の獲物はどうやら手強いらしい

今も一階からマナがフリュを叱っている声が聞こえる。彼女から発せられる全てが私に向けられればいいと──

鏡を伏せる  私はどうかしている。 彼女をどうこうしたいわけではない!マナは憎む相手に相当しないというだけのはず!

私は私が恐ろしくなる……


「マナが──」

「ほしいか?」

「!?」

きぃきぃと呻く椅子に現れたのは黒猫の姿をした“魔王”だった

「お前のようなやつを知っている。そいつも俺をほしがったなああ“金の聖女”も俺にひかれた様子だったか──」

「私は……!」

「少なからず神の命である“魔王”にひかれるやつはいる。俺にとって重要なのはそこじゃあない、わかるか?お前が頭の中に留めておけるなら構わないだが、実行だけはしてくれるなよ

フリュにしたようにお前の脳天をぶちまける事で汚したくない」

背中にひやりとした汗が伝う

「私は“悪魔”と戦わないと誓った──」

「結構な事だ誓いとやらに期待しておこうか」

 

明らかに動揺しているクルトを射抜く。“力”は必ず“器”の欲望、願望に影響をきたす。

増長させ狂わせる

それこそが命を淘汰させていくからだ、急激に回復を見せ始めたクルトは蛹が蝶に羽化するように外見こそ極端に変わった様子は見せないものの、明らかに妖艶さを増している

人を誘うための物だ──

釘は刺した。見物だどこまで抗えるのか


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