8座
大都市
金の聖女
身体がぶるりと震える、どれも対峙したくない、したこともない世界……そんな場所にクルトが──わたしに何が出来る?どうやって助ける?そもそも助けを必要としているのかもわからない。
「フリュわたしを助けてくれる──?手も足も引っ張るけどそれでも?」
「───もっと強く願いなさい。ぼくを動かしたいなら」
見開かれた目がわたしを射抜く。じわじわと湧き上がってきた何かが行き場を求めて身体中を駆けまわる。
『愛し子達よ 廻れ廻れ 我は起点 恐れることはない 廻れ廻れ 』
覚えのない記憶の中で謡う人は────
「わたしを……助けなさい!どんなことがあってもわたしに従って!」
一気に身体の靄がとれたように軽くなる。それと同時に記憶の中の人も薄まってとうとう消えてしまった
「ぼくの新たな“魔王”──ああ甘美なるお言葉。運命の軌道すら変えて見せましょう!」
とにかく行く準備をしないと!家へもどるなり部屋からローヴをひっつかむと調理場でナイフを手に取る、さすがに裸で持ち歩くのは危険よね、間違って自分にでも刺しちゃったら間抜けすぎるもの
「包む物……包むもの」
「ナイフをどうするつもりだ阿呆娘まさかこの軽い脳みそが詰まった“悪魔”とどこぞへお散歩か?」
悲鳴をあげそうになったのをなんとか飲み込む、首根っこを掴まれたフリュがへらりと笑う
「フリュまさか」
「だって~ぼくの“魔王”は二人なんですよ~どちらのご命令も蔑ろにには出来ません」
「一番いっちゃ行けない相手に!」
テーブルを挟んで睨みあうけどルーナが怖すぎる!じりじりと距離を取る
「ねえお願い、行かせて!クルトが危ない目にあってるかもしれないんだよ」
「ならん!」
「どうして!?ルーナはわたしの見方してくれるんでしょう!」
突然ルーナはテーブルを叩く
「お前は“力”を甘く見ているな!行けば死ぬぞ!」
「わたし一人じゃ無理、だけどフリュだってきてくれる……」
「いい加減にしろマナ!!そんなにあいつを助けたいなら連れてきてやる、傍に置きたいなら足を切断させてでも留め置いてやる、だからお前はここから出るな!」
「そんなこと……お願いルーナわたしだけ置いてかないでよ──言ったでしょ?わたしは自由にしていいんだってだったら」
「───では聞く、どうやって神殿に入る。どうやって助ける、そもそも助けを必要としている確証は」
わざと言ってる、わたしが答えられないのを知ってるから。わたしだってわかってる無鉄砲に行動を起こそうとしてるって、だけどじっとなんかしていられない。
「扉を繋げるよ……時間はかかるかもしれないけど極力安全な所を探す、それから情報を集める──クルトが捕らわれて神殿とかいう大層な場所まで連れてかれたんならきっと何かあるはず、だって死刑なら……どこだってよかったはずだもの」
「……俺が僅かにでも危険を感じたら俺の言う事に従うと約束できるか」
険しい顔ですごむ、テーブルに置かれた手が強く握られて白くなっている。ここまで感情的になったルーナを見たのは初めて──きっとすごく怒ってる
「約束する……」
「フリュ今すぐ偵察に行って来い。危険がない扉を見つけ知らせろ」
放られたフリュは恭しく一礼すると音もなく消える、その間もルーナはわたしから視線を外さなかった。重苦しい空気を破ったのはルーナだ
「怒鳴って悪かった……」
「わたしが悪いから仕方ないよ……ごめんなさい」
「時期にフリュが戻ってくるだろうから言っておく……不測の事態が起きた時、俺は“魔力”を使う、そうなるとお前は多少動きづらくなる覚悟しておけ」
こくりと頷く、わたしからナイフを取り上げると これは必要ない と元の場所に戻されてしまう。なんだかとたんに心許なくなっちゃった……
フリュはいつ戻ってくるかな?
クルトは無事?やっぱりわたしを逃がしたせいで──
「只今もどりましたよ~」
「フリュ!どうだった!?」
突然、現れたフリュは挨拶もそこそこにわたしの背を玄関へ押す
「言われた通り安全な扉を見つくろってきましたよ、ぼくが繋ぎますのでさあまいりましょう!」
「まて、向こうの偵察はどうした」
「ああ痛い、痛いです!」
頭を鷲掴みにされたフリュは身悶えして──喜んでる。大丈夫かなこんな“悪魔”頼りにしても
「神殿では騒ぎらしい事もないらしくいたって平和そのもの──なんなら毎年恒例の祭りで盛り上がっていますよ?ひょっとして居候殿は騎士に戻ったという可能性もありますねえ」
「何の騒ぎも……もう死刑になったわけではないのか」
「ぼくもそう思ったのですが、どうやら神殿では血なまぐさい事は禁止されているらしいですね~ただ最近は若い騎士達が集められているようですよ。──これ以上の事はわかりませんでしたし、さあさあとにかく行ってみましょう!」
*******
「うそ……みたい、こんな所があったなんて──」
じりっと肌を焼く高い太陽が昇った空は突き抜ける青、真っ白な家屋が高さを競うかのように立ち並んでいる。通りは赤茶色のレンガがびっしりと敷き詰められその上を華やかな洋服をまとった人達が大勢歩いている。路上の真ん中には一列に連なった出店が色んな物を売っているらしい、見たこともない花を売る店。書店店もある!あちらは時計店……
「マナ気をつけろここは敵陣、しっかりローヴをしておくんだ」
「うん」
足元を歩くルーナは猫の姿をとっている、悪目立ちしてしまわないように──フリュは白髪をなでつけてすっかり派手な洋服ではなくシックな装いになっている。確かにここにはフリュのような格好の人ばかりなので紛れるのには適してる
「ここは、どのへんなのかな?」
「そうですね、丁度町はずれですよ、ほらそこに門があるでしょう?あそこは検閲門です。
身分証を提示してからしか入れない仕組みになっているんです、まぼくたちは──関係ありませんが」
後ろを振り返れば、二階ほどの高さがある門が見える。すごく警戒してるみたいあんなに沢山の兵士初めて見た──門には長蛇の列が出来あがっていて行商人らしきものから観光らしい人までさまざまだ。兵士はせわしなく書類を確認している
「とにかく目的は塵屑野郎だ。やつがどんな状況にいるのかさえわかれば俺達も身の振り方を固められる」
「やっぱり神殿方面で情報を探ってみよう」
「危険だが──仕方がない……」
暫く進むと大通りなのかさらに賑やかな一角に出る、両脇に立ち並ぶ店の看板や街灯にも花が盛大に飾られている、そういえばお祭りがどうのって言ってたけどこれのこと??
見通せる限りずっと続いていて肝心の神殿がどのあたりにあるのかすらわからない
「辻馬車を捕まえましょう、ここから歩くのは骨が折れますから~」
「辻馬車……っ初めて……」
不謹慎だけど少し心が浮いてしまった──ごめんクルト!
大通りを通る辻馬車の空きをさがすがお祭りのせいか、なかなか止まってくれない──あ、まただ!もう何なの誰も乗っていないのに止まってくれないとか!
「どうして止まってくれないのかな?」
「う~ん、まあちょっと──マナがみすぼらしいからでしょうかね」
「わたし?」
わたしのせいなの!?ルーナは知らん顔でそっぽを向いている、確かにローヴはぼろぼろだけど……これがなかったら黒髪の黒目ですぐにばれちゃう……この世界ではわたしのように黒髪の黒目の人間はいないらしいし。
「どうですマナぼくの“魔力”で姿を変えてみませんか?フェルミそう睨まないでくださいよ~一時的なものですしいいじゃないですか。マナだって綺麗な洋服きてみたいと思いますよねえ」
「わたしはべつにそういうのはいいよ。けど問題は乗せてもらえないってところだよ──ここから歩くと神殿は遠いの?」
「ここから歩くと二時間はかかるでしょうね~しかもこの人ごみ」
ポケットのクロノクロスを確認してみる、着くのは夕方になるかな……暗い方が動きやすいかもしれない
「どう思う?ルーナ」
「ふむ歩いてもよさそうだな──ただ確かにこの場でマナの格好は逆に目立つかもしれん……不本意だがフリュの言うとおりにするか」
「では、ぼくが見つくろってきますので空家の中で待っていてください」
ここで一旦フリュとは別れて、わたしとルーナは元来た道を歩き出す。たまにすれ違う兵士等は祭りに浮足立っているのか、年若い女性に声をかけては冷やかしている。空家に入ると窓からそっと外を窺う、大丈夫──誰にも怪しまれなかったみたい……