7座-4
「いひゃい……」
「起きろ、まったくどこでも寝れるとは素晴らしいなお前の頭の中は」
ルーナが思い切り頬を引っ張り上げている。よく伸びる頬だ とか言われて頭がすっきりと冴えた
「珍しく朝昼夜って食べさせてくれるおかげで、眠たいんだよ!──空腹だと眠くならないのに変なの……?」
「いいから床ではない所へ座れ」
よたよたと二人掛けのソファに座る、もう一人の姿はまだ現れない
「クルト呼んでこようか?」
「そのうち来るだろう、俺の話に頭がおいつきそうならな。なあマナ?」
その笑い方神経にくるな……いつもは猫の姿で憎まれ口をたたくのでそこまで腹ただしくはなかったけど人間の姿だと、こうほっぺたをつねりたい気持ちが
「またせたか?すまない」
「あ、大丈夫、ちょうど今わたしも起こされたところだから」
クルトの目が また寝てたのか と半目になっている。寝てましたよ……クルトは座る場所をちらりと探してから床に腰を下ろす
「こっち、空いてるよ」
「いや……では失礼させていただく」
クルトはなぜかルーナを一瞥してわたしの横に座る、全然リラックス出来ていないのか、背筋を伸ばして背もたれから離れている。
「さて、どこまで話したか……」
「“魔王”が神様の穢れで命ってとこ──」
「ふむでは、神はどうやって巡る命を払うのか。神の“力”によって打ち払おうと考えた。そこで神は“力”を人間に与えた」
ソファに深く背を預けたルーナはわたし達の反応を窺う
「──人間に“力”を与えたら、よけい払い憎くなるんじゃないの?」
「そうだ。だが“力”を与えられた者が呑まれたらどうなるか……
例えば権力に溺れる者に与えたならば?
金に執着するものであれば?
神の“力”はもっとも欲が深い“器”に譲渡される。」
「それは、女性に限るのだろうか?歴代の聖女はみなそうだったが」
「お前達が 歴史 とくくるのはここ数百年ほど前にしか遡らないだろう、知らぬだけで男も“器”として選ばれたこともある。例外はない醜いも美しいも男も女もな」
途方もない話しだ、わたしが想像していた神様って誰にでも優しくていざとなったら助けてくれる、暗闇の中の灯のように安心できる存在なんだって漠然と思ってたけど、ここでは違うんだ──身の内に巣食う命を消してしまいたいって思ってる。
「神様は……人間の手によって人間が淘汰されることを望んでるんだね……?」
「利口だマナ」
「じゃあ……“魔王”の役目ってなに?ルーナはこうなる前はどうしてたの?」
足を組んでひじ掛けに肩肘をつくルーナには、豪奢な椅子が似合うはず。過度な装飾のないけれども優雅で気品のある玉座……
「俺は初代から数えて三番目の“魔王”。移行が滞りなく行われていればマナお前は四番目の“魔王”となるはずだった。初代はわずか半年ほどで“器”が変わった、二番目は四年だ──俺は“器”となってから一千四百年あまりを超えた」
「一千四百年!?不死身なのか?」
クルトが信じられないと頭を抱えている、わたしだって……信じたくない。
「神の命は永遠とも言えるほど永い。だが“器”を壊す事も可能だ、例えば神の“力”パーディナルがいい例えだろう、パーディナルを扱えるのは」
「人間」
「そうだ、人間だけが“器”を破壊する事が出来る。俺は長い間、神の“力”と戦い続けてきた、つまりは“魔王”が“力”を持つ者と戦う事で人間は救われてきたと言っても過言ではない」
「では……私達がしてきた事とは……一体」
「露のような生しか持たぬゆえに、真実が湾曲されたとして誰も責められん。極に言えば
衰えもせぬ姿で数百年、いや何千年と生き、人には扱えぬ“魔力”を使う、そんな者を“悪魔”と思いちがえてもおかしくはない。俺達にとって人間とは愚かで浅はかで稚拙で憎めぬ存在なのだ──俺自身も“器”となったゆえにそう思うのか、そもそもこういう性分だったのかはすでに忘れた」
「守りたいって思ったから戦ったの?──でもわたし戦う術を知らない、“魔力”だってないの、それに“器”になったからこれからずっと生きるの?」
冷たくなっていく指先に温かいものが触れる、ルーナの手だ──細くてでもわたしのとは違う力強い安心させてくれる手だ
「マナ“魔王”は自由だ、何を選ぼうとも誰もお前を責めることはできん。神自身から削がれた命なのだ何が縛る事などできようか──何者にも束縛されず生きろ。
永い悠久とも言える“魔王”の命をどう過ごすかは実に難しい問題と言える──だが少なくとも俺はお前と同じ時を生きる」
「一人じゃ、ない?」
頬をなでる手にすり寄る、いつまでもこの手に甘えていたいよ。ぬるま湯のようなこの家で何にもとらわれずに、でも覗いてしまった世界の狂気を──もしあの光景を繰り返さない事が出来るんだとしたら……わたしは“魔王”になる。
「それはいい事だよね、悠久って言葉も好きだし──ねえルーナいつか大きな町で堂々と買い物がしたい、ローヴだってしないで色んなお店を見て回ろう!」
「ああいい考えだ、きっと俺の方が見目がいいから目立って仕方ないだろう」
「わたしだって着飾るよ、もーこれでもかってくらい」
だから傍にいてね 抱きついた私の頭を軽くはたくとルーナはわずかに頷いてくれた。
まだ何もかもが遠すぎる、だけどきっとこの胸の中に芽生えた 何か に花を咲かせて見せる。わたし今のままじゃ終わりに出来ない ここに来た理由を今初めて知ったから。
別れはやってくる。どんなに遠ざけていたくても