7座-3
南に位置する神殿
硬質な床を蹴り進む男に門番の女性が慌てて制止をかける
「シオン殿!それより先はヴァイス様のお許しがなければお通しできません!お戻りください!」
顔を歪めた男は
「許しだと?“金の聖女”は毎夜、禁所に男を招いてはお楽しみのようではないか!」
門番の女をそう言って睨めば、一瞬とまどう表情を見せたがすぐさま無機質な雰囲気を取り戻し
「“金の聖女”ヴァイス様のお許しをシオン様も頂ければ、そのうち──」
「誰があのような女と!馬鹿にするな!俺は弟のリオンに用があってきたのだ!」
斬りかかるような仕草をかけてみても門番の女は怯えもしない。よく飼い慣らされているものだ と内心ほくそえむと、扉の奥先に見えない弟を探す。
『……馬鹿め…肉欲に溺れているだけならまだしも──』
「お戻りください。シオン殿」
「待たせてもらうからな。」
「神殿の外でならいくらでもお待ちいただいて結構です、さあ」
シオンは後ろ髪をひかれながらも、門番に連れられて神殿を出るしかなかった。
最奥にある一室から艶やかな声が漏れ聞こえる。そこは誰人なりとも達言ってはならぬ禁所、聖女の許しがなければ立ち入れない。
「そうかクルトは戻らぬか」
「……はい…この目で確かに…」
男の方は何か堪えるように苦しげな声だ。その合間もぎしりぎしりと何かが軋む音が部屋に響いている。
「リオンそなたは誠、美しく気高い、わたくしの自慢の騎士」
「もったいないお言葉…」
金の髪が褐色の肌の上でゆらりと揺れ動き、新緑色の瞳は煌々としている。あどけなさの残る顔とは対照的な豊かな身体は上へ下へと動く
「しかし、クルトは憐れな男よ、父だけでなく己まで“悪魔”に魅入られてしまうとは──なんとかしてやらねば」
「しかし!ヴァイス様あれはすでに敵と──っあ!」
豪奢なベッドの上で仰向けになったリオンに跨り腰を揺らす“金の聖女”ヴァイスは美しい笑みを浮かべる
「慈悲を与えようと思う、わたしは愚かか?リオン」
「くっ……」
つつっと腰を持ち上げる、ぬらぬらと光るそれは花の入り口にかすかに先端を沈ませひくりと震えている、リオンは腕も脚も拘束されいるため身動きが取れずに苦しそうに耐えている
「リオン、苦しいか?お前に慈悲をあたえてもお前はわたくしを許す?」
「あぁ……ヴァイス様のおおせのままに…!」
「では、クルトを捕らえていらっしゃい。生きたままに…」
ずちゅりと卑猥な音を立てて隙間なく腰を落とすと、責め立てるように腰を打ち付ける。
白亜の神殿の最奥、“金の聖女”の禁所からは絶え間なく男の切なげな声が聞こえていた。
*******
一方、中宇の中に佇む一軒家
これって──なんだか新鮮?な光景よね……?
調理場では、元…?聖女の騎士のクルトが忙しげに朝食を作っている最中で、テーブルに座ったルーナはどこで手に入れてきたのか分厚い書物を読んでいる。
その横には欠伸をしながら暇そうにしている“悪魔”のフリュが頬杖をついている。
「聖女の騎士に元魔王に悪魔に……」
「やっと起きたかマナ、俺達は先に食べたぞ」
「おはようございま~すマナ、寝起きのマナも無防備さが素敵ですよ」
うん。悲惨な出来事があって、さらに衝撃的な話しを聞いてからまだ三日……食欲も全快でもないのでもう一度寝よう……特に温かい匂いは苦手になってしまったみたいだし
くるりと背を向けて二階へ上がろうというとき
「マナ?朝食を食べたほうがいい」
「や……今はいいかな~クルトが食べたほうがいいよ。まだでしょう?」
「確かにまだだが──居候は一番最後でいい。君が食べてくれ」
「おや、聖女の騎士さんは居候の身でしたか?」
「ああ。今は行く宛がないのでこちらで世話になっている、しかし身の振り方を考えているので近々出ていくつもりだ」
「え?そうなの?」
「ああ、いつまでもここに居るわけにはいかない」
これはちょっと話を詳しく聞きたいな……テーブルの席に座ると、ふわりとほほ笑んだクルトは朝食を並べてくれる。サラダにはスライスされた茹で卵、パンにはアーモンドのクリームが添えられ、温かいスープは湯気があがり香草の香りがする、すっと鼻を通る香りのおかげでスープも飲みやすそう
「おいしそう──いいお嫁さんになれそうよねクルトって」
「いや……花嫁にはなれないが……」
「そこで赤くなるな気色悪い。俺は向こうにいっている」
さっと飲み物が入ったカップだけ取るとどこかへいってしまったルーナを見送るとさっそく
「ねえ、クルトはここを出てどうするの??また騎士に戻るの?」
向かい側に座ったクルトはパンを口に運ぶ
「──それはもう無理だろう……今あちこちで争いも起きているので雇われ兵士にでもなるつもりだ」
「どうにかして騎士に戻れないのかな?たとえば──首は無理だけど髪の毛とか取ってきたとか……ちょっと軽いか、うーんほかの部位……?でも指とかいや小指くらいなら我慢できるかも?」
右手で髪を持ち上げ、左の小指をクルトに示す、さすがに指を斬るのって痛そう!でもわたしのせいでこうなったんだから小指くらい……!
「い、いや。どちらもいらない──どのみち今私は騎士であることが本当に正しいのかわからないのだ。」
「……正直、わたしも“悪魔”のした事とかよく知らない、ザードから聞いたり本で読むのは、その──はっきりしてるでしょ?正義と悪って感じで」
「“悪魔”は残虐で狡猾で残忍、まあ歴史的にも諸説ありますよね~王様を誑かして無辜の民を殺しつくした、とか」
頬杖をついたままフリュが薄笑いを浮かべる。正直フリュはあの時に顔色一つ変えずに殺される人たちを見ていたわけだし──それはいかにも“悪魔”そのものだと思う。
クルトもきっとどちらが正しいとかそんなのわかんないよね……育ってきたときから“悪魔”は“悪魔”なんだから
「私も同じようなものだ……殺人が起きれば“悪魔”にとりつかれた、人を騙す者がいれば“悪魔”に唆された、あげればきりがないほどに“悪魔”の所業は多い。だが私は──」
パンをちぎるのをやめたクルトはわたしをじっと見てくる。
「人間ってつくづく面倒臭い生き物ですねえ~あなたマナを見て“悪魔”という概念に疑問を感じているんじゃないですか?だったら素直に認めたらいいんですよ。フェルミ……ルーナがどんな話をしようとも信じられなければ斬って捨てればいいんです。白か黒じゃあだめなんですかねえ」
「そんなに簡単な話じゃないだろう……」
いきなり立ち上がったフリュは両手を大げさに広げて見せる
「実に面倒!あなたは僕達の物語の一部にはなれない人間でしたか、残念です。さようなら聖女の騎士……いや毒婦の騎士!」
「フリュ!」
そういうとフリュはあっという間に消えてしまった
「……クルト、あの傭兵になるんだよね?それって平気なの?あの──追手とか」
「あ、ああ……各地を転々とする傭兵ならば油断さえしなければ捕まる事もないだろう。それに顔をさらす必要もない、ほらこうしていれば簡単にはわからないだろう?」
腰に巻いていた布をぐるりと頭と顔に巻きつける、確かにそれなら目しか見えないからいいのかな?
「確かに……でもクルトの目の色って珍しいよね、ばれちゃわない?」
「そうだろうか?」
「うん、珍しい。紫色だけど少し淡いよね、月色を溶かしたみたい。ザードとそっくり──どうして最初に気付かなかったんだろう」
「恐怖の方が強かったからではないか?」
「クルトに殺されるところだったからね」
腕を組んで睨むと少し困ったふうに眉を下げたクルトが面白い
「……マナには悪い事をした、大切な家だけでなく色んなものを失わせてしまった……許してくれるだろうか」
意地悪かもしれないけど、横に首を振ると、あきらかに気落ちしたクルトに
「クルトがここを出て行って、また次に会う事が出来たらそのときは許してあげる。
わたしって心の広い“魔王”だから」
「!」
「どうしたの??」
「いや──初めて私に笑った顔を見せたな……」
すぐに頬を染めるクルトの熱が感染しないうちに、急いで朝食を口に入れると
「あんまり年頃の女の子の顔を見ちゃダメなんだって知ってた?──じゃ……ごちそうさま!」
「マナ」
「ん?」
入り口で背を向けたまま返事を返すと
「すまない」
何に対して謝ってるのかわかんないから微かに首を傾げるだけにしてわたしはルーナを探しに調理場を後にした。今日の午後はルーナの話の続きを聞く予定だったのでそのまま応接室に入ると、ルーナはソファに座ってうたた寝しているようで膝に置かれた分厚い本のしおりはその上に置かれている、もう読んじゃったの?ふーむこれが元“魔王”様……まじまじと顔を見る、確かに言われてみれば美しさだけなら他に類を見ない、性格は“魔王”そのもの──わたしがルーナと出会ったのは偶然だと思ってたけどそうじゃなかったんだね、わたしがルーナに引っ張られてこっちの世界に紛れちゃったんだ……
目にかかった前髪を横に払うもルーナは規則正しい寝息を立てている。ルーナの足元に座ると膝に頭を乗せる。小さい頃ルーナの身体を抱いてよく寝たのを思い出す、どんなに心細くともザードは一緒に眠ってくれる事はなかったから──
「わたしが死んだら“魔王”の力はルーナに戻るのかな……」
ルーナが“魔王”だったらきっと助けられたんだろうな、ねえどんな風に過ごしてきてたの?どんなふうに戦ってきたの?一人だった?仲間がいた?いつから猫でいるの?