6座-4
風の音が耳障りだ
悲鳴に聞こえるから
人を焼く臭いを思いおこさせるから
頭を砕く音、炎の勢い、引き裂かれた黄色いワンピース、血の海、男達の笑い声
どんなに耳を塞いでもこびりついて離れない
ここはどこだろう
歩けなくなったのはいつだったかな
まあ、どうでもいっか
こうやって玄関の扉を睨み続けて6日目、ルーナは座ったまま動かない。マナが出て行ってからずっとだ
マナはおそらく夜間に出て行ったはず、私たちがその事に気付いたのはその日の夕方、遅すぎた。ルーナに地図の事を話したが…その事には薄々気づいていたらしいがマナの行動は予想外だったらしく、動揺していたように見えた。それからは移送方陣を動かした形跡をたどったが、どうしたわけかその町には大勢の騎士や兵士がいて外に出るには困難な状況だった──他の場所からマナが向かった場所へ行けないかと試したが、断崖に阻まれ行く事は叶わなかった。
三日ほど前に一度マナの気配が強くなったと、ルーナは扉を開けてまった、町の様子は異常な事態が発生していて危険だったが、それでも待ち続けた……
「どこへ行ったのだろうか……騎士達がうろついているので帰ってこれないのか?」
「ローヴは来て行っている。帰ってきたければそうするだろう」
それからルーナは一歩たりとも動かないでいる。
「今夜、扉を開けてマナを迎えにいく、お前はここでマナの帰りをまて。この扉の移送方陣が消えたら俺はもどらない」
「…それはどういうことだ──」
「考えろ」
「ああ、そうだ、考えた。あの時地図を取り上げなければ、一緒に行こうと言っていたならば彼女は今頃ここに居ただろう、だが時間は巻き戻らない。それで次はお前が無謀をおかそうとしている」
ゆっくりとこちらに向き直ったその目には見た事のない怜悧さがある
「では、俺を止めるのか、この 俺を」
重量があるカバンをルーナの前に置く、目を細めると これは何だ と尋ねてくる
「ここには食料に地図、薬草、包帯、毛布──」
「一体何がしたいんだ」
「三人分だ、私も同行する。」
「…………」
カチリ──沈黙を破ったのは外側から回すドアノブ、マナか?ルーナを見下ろせば静かに首を振る。腰に用意していた包丁を抜く、ゆっくりと回転していくドアノブに集中する
「!!」
突然勢いよく開いた玄関の前には
「こんにちは~“悪魔”の配達人ですよ~!」
目もくらみそうな極彩色の服に白髪の男は陽気な声をあげてお辞儀すると、さっとルーナの前に屈む
「ああ~こんな可愛らしいお姿になっていたとは、お探しいたしまたよ」
「……フリュ、何故お前がここに」
思い切り顔をゆがめたルーナの鼻先をつつく、“悪魔”?普通の人間に見えるいや格好は普通とはすこしずれてはいるが
「まさか、マナに余計な事を吹き込んだのはお前か!」
「マナ!ああ“魔王”マナ──あのかわいらしくて愚かで弱い、なのに人を助けようとする果敢さ、なぜああも不純物を取り払ったような精神をもっているのか。あの透き通った心に一滴の毒を流したらどうなるのかと」
「……ずいぶんと彼女を知っているようだ」
恍惚としたままで空を仰ぎ見ると、詩を語るように白髪の“悪魔”が謡いだす
「ええ、素敵な“魔法”も拝見しましたよ、ああ干した果物もいただきましたね。一緒に眠りもしました。最高の見世物もとお誘いしたのですがどうにもお気に召さなかったようでどこかへ行ってしまいました。走り去るマナの髪は漆黒の帳のように波打ち、夜空を連想させる瞳には──」
突然、目の前の“悪魔”の頭がひしゃげる。血が噴水のように高々と空を貫く
「マナはどこにいる?フリュ」
目を真っ赤に光らせた猫は、“悪魔”を押し倒すとその上に座り込む
「早く言え、俺が気短いのをしっているだろう」
胸が内側からぼこりと膨れ上がると肋骨が肺を突き破り内臓をむき出しにさせている、すでに“悪魔”は死んでいる、死んでいるとしか思えないのにルーナは“悪魔”の答えを待っている
「………お望みとあらばご案内いたしましょう。ただその後の事はお任せしてもよろしいのですよね」
なんとか原型をとどめている真っ黒な口を開けて笑う。
霊廟から出た先は真っ暗闇だ、フード付きのローブを被った私の先では、さきほどの“悪魔”が道案内をしている。この薄気味悪さをも楽しんでいる様子だ。それにしても驚くべきは不死とも思える回復力……再生を果たした姿はにわかに信じることなど無理にも思える、ただあの血まみれの服がそれを証明している
フリュという“悪魔”が言うにはマナはこのずっと先にいるらしい。
ここからの距離にして三日…彼女はたった一人で彷徨ったのだろうか──何故こう何度も過ちを犯してしまうのだろうか、もっと思慮深くあるべきなのに
きっと家に連れ帰ってやろう、新しい彼女の住処へ。
「ねえお父さん!真奈が好きなのはね、あの一番ひかってるお星様だよ!」
「へぇ~あれはね北極星という星だ、知っているかい?あの星は唯一じゃないんだよ」
「ゆいいつ?」
「そう、何万年と生きてそしてゆっくりと死んでいく、そうすると代替わりした星が北極星を引き継ぐんだ」
「ふーん……」
「北極星は美しい、恒星といって自ら光を放つんだ。」
「あなた、難しい話ばかりするから……ほら真奈、寝ちゃった」
「少し早かったかな──でもさすが真奈だ選ぶ星にセンスがある、きっと将来は天文学者になるな」
ううん、ごめんねお父さん、わたし天文学者にはなれない……だって……
でも帰りたい……できることなら帰りたいよ……
そんなに帰りたいのか?だが君が望む家は私が壊してしまった。
違う、違う、違う…!日本へ……家族の所へ帰りたい……
ルーナがいる 君には
ルーナは……“悪魔” “悪魔”は誰も助けない……
「そこから出てきてくれないか、私では君を迎えに行けない」
「……騎士は“悪魔”を殺す、同じように人を殺す……」
巨大な木の洞の奥から聞こえる微かな声に耳を澄ます
「わたしもあんな風に殺される……焼かれて…殴られて…斬られて…蹂躙されるの」
「何を見た…?」
「………」
「もういい、居候。───マナどうやら俺はおまえを甘やかしすぎたようだ」
ガサリと木から着地すると洞の手前で座る、先程までフリュを刻んでいた猫とは思えないほど穏やかな雰囲気をまとっている
「お前が“魔王”になることがないようにと仕込んでいたザードに早くに忠告してやればよかったな、お前は“魔王”になるべきだったんだ」
「………」
何故とといかけたくなるをぐっと堪える、ちらりと睨まれるが私とて今の状況で何故などとはさすがに聞かない
「『“魔王”とは“魔王”以外の何者でもない、“悪魔”とは“魔王”にただ傅くもの』とお前には教えた事があるな、お前が“魔王”であったなら“悪魔”はどんな要求であっても是と応じる」
「……わたしが“魔王”であったなら……?」
「お前、見ただろう。人がどのように殺されるのかを。どうだまだ覚えているか」
「やめてよ!!!思いだしたくない!!勝手な事ばかり!」
マナの叫び声に反応した鳥がいっせいに飛びたつ
「そうだな己が運命を受け入れ“魔王”になっていれば…命令すればお前が言う人は助かった」
「……やめてよ…ルーナやめてよ」
すすり泣く声が洞に反響している、何故マナを追い詰めるような事を言う必要が……そもそも“魔力”を使えないマナが指示したところで“悪魔”が素直に従うとも考えにくい、現にフリュはマナにひどい事をしたのではないか?
「わかるか。お前が殺したも同然だ。」
「なんでっ………わたしが殺したんじゃない…!殺したのは騎士達なのに」
騎士達!?……誰が誰を殺したと…?
「“魔王”の役目をはたせマナ子供でいる時間は終わった。いまこそ真実に目を向ける時だ、さあ出てこい」