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クロノグラフが導く運命



「───!?」

何を言ってるのかわからない…見た事もない格好の人達…

「─────!!」

「──!」

どの記憶にもない建物

「お父さん?」

わたしを囲う人達は恐ろしい顔をしていた、髪の毛を掴まれて痛くてわたしは必至で逃げた、足が木の根にからまって何度も転んだけど、どこへ行ったらいいのかわからなかった

「────?」

何もわからない、怖い!わたしはそう言って泣いた。

「…───」

泣いても何も変わらないと覚えたのはこの時だった。



********


 また悪夢だ…夢から目を覚ました途端、今にも迫ってきそうなほど低い天井を恨めしく睨む、起きるたびに思う、夢から覚めたら全て元通りになってるんじゃないかと──鬱屈する思いを吐きだすと幾分かは気がまぎれる。

「寒い…」

粗末なベッドから身体を起こすと、クログラフを確認する。

「ちょうどいい時間……」

 ベッド一台でほぼ隙間がない広さの部屋を出ると、お腹を満たすためにテーブルに置かれている固パンを持って調理場に向かう、といってもテーブルのすぐ側に調理台が設置されているので歩くという煩わしさとは無縁だ。

 作り置きのスープを冷たいまま皿にうつすと、ナイフで切り分けた固パンを浸す。

「野菜…買いにでなきゃ…」

 木箱に入っている芋はすでに底をついているし、最後に肉を食べたのはいつだったか

味気のない食事をすますと、椅子からローヴをひっつかみ全身を隠す様に着こむ。

 すっかり年季の入ったローヴは擦り切れて薄くなっている箇所もあれば、毛羽立ってまるでカビでも生えてるんじゃないかと錯覚するほどになっている

 軋んでうるさいドアを押しのければ、そこは乱雑に木材が積まれていたり、壊れかけの梯子、農作業用の道具が置かれた納屋になっている。

納屋にある唯一の窓に見えるのは真っ暗闇だけだ、灯りの一つさえない。

「今日はたくさん作らないとなぁ…野菜と小麦、お塩…」

納屋の扉を閉めると深い森のさらに奥深い泉を目指して歩き出す

「布と糸…」

 いつきても不気味さを感じる、だから独り言だってかまやしない、どのみち誰もいないんだから──頼みの綱のルーナは昨日から何処へ行ったのか呼びかけに応える事もしない…「まったくもう…!」

ぼーぼーと鳴くのは夜行性の鳥だろう、が本当にやめてほしい…かさりと草をならしたのはどんな動物だろう…ひょっとして魔獣かな…自分の想像力が憎らしい!

いくばかりか進むとたぷたぷと水の音が聞こえてくる

「もうすこしだっ」

 急ぎ足で暗い森を進むと目的地に辿りつく事が出来た、空を見上げても竜のように枝を伸ばした木が邪魔をしているせいで月も見えない、円形の泉の上にすら枝を伸ばしているためまるでドームの中にいるような錯覚さえ覚える。

 首にかけていたチェーンを引っ張り出すとクロノグラフを確認する、長針はトレー(四番目の星座)を指し、短針はエリダス(六番目の星座)を指し示している。スモールセコンド(クロノグラフの中にあるさらに小さなグラフ)は88を示している。

「もうすぐね!」

 肩からさげたカバンから銀の盆を取り出し、さらに長方形の厚さが10ミリほどの板を用意する。

泉の脇に屈むと、その瞬間を見落とさないように目を細める

やがて泉に乳白色が奥側から広がると、それを阻止するように手前から黄金色が広がり始める、ここであせっては元も子もない、もう少し…もう少し…

「今だっ」

 ざぶりと泉に腕を突っ込むと、素早く銀の盆に移していく満タンになった所で手をかざしゆっくりと“力”を込めていくやがて水はパチパチと火花を散らしながら鮮やかな赤色になる。ここで気を緩めてはいけない、水はすでにとろみを帯びているのでそれを今度はさきほど用意していた長方形の板に流し入れる。固まるのをまっている間にまた泉の水をすくう、すくい終われば固まった物をカバンに入れる…これを何度か繰り返す。

「ふぅ時間切れみたいね……でも今日はまあまあ作れたほうよね」

ずっしりと重たくなったカバンをかつぎ、完璧な朝が訪れる前に家路を急いだ。


「帰ったか、成果はどうだった?」

「ルーナ、いつ帰って来たのよ」

「さっきだな──で成果は?」

 偉そうにしている彼こそ、わたしの唯一の家族、といってもいいかもしれない。

意外と博識で、面倒見もいい。

問題は───

「また女の人のとこでもいってたんでしょう。あきれた」

「仕方ないだろう、べったりくっついて離れやしない、愛されすぎるのもどうだろうなあ」

「元を教えてあげたら?そうしたら二度とくっついてくれないと思う」

切れ長の黒目を細めて、睨むとペロリと手を舐める。

「元を知ったらもっと離れがたくなるんじゃないか?」

ピョンと椅子からテーブルへと移動すると無遠慮にカバンを覗きこむ

「破廉恥ねこ!」

「おっと!」

 振りまわした手から身を翻して本棚に飛び乗ると、おお怖いと嘯く。そうわたしの唯一の家族らしきものは ねこ。

「お前は俺がねこでいても破廉恥だという、人に戻ればそれも破廉恥だとのたまう。さて困ったものだ」

 ふわふわとした毛は黒色、胸部分だけが白いこのねこ、どうやら以前は人間だったらしいのだ──どうしても人手がいるときだけ人の姿をとるのだがこれがまた悩ましい…人の姿のルーナは恐ろしく美しい、そのくせ仕草も所作も完璧なせいで人目ばかり付いて仕方がないのだ。

「困ってるのはこっちだよ!人たらし!女たらし!」

「──仕方ないだろう、勝手に向こうからくるのだから、それを破廉恥というならばすりよってくるやつらは卑猥、いや色欲魔か」

高い所から見下してるその目は明らかにこちらの反応を楽しんでいる。

「もういいです、ずっと永遠にねこでいてください。」

「おおつれない。お前には俺を人に戻すという重要な役目があるだろう」

 楽しそうにしているルーナを無視してカバンをテーブルに置くと、椅子に腰を落ち着けてさっそく作業に入る。

「無視してくれるなマナ───おや大量だな、全て売れれば当分は泉に行かなくてよさそうじゃないか」

 いつのまにかテーブルに戻ってきたルーナが感心したように並べていくそれを見ている。

大小さまざまなそれは、テンプと言われているもので、この世界では重要な役割を果たしているクロノグラフを動かすための心臓部だ。このテンプを作れる技師は限られているらしく高値で取引されている。テンプを大きさに分けて、布張りした箱に並べていく。

「マナ?………マーナ?」

「猫なで声で言われても、わたしには効かないからね。卑猥でも色欲魔でもないので」

「許せ、わるかった。俺にはマナが一番だ」

「……わかってない!この破廉恥猫!!」

 空になったカバンをルーナに投げつけると、寝室へとかけこみドアを閉める。カリカリとドアをひっかく音がしてもかまわずベッドに潜り込む、買い物は夕方行こう、必要な物を書き出して…徐々に瞼が重くなってきた“力”を使うとすごく疲れる。

「おやすみルーナ───」


******


「なあマナ、今日は無理していかなくてもいいんじゃないか?」

 テンプを詰めた箱をカバンに押し込んでいると、テーブルの上でそれを眺めていたルーナが手を止めたいのか、わたしの手に肉玉を押し当ててくる。

「何いってるの、もう野菜も粉も塩も無いのよ─今日の朝だって具なしのスープに固パンだったんだから、これ以上粗食にしたら二人とも飢え死によ、飢え死に」

干からびた二人を想像するだけで悪寒が走る。

「───ん。いや…今日は嫌な感じがしてな」

「わたしは飢え死にの予感しかないよ……じゃぁ今日はこのテンプだけ売って、出来あいの物だけでも買おう?」

「……ふむ…」

 ルーナはがらんとした調理場を見渡してしぶしぶといった感じだったが納得してくれたみたいだ。ローヴをかぶるとその上からカバンを下げると納屋に出るためのドアに手をかざす、茨のような紋様がかざした場所から全体へと広がるとぼんやりと発光しだす。

 ドアノブをゆっくりと回す、この時が一番緊張する。もしかしたらドアを開けたその先には誰かがわたしの事を待ち受けているかも…捕まったらわたしは

「俺が先に見てきてやるから、合図したら来い」

「ルーナ!」

 返事もまたずに器用にドアノブを回し、外へ飛び出して行ってしまう

ドアノブを恐怖で回せない自分と葛藤すること数分、向こう側からカリカリと爪でひっかく音がする、それでもこれは罠かもしれないと警告する頭と戦う

「マナ、平気だ出てこい。さっさとすませてしまおう」

「う、うん」

 外に出るとすでに薄暗い通りのの先に街の人達が見えた。移送方陣を描いたドアは何種類かのドアへと繋がっている。もちろんわたしの“力”にしか反応しないので他の人がドアを開けたとしてもそこにあるのは変哲もない空き部屋になっている。今日開いたドアは街外れにある一軒の空き家で右へ真っ直ぐ進めば店が並ぶ通りに出られる

「じゃぁ…宝石店か時計店にいこう───うわっ」

「しっかりローヴをかぶれ、足元もちゃんと気をつけるんだ」

頭の上にがっつとのしかかったルーナがフードをこれでもかとかぶせてくる

「わかってるよ、足元もちゃんとローヴで隠れてる」

「これはお前の姿を変えて映してくれるってだけで、少しでも脱げれば正体がばれる。」

 この破廉恥で俺様猫はとても用心深い。こういうときは黙って頷くのが一番

ゆっくりと慎重に店へと向かう。

 けっして知られてはならない、わたしがわたしであることに。

世界から恨まれ、嫌われ、疎まれるわたしがこの世界で生きるためには。


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