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09 心が休まる休息を要求します!

 シーナと共にエルザを手伝って食器を片付け、洗い物をしているユーマに兄弟たちはまだ昼間のことについて質問が続いていた。食事中は子供たちがあまりに騒がしくしたため、マジロに質問を禁止されたので、食後に堰を切ったように話しかけてくる。


「ユーマも大蜘蛛倒したの?何匹ぐらい?」

「私は無理です。殺したのは冒険者のみなさんが全部です」


 兄弟たちもユーマの何処かおかしな言葉の使い方には慣れたもので、会話には殆ど支障がない。マーリドに報告していたときにも話していたはずだが興奮のあまり良く聞いていなかったのだろう。大蜘蛛を倒したのは冒険者たちだけだと改めて伝えると、何のために森に行ったのだとか、腰に下げていった武器は飾りなのかとはやし立てる。


「ユーマは怖くなって逃げ出しちゃったんじゃないの?」

「む、私は逃げていないです……」


 嘘ではない。そもそも足が竦んで逃げるどころですら無かったのだ。だいたい目的が違うのだ。冒険者たちの目的は蜘蛛を倒しつつ、どの程度の数の大蜘蛛がいるのか確認することだが、ユーマの目的は冒険者から学ぶことだ。ユーマが大蜘蛛を倒していなくても目的から外れてはいないのだから問題はない。


 それに鉈は多目的に使える道具だ。歩きづらい下生えや茂みを薙いだり、木の枝を落として薪を作ったりとして使える道具であって武器を主目的としたものではない。ただ、武器としても使えるというだけだ。


『あーもう! 僕も大変だったんだからね?』


 食後のおかげか、昼間の悔いをただ落ち込むだけでなく愚痴る程度には元気が出てきたが、洗い物を続けながら思わず口からこぼれた彼らには分からない言葉(日本語)に、兄弟たちはまたユーマが変な言葉を喋ってると弄りだす。なるべく早く言葉を覚えたいとの思いもあり最近は殆ど日本語は使わないユーマだが、気を抜いている時にたまに出てしまうのだった。


 調子に乗っている兄弟たちには何を言っても、何をやっても逆効果だ。ユーマは諦めて、口をへの字にしつつ洗い物に専念することにする。そろそろ煩くなってきたことだし、そのうちまたマジロが雷を落とすだろうと予想し、巻き込まれないようにユーマは兄弟たちを無視していた。


 だから、途中から考え事を初めて黙って窓の外を見ていたデニスに、ユーマも、そして他の家族も気づくことはなかった。


 ――――


 夕食後、まだ少し明るいが日が沈んだのを確認してユーマは外に出る。もう日光を気にする時間ではないので、薄手のゆったりとした長めのチュニックをワンピースの様に着流し、編み上げサンダルという格好だ。帽子もグローブも今は必要がない。


 外の空気を吸い、大きく伸びをしながら歩き出す。昼間はずいぶん暑くなるようになってきたが、こうして夕暮れ以降になればまだまだ涼しい。昼とはまったく異なる服装で外に出るのは、良い気分転換になる。


「ああ、涼しい……」


 ユーマは独り言ちて、歩きながら腕を広げて風を受ける。それがあまりにも気持ちよくて、その場でくるんと回転してみせる。長い銀髪も風を受けて舞い、弧を描く。腕だけでなく、回ると昼間は長いブーツに覆われている脚も風を受けて心地いい。


 少し歩いては一度、二度と回り、回っては少し歩く。袖の隙間から入る風も良かった。昼の姿では、何もしなくても汗ばみ、動き回れば服がすっかり汗で重くなる。それでも動くだけならそれなりに平気で動けるが、辛くないわけではないのだ。だから、ユーマにとって気軽な服装で出掛けるだけでも大変な娯楽とも言える。


「あ、ユーマちゃん!」


 もう一度とくるんと腕を広げて回ったところで声をかけられ、ユーマは慌てて身体を止めようとしてバランスを崩す。


「ふあっ!とととっ!」


 転ばずには済んだが二、三歩大きくたたらを踏んで踏みとどまり、そのせいで跳ね上がったチュニックの裾を慌てて抑える。なにぶん、はいてないのでズボンを穿いていない時は要注意だった。


 何も、ユーマが好んではいてないわけではなく、みんな、はいてないのだ。下着としてのパンツの様な物もあることはあるのだが、それは生理用品という扱いで、普段から身につけるものではないらしく、まだそれが来ていないユーマはそもそも持っていない。


「うんうん。ユーマちゃんが踊ってるの、妖精が遊んでるのかと思ったよ!」


 声のした方をユーマが振り返ると、良いものを見たとばかりに円満の笑みを浮かべているミュリーナと、その大げさな表現に呆れるように笑いながら、でも否定するでもなくヒルダが並んで歩いてきていた。


「いえ、そんな事は、ないです」


 見た目の歳としては相応なはしゃぎ方だったかもしれないが、ユーマの感覚としては良い歳をして、小躍りしながら歩いているのを見られるのはやはり恥ずかしく、見ていても、せめてスルーしてくれれば、というユーマの思いは虚しく打ち破られる。


「いやあ、涼しいねぇ」


 ミュリーナたちも昼間に比べて今は不要な装備を外し、服を着崩して涼しげな姿をしている。ミュリーナはユーマに似てズボンは脱いで上着を着崩している。ヒルダに至ってはローブ自体を脱ぎ、今までその下に着ていたらしい薄いロングキャミソール姿だ。ふたりとも手袋などはしていないが、靴などのかさばるものは替えがなく昼と同じブーツをはいている。


「はい、夜は涼しいから好きです。昼間は、太陽が強いです」


 ミュリーナたちと合流して、今度は大人しく散策を楽しむ。もともと無理に身体を踊らせなくても、時折吹く風が十分に心地よい空気を運んでくる。太陽を話題にしたついでに頭上を仰げば、すっかり濃い藍色になった空が広がっていた。もう数分もすればすっかり暗くなるだろう。


「ユーマちゃんも涼しそうな格好してるね」

「はい。私、肌が弱いんです。それで日焼けしない様な格好しないといけなくて……あれ? これ、私もう言いました」


 ユーマは一息で淀みなく言えたことにまた満足するが、すぐに昨日同じことを言ったことを思い出す。ミュリーナとヒルダには少し得意げに自身の弱点を語るユーマを見て小さく笑ってしまう。人の身体的な弱点を笑うのは不謹慎かもしれないが、ユーマ自身が気負った様子がないので自然と笑ってしまった。ユーマもそれについては特に気にしていない。


「うん、昨日聞いたね」


 夜風を楽しみながら歩いていれば、かすかに残っていた日の光も完全に消え去り辺りはすっかり夜の闇に包まれている。月が出るまでにもまだ少し時間があり、辺りは何も見えなくなってしまった。ミュリーナとヒルダにはすぐ近くにいるお互いの顔すら判別できなくなってしまっていた。


「ちょっと遊びすぎちゃったわね。納屋はどっちだったかしら?」


 ヒルダはもはや家の影すら見えなくなって、周囲を見回し辺りをうかがう。その声には緊張感はなく、聞いてはいても帰る宛はあるのだろう。


「あ、待って。寝る前に汗を流したいな。ユーマちゃんも一緒にどう?」

「お風呂、ですか?いえ、あ……うーん、良い、ですよ」


 ユーマは了解したももの、本当のところを言えば女性二人と一緒に風呂に行くつもりはない。了解したのはちょっとした悪戯を思いついてしまったからだ。幼い身体に引っ張られているのか、それとも子供たちと遊んだりしているからか、最近はよく悪戯を思いつく。


「でも、条件です。ミュリーナが私を捕まえられたら、その時は一緒にお風呂に行きましょう」


 わざと足音を立ててユーマは動き、ミュリーナとヒルダからほんの二歩程度の距離を開ける。その場でユーマがミュリーナたちに振り返るが、彼女たちからユーマの姿は見えない。ただ、夜闇に赤く煌めくユーマの眼を除いて。


 突然の提案にミュリーナたちは戸惑うが、ユーマは構うことなくにゲームを進める。夜はユーマの時間なのだ。二人からユーマの姿は見えないが、ユーマだけは今二人が何処にいるのか、何をしているのか、どんな表情をしているかを見通せる。ゲームの優位は一方的だった。


 ユーマは地面を踏み鳴らしながら、距離を保ったまま二人の周りを回る。一周回っては反転し、少し跳んでは場所をずらし、偶に足音を殺して背後に回り後ろからミュリーナやヒルダの肩を叩く。闇の中で踊るユーマの眼の光はヒントになるが、それもユーマが目を伏せたり、顔を背けただけで見えなくなってしまう。


 ユーマの悪戯に二人は戸惑いを隠せないでいた。灯りのない状況で、ユーマは正確に二人の位置を把握している。足音や、時々みえるユーマの眼の光で二人からもだいたいの位置はわかるが、二人が見当をつけて伸ばした手にはユーマは当たらず、ユーマの手だけが二人に触れるのだ。


 もしも今、ユーマが走って逃げ出せば二人に捕まえることはまず不可能だろう。だがもちろん、ユーマは逃げ出したりはしない。それは、フェアではないとユーマが感じているからだ。相手の勝つチャンスを一方的に摘み取ってしまってはゲームとしては面白みがない。


 明言こそしていないがユーマの中でこのゲームは、ミュリーナが降参すればユーマの勝ちで、ミュリーナがユーマを捕まえた時にミュリーナが勝つ。そういうゲームだった。もっとも、暗闇の中で完全に主導権を取られた状況で、ミュリーナとヒルダには余裕はない。


「ユーマちゃん」


 ミュリーナがユーマの名前を読んで左手を前に伸ばす。そこにはユーマはいないが、ミュリーナは前に伸ばした左手を開き、手の中に持っていたものを地面に落とすと、カチャリと小さく金属音がした。ゲームに劣勢な側が何かを仕掛けたのであれば、それは現状を打開するための方策だろう。


 ユーマにはそれが何なのか確かめる必要があった。たとえ牽制だとしても、何をするための牽制なのか見極めなくては対策ができない。ユーマが視線を落として見ればそれは金属製の髪留めだった。


――髪留め?どうして髪留めを?


 ユーマが落とされた髪留めの意味を考えようとした瞬間、ミュリーナの声がはっきりと響く。


光れ(・・)!」


 落とした視線の上から閃光が走る。直接その光を見ていたわけではないので眼を焼くことは無かったが、それでも視界に突然入り込んだ強い光はユーマの眼を眩ませ、思わず目を閉じさせるに十分だった。


 怯んだのはほんの少しの時間。二秒か三秒といった程度の、一瞬のことだ。だがミュリーナにとってそれだけの時間があれば十分だった。ユーマの目が光になれ、視界を取り戻した時にはユーマの腕が、ミュリーナの右手にしっかりと掴まれていた。


「私の勝ち、だね!」


 呆気にとられたユーマが光のもとに目をやると、髪飾りを落としたミュリーナの左手の中に、魔術によって生み出された光が、ロウソクやランタンなどとは比べられないくらい明るく浮いていた。


「ちょっと、大人気ないんじゃない?」

「え、お風呂がかかってるんだよ!?」


 ユーマのちょっとした悪戯に、まさか魔術を持ち出してくるとは思わなかったヒルダがミュリーナの行動に頭を抱えるが、当のミュリーナはいたく大真面目の顔である。


 ――――


 脱衣所の棚に服を乗せ、覚悟を決めるのにしばらく時間をかけてから、タオルを身体にしっかりと巻き付けて浴場へ入る。中ではミュリーナとヒルダが既に待っており、ユーマと違い隠しもしていない。


 本当はミュリーナたちと一緒に風呂にはいるつもりは無かったユーマだったが、自分から仕掛けたゲームに負けて逃げるわけにも行かなかった。負けることをまったく考えていなかった、さっきまでの自分を止めに戻れるならば戻りたかった。


 いつもひとりで風呂に来ている時は明かりなど必要ないのだが、今はミュリーナ達がいるため浴場内は明るく照らされている。照らしているのは魔術によりミュリーナに生み出された光だ。


 普段は屋根のない共同浴場で日光を避けるため、暗くなってからひとりで風呂に入っていたユーマだったが、こうしてミュリーナたちと一緒に風呂に入ることになって、夜ひとりで風呂を済ます理由を新しく二つ見つけることになった。


 一つは、他の女性と一緒には入りたくなかったのだ。今のユーマは何処から見ても少女だったが、ユーマの心はまだ男のままだと、少なくともユーマ自身はそう思っていた。自分が男だった事を誰にも明かしていない今、自分の姿を利用して、抵抗感のない女性の入浴を見るなど覗きにも等しい行為ではないかと思えた。


 今もミュリーナたちがその身体を隠していないのは、ユーマのことを同性だと思っているからだろう。ミュリーナが灯らせた明かりによって彼女たち自身も照らし出されているが、ユーマは眼を泳がせて直視しないように務めていた。


 そしてもう一つは羞恥心だ。少女のそれとなった自分の姿を、見られたくはなかった。マーリドなどに既に見られていたりはするものの、男であるはずのユーマの少女としての身体を見られるのは、自分が女になってしまったことを自他に証明させるような気持ちにさせられて恥ずかしかったのだ。


 相手に自分が女であることを確認されさえしなければ、その相手には男であると言い張れる。そんな思いがユーマにはあったのだ。もっともそれはユーマひとりだけが考えている言い訳で、マイス家の家族や冒険者たち、そして村にいる全員を含めてユーマを男だと思っている者など居はしなかったのだが。


「ユーマちゃん、こっちおいで。背中流してあげる」


 楽しそうにユーマを引っ張っていくミュリーナによって、ユーマのせめてもの抵抗は「これ邪魔だから」との一言で剥ぎ取られ、ユーマはミュリーナによって綺麗に磨き上げられ、完膚無きまでにその身体が少女のものであることを確認されてしまったのだった。


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