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05 泣きたくなることも、あるけれど

「ごめんなさい。いま――から、落ち着いて、ね?」


 もともと錯乱して飛び出してきたユーマを、さらに追い詰めてしまったのはこの四人で間違いなかったが、夜中に聞こえてきた子供の悲鳴と、その場から突然飛び出しては彼らを見て逃げようとした赤く光る眼を持った人物。


 それらの特殊な状況で、四人がその人物を取り押さえようとしたことについては酌量の余地があるだろう。振り回される右腕を掴んで抑え、駄々をこねるように振られる首を抱きとめて動きを止める。


 暴れる人をおとなしくさせるのなら、気が済むまで暴れさせるか、強制的に動きを止めて落ち着かせるしかない。ミュリーナは後者の方法で目の前の少女を落ち着かせようとした。


「うわ! この子――力つよい。ヒルダ、二人を」


 両足と左腕が地面に埋まっていなかったらミュリーナ一人では抑えきれなかったかもしれない。そう考えつつ、泣いている少女の顔を自分の胸に押し付けるようにして抱きかかえ、もう一度少女の説得をこころみる。そうしている間にヒルダは呆然と少女を見つめる男二人の視界を邪魔するように立って二人の注意を少女からそらしていた。


「驚か――ごめんね? もう何もしないから、安心して。ね?」


 ほぼ完全に動きを止められ、抱きかかえられることで口も塞がれた状態になってやっと、抱きかかえている女性の声がユーマの耳に届く。まだ身体が震え、思考はまとまらないが、無闇に泣き声を上げていたのが何とか止まる。右腕を振り回すのを止めると、ユーマを抱きかかえるミュリーナの方が少し安心したように力を緩めた。


「――また出てきた。エドガスあそこ」


 ユーマとユーマを抱き止めるミュリーナの傍でヒルダがランタンの灯りを、ユーマを追って建屋から遅れて出てきたものを照らす。灯りに照らされたそれは、ユーマと対峙していた時と同じ様に二本の前脚を持ち上げて自身より大きな人間を威嚇している。


 その姿はユーマからは見えなかったが、威嚇と同時に蜘蛛が発した擦り合わせるような鳴き声を聞いて肺の中の空気が絞り出される。ただ顔をミュリーナの胸で覆われるように抱き抱えられていたので、くぐもったうめき声としかならなかった。ミュリーナは身体が強張るユーマを抱き抱える腕の力をもう一度強める。


「大丈夫だから、慌てないで。――」


 名を呼ばれた鎧の男、エドガスが蜘蛛から少し離れたところで剣を抜き、剣を揺らすと蜘蛛の身体はそれを追って体を揺らす。蜘蛛の注意がエドガスの揺らす剣に集中したところで、灯りの外となる暗がりの中から槍が飛び出し、蜘蛛の胴体中央を軽々と貫き通す。


 それだけでは蜘蛛は死ななかったが、身体の中央を貫いた槍が蜘蛛の動きを縫い止め動けなくなっていた。動けなくなった蜘蛛にエドガスが近づき蜘蛛の頭部に剣を突き立てとどめを刺す。蜘蛛が動かなくなると貫いた槍を引き抜き革鎧の男は即座に周囲の警戒に入った。


「ケアリオ。向こうを頼む」


 エドガスが革鎧の男を呼んで方角を示し自身は別の方を警戒し二人がその場から離れた。他に蜘蛛の気配はなかったが、そもそも動かないで隠れられると気配などは読めるものではないので警戒を解かずに周囲を探っている。もっともその場から少し離れたのはヒルダが追い払うように男二人に目配せしたからだった。


「本当にごめんね。今――するから」


 男二人が蜘蛛を撃退し、その場から離れたのを確認してミュリーナはユーマの手足を引き抜く。ユーマが暴れても抜けなかった手足はミュリーナが地面を撫でただけでするりと抜け、その後の地面は少し凹んでいる程度でユーマの手足が埋まっていた痕跡は殆ど無い。


 ユーマが巨大な蜘蛛から走って逃げ出してから、まだ数分しか経っていないだろう。その間に起きたことが多すぎて情報を処理できずに、ユーマは裸のまま呆然と座り込んでいた。その後ユーマが何とか会話ができる程度に落ち着くまで、目の前の女性は自分のケープをユーマに貸して抱きしめていた。


 ――――


 ユーマの混乱に拍車をかけた張本人とは言え、それでもユーマを気にかけて抱きしめてくれていたミュリーナと、彼女とはまた別に謝罪をし、声をかけてくれたヒルダのおかげか、短い時間でユーマは落ち着きを取り戻していた。四人には少しまってもらい、浴場で改めて土を洗い流してから外で待っていた四人と合流する。


 服を着なおしたユーマと四人は浴場の前でお互いに名乗り、それぞれに起きたことを確認しあっていた。ユーマは入浴中に大蜘蛛に出くわし、驚いて逃げたこと、逃げた先で四人と出くわして、裸だったことを思い出して四人からも逃げようとしたことを告げる。


 四人はユーマに自分たちのことを「冒険者」なのだと言った。全員が二十歳前後かそれより若い位のグループだった。冒険者という職業が聞いたことの無いものだったユーマは、彼らの仕事の内容を確かめながら、日本にいたときに小説やゲームなどにあった所謂「冒険者」と同じような職業であることを確認していた。


「冒険者は、古い建物を、ええと……遺跡を探したり、怪物と戦ったり、届け物をしたり、飼い猫を探したりしてお礼をもらう人たちですか?」


 ユーマの言葉はたどたどしい。意思の疎通が出来る程度に言葉を覚えたとは言っても、ユーマのそれはまだまだ覚束ない。その奇妙な言い回しと、冒険者の仕事の中でも華々しいものからお使いのような仕事までを端的に確認するユーマに思わず苦笑いを浮かべる冒険者たちだった。


「何でも屋さん、的な?」

「ま、まあ、そんな所だよ。今日はこっちの村のミデルさんから――森の――蜘蛛の駆除ってことで来たんだ」

「夕方にはこっちに来れるはずだったんだけれど出発が遅れて、夜になっちゃったけどね」


 鼻白んだ表情で答えるのはエドガスだ。冒険者という職業に一定の自負はあるものの、改めてその仕事の内容を確かめられて気色ばむ。冒険者の仕事というものは、ユーマが言った通り、珍しい遺跡や強力な魔物の討伐を行う高収入の者から、お使い仕事でその日暮らしをする者までピンキリなのだ。


 エドガスの後を続けたヒルダは思い出したようにランタンをエドガスに返し、長杖を利き手に持ち直す。ふとユーマはその姿に興味を示した。エドガスは金属の鎧姿に剣と盾を持ち、ケアリオは革鎧に槍を担いでいて武装としてわかりやすい。


 ヒルダが身につけているのは布生地のローブに装飾された長杖だ。その長杖は常日頃持ち歩いていると思わせる使い込まれた風合いを持ちつつも、武器として使うにしては装飾がされており乱暴に扱った雰囲気はない。


 薄手の革服を着たミュリーナは武器らしい物は持っていない。他の三人と際立って違う物と言えば、革の上着の上にケープで隠すようにして斜めがけに肩掛けカバンのような物を身に着けている。さらにカバンが揺れない様に腰にバンドを回して固定していた。


「……ふたりは、どの武器を持っていますか?」


 ユーマは少し不安を感じながらミュリーナとヒルダへ質問する。何となくどんな答えが帰ってくるのかを予想はしていた。その答えは殆ど確信めいた物だったが、あまり聞きたくない気もしていた。


「えっと、私とヒルダは魔術師なんだよ」


 「魔術師」との単語もユーマにとって初めて聞いたものであったので、「魔術師」は、魔法の力を術式を介して行使する魔法使いの一種であることをユーマはふたりに確認しておく。ユーマの不安をよそにミュリーナの答えは、ユーマが予想したほぼそのままの答えだった。


 今までユーマは一縷の望みをかけて、ここは日本ではないと考えていた。帰りたいという気持ちは薄くても、あまりに非現実な答えを回避していたのだった。だがここに至ってもうその答えを回避できなくなってきている。


 吸血鬼のような怪物が存在し、ユーマが聞いたこともないような巨大な蜘蛛が存在する。そして魔法が技術として使われているという事実。ユーマが今立っている場所は日本ではないどころではない。


 地球ですらない。いや、どんなによく似ていても魔法が現実として存在する以上、世界の物理法則ですら違う。この世界は地球のあった宇宙とすら繋がりがない世界なのだろう。


「ユーマちゃん、大丈夫?」

「……はい。私は大丈夫、です。ええとそれで、どこまでを話しましたか?」


 無意識的に避けていた答えにたどり着いてしまい、四人との会話中に意識が遠くなりかけていたユーマはミュリーナの呼びかけで正気を取り戻す。避けてはいても、薄々は気が付いていた答えだ。軽く頭を振ってユーマは一旦それに付いて考えるのを止め、ミュリーナに答える。


「とりあえず、依頼主のミデルさんとちゃんと話をつけて、――契約しちゃわないと行けないんだけれど、ユーマちゃん、ミデルさんの所に案内してもらえないかな?」


 ミデルは村の村長の名だった。ユーマも面識があり家も知っている。


「ミデルは村長です。案内ができます。ただ……もう寝てると思います」

「ああ、そうだよねぇ。明日出直すしか無いか」

「それじゃあ、どこかオレたちが泊まれる所はないかな?」


 ミュリーナの言葉に続けるようにケアリオが寝床の心配をする。稀に村にやって来る行商人や、村の行事などで何人かが村長の家に寝泊まりすることはあるが、旅行者が立ち寄るような村ではなく、この村には宿泊施設などはない。その事を伝えると四人はがっくりと肩を落とす。


 冒険者も好き好んで野宿をするわけではない。せっかく村までたどり着いたのに野宿をしなくてはならないと言うのは冒険者にとっても辛いのだ。人里近くであればその辺で野営するよりも安全だとは言え、出来ることならば温かいベッドや簡易食ではないちゃんとした食事が欲しい。


「……あ、家に来ますか? 私達の納屋で良ければ、ですけれど」


 ――――


 ユーマが案内したのはマイス家の所有する納屋の内、マーリドが子供たちに管理を任せている一棟だった。その納屋は子供たちの作業場兼遊び場として使われていた。先日、マジロに縄を作るように言われた際にも子供たちが縄を綯いでいた場所だ。


 納屋の中央は広く開けられ、ユーマたちが思い思いに座ったり、作業をするのに十分な空間が取られており、その奥には子供たちが使うナイフや古い銛や槌、農具、あるいはどこかで見つけてきた子供たちの宝物などがしまってあった。


「中にある物は、触らないでください。兄弟が怒ります」


 納屋の中に冒険者四人を招き入れたユーマは四人に念押しをしながら、部屋の隅から毛布などを引っ張り出しておく。人を泊めるように用意はしていないので掃除が行き届いているとまでは言わないが、納屋の中には干し藁などもあり野宿をするより遥かに上等な寝床だった。


「朝になったら、迎えに来ます。村長のところへ、案内します」


 ユーマは冒険者たちに夜の挨拶を済ませてマイス家へと戻る。別れ際、ミュリーナなどはかなり元気だったが、今日もユーマにはいろいろなことがあり疲れてきていた。家に入り寝間着として使っているポンチョに着替えると、初日からずっと使わせてもらっている長椅子に寝転がる。


 深く息をついて、先程の事を思い出す。冒険者たちとの会話の間で至った答え。薄々感づいていたとは言え、ここが地球ではないということ。思えば、マーリドも含めて誰も日本や米国と言ったような国の名前を知らなかった。それでも、外界と断絶した未開地であれば、それはあり得るのかもしれない。


 もっともこの村が未開地かという点には疑問もある。この村は人数こそ多くはないが、子供たちを集めて私塾とは言え学舎を持っている。子供たちへの教育の重要性というものを理解している未開地などというのがあるのだろうか?


 都市へ行けば世界地図など手に入るだろうか? などと考えるが頭の別の部分では無意味だと考えている。その部分はもうこの世界が異世界である事に納得してしまっているのだ。


 魔法の存在についてもそうだ。ユーマを捕らえたあれは間違いなく魔法だったのだろう。少なくともユーマの手足を飲み込む一瞬前までは、その地面は固く踏み固められた土だったはずだ。


 それが、泥か沼に踏み込んだかのようにユーマの手足を飲み込んだ。その土が泥ではなかったことは、ユーマが身をもって確かめている。ユーマを飲み込んだ土は、ユーマがどんなに暴れても固く形を変えなかった。


 そして、泣いてしまったこと。苦手とする虫の、それも巨大な蜘蛛の化物に追われた上に、土に手足が飲み込まれるという経験をしたとは言え、錯乱して泣き出してしまうとは思わなかった。声を上げて泣くなど、男だったときから数えてももう何十年も無かったことだ。何故泣いてしまったのかと考える。


――やっぱり、女の子だから?


 腕を持ち上げて立てると、ポンチョが少しまくれ白くて細い腕があらわになる。少し視線を落とせば、ポンチョの裾からは同じく白くて細い二本の脚が伸びていた。表面の滑らかな手足は改めて見ても男のそれとは全く違う曲線を描いている。


 腕を落として、エルザの鏡を借りて自分の顔を初めて見た時のことを思い出す。長い銀髪は鏡を見なくても見えるので解っていた。人に言われて眼が赤いというのも聞いてはいた。それでも鏡から覗き込む初めて見る顔をにはびっくりした。


 身体が違うのだから顔も違っていて当然だったが、事前情報があっても赤い眼にはぎょっとした。それでも、細い顎やはっきりした目鼻立ちは愛らしく、もしそのまま無事に成長するならば美人になるだろうと想像が出来た。


 何もかもが変わってしまった。見たことのない世界。見覚えのない自分の容姿。最近になってやっと会話ができるようになってきた今まで聞いたことのない言葉。すべてが変わってしまったのだ。残っているのは自分の心だけだと思っていたが、自分の精神だって変わってないとどうして言い切れるだろう。


 遠藤悠真はもう存在せず、ここにいるのは遠藤悠真の記憶を持った別の誰か。記憶の中の悠真の名を騙るユーマ・エンドと名乗る別人なのかもしれないと思うと不安で心がかき乱される。では自分は何者なのだろうと。気がつけばまた目から溢れる涙が顔をつたい落ちている。


 目を閉じて服の裾で顔を覆い長椅子に身を委ね、何故ここにいるのか、何故ここに来たのか、何かヒントはないかと記憶を辿ろうとするが、そんな事はここに来てから何度も行なった記憶の旅であり、そのたびに答えが出ないことを思い知らされ、そして深夜に身体を横たえて行う答えの出ない問いかけは容易にユーマの意識を奪っていくのだった。


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