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18 いっかいやすみ、です

 休息日に装備品の手入れをしていたユーマと冒険者たちの元へマーリドが顔を出し、今回の変異体の件についてマーリドが世間話のような体で話を聞いていた。その相手をしているのは、リーダーであるエドガスだ。


「変異体についてはどう考えているかね? 討伐まで出来そうか?」

「あの糸を見ただけではまだ何とも」


 エドガスの答えは曖昧だが模範的な解答だろう。蜘蛛糸を使う以上、蜘蛛の変異体であるのは間違いない。その変異体の糸の太さは大蜘蛛の糸の十倍近い太さを持っているが、変異体自体も十倍あるのかと言えばそうとも言い切れない。相手は変異体(ユニーク)なのだ。


 大蜘蛛よりも小さいが糸だけは太いということもありえなくはない。もっともあの大鹿を餌とする個体である以上、大鹿より小さいと見るのは難しいだろう。正面から戦うことになれば十分に厄介な相手となる大鹿よりも、更に強大な捕食者(ハンター)を相手にしなければならない。


 はっきり言えば、変異体を倒すのはこのパーティには荷が重いとエドガスは考える。メンバーを鼓舞するために倒せば追加報酬があると話したが、実際には様子を見て変異体の強さを量った後は都市の兵士達にそれを伝えて討伐を引き継いでもらうのが妥当なところだろう。


「それより良いんですか?これから変異体に接触しようってパーティにお孫さんを預けたままにしたりして」


 エドガスにしてみれば、止めてくれれば喜んでユーマをおいていきたい所だ。ユーマを置いていったとしてもミュリーナには、その日の仕事が終われば村でユーマが待っていると言っておけば、少なくともこの村を中心に動いてる間は働いてくれる気もする。


 ミュリーナについては言わずもがなだが、そもそもケアリオもヒルダもやけにユーマを気に入っている節がある。しかしユーマが冒険者になるという事に肩を持ち過ぎではないだろうか?


 エドガスも別にユーマが嫌いなわけではない。確かにユーマは見た目よりも頑強だし頑張っても居る。だがそれも見た目よりはと言う話であって、冒険者になる決断をするには早すぎるように思える。


「あの子が冒険者になると言うのをワシは認めているからな。その冒険者達が無謀でもない限り、冒険者としての仕事をしているあの子を止める道理は無いと思うがね?」


 なるほど、とエドガスは納得する。止はしなくてもマーリドがここに来たのも当然ながらユーマのためなのだ。そのマーリドが止めない辺り、エドガスたちもマーリドからの信頼をある程度は得ているらしい。


「それに、早すぎるとも思わんよ。たしかに大した仕事はできなかったが、ワシが君たちのように駆け回り初めたのはあの子とそう変わらない歳だったしな」

「……冒険者だったんですか?」

「この村に落ち着く前まではね」


 何のことはない。マーリドがエドガスたちの仕事に色々と詳しいはずである。マーリドはエドガスたちの大先輩だったのだ。


「それじゃあご自身が教えてあげれば良かったんじゃないですか?」

「何十年も前に引退した身だよ。ワシの知識はその頃のものだ。後続を育てるのは現役の役目だろう?」


 老獪に笑うマーリドにエドガスは舌を巻く。これは何を言っても言い負かされてしまいそうだった。口では勝てそうにないのでマーリドがユーマを引き止めてくれることを期待するのは無理そうだ。


「それにしても、あれはずいぶん近くなったな?」


 マーリドの視線の先にはぼろぼろになったグローブと格闘するユーマが居る。そしてその傍には当然のようにミュリーナがいるが、昨日まではミュリーナが一方的に近くに陣取っているような様子であった。


 ところが今日はユーマもお互いに距離を詰めているように感じる。実際に距離が近いのではなく、そういった雰囲気を感じるのだ。


「な、何でしょうね? 今朝散歩から帰ってきた時にはミュリーナは上機嫌で舞い上がってましたけど、こうしてみると姉妹みたいですね」


 白々しくも白を切るが、実際には何があったのかはミュリーナから聞いている。朝食後に明日の準備をするためにとやってきたユーマを捕まえて、付き合うことになりましたと一同へと高らかに報告してユーマを困らせていた。ところがユーマも否定するどころか、よろしくおねがいしますと肯定しながら頭を下げてみせた。


 正直聞きたくない報告だった。そしてまた同性のパートナーである。ミュリーナの相手として同姓の方が成立する確率が高いのはどういった理由によるものか? 気にはなるがその理由についてもやはり聞きたくはない。


 本人たちが納得しているならそこに干渉するつもりはエドガスにはなかったし、その点についてはケアリオもヒルダも同意見のようだった。


「ユーマに悪い虫がつかないように、身辺警護も依頼に含めておけばよかったと思うかね?」

「なんとも言いかねます。依頼されていたとしても、それは難しかったと思いますけどね……」


 思い起こせば出会った当初から、ミュリーナはユーマに興味津々といった様子だった気がする。そしてマーリドにユーマを連れて行けと言われた時には、とっくにミュリーナのお気に入りに認定されていたはずだ。



 ――――



 何とか直せないものかと弄ってみたが、結論から言えばユーマの左のグローブは再起不能だった。怪我をした時に患部を手早く確認するため切り裂いてしまっていたし、ユーマの血を大量に吸った後、気にする余裕がなかったとは言え処置無く放置した結果、染み込んだ血が乾いてグローブ自体も固くなってしまっていた。


 グローブはいずれ新しく買い直すとしても、今を乗り切らなければいけない。どんな格好でも良いならともかくユーマは昼の間、肌を隠していなければいけないのだ。結局のところロンググローブの代替品として選ばれたのは包帯だった。


 指以外の手から上腕まで、今までロンググローブで隠れていた部分に包帯を巻き、手には通常サイズの革グローブを嵌めることになった。


 いくらか中二病的な気配がして気恥ずかしいし、きつく巻けば動きが悪くなり、ゆるく巻けば途中で解けてしまう。その都度、巻き直しが必要とあって取り回しも悪いが、肌を隠すことはできた。


 その他、使っていてほつれてしまった服や道具の修繕などを行なっていく。特にユーマは自身の冒険者としての動き方などがまだ定まっていない分、不足しているものや余分となっている部分は数多い。使ってみて気がつくものもあるし、まだまだこれからも改善していかなくてはいけないだろう。


 既にこなれている他の四人は、そういった整備に大した時間はかからない。その分色々と助言をもらいつつ準備を進めていくとあっという間に一日が過ぎてしまう。休息日だったはずだがユーマだけはずっと忙しくしていたような形になってしまった。


 正直ユーマにとっては冒険者についてわからないことの方が多く準備の時間などいくらあっても足りない。そしてその準備が一日で納得の行く状態にはならない以上、ある程度の目処を付けて切り上げるしか無い。


 そのほとんどの時間をミュリーナと共に過ごしていたが、その日の最後にミュリーナにパーティメンバーと共に行く風呂へと誘われることになる。風呂は一日の汚れを落とすためと、疲れを癒やすにはもってこいだが、パーティ全員が集まるのであればその他にも自然と会話が生まれる。


「変異体は、どこで見つけますか?」


 明日からは見つけた大蜘蛛を倒しつつ、変異体の捜索を行うことになる。とは言え無数にいる大蜘蛛ならば森に入れば何処ででも見られるが、おそらくは一個体として存在している変異体を見つけるには森が広すぎる。ある程度目星をつけて探していかないと見つけるのは難しいだろう。


「ユーマは、変異体はどんなやつだと思う?」


 壁の向こう側からエドガスの声がする。壁の向こう側に男湯があるわけではない。あるのは湯沸し炉だ。風呂はもともと男女の別なく作られていて浴場は一つしか無い。男性たちが女性に配慮し、交代で入浴することにしたのだ。


「……変異体は大きい大蜘蛛だとおもいます」


 ユーマから見た時に女性陣と男性陣、どちらを同性と呼べば良いのか判断に迷うところだ。あるいはどちらも同性ではないのかもしれない。どちらにしても立場を利用して女性の裸を覗き見るのはユーマの理性がするべきではないとしているし、女性になった自身の体を見られたくないという思いからやはり女性陣とも男性陣とも一緒に風呂に入るというのは本来なら避けたい。


 しかし冒険者たちと、そしてその中でもミュリーナとは少し事情が変わってきていた。冒険者たちパーティは拠点としている都市では共同で部屋を借り、そこで暮らしているというのだから、その暮らしぶりは他人より家族に近いとも言える。


 もちろん本当に家族というわけではないので、ある程度、節度を持った関係ということにはなるが、パーティのメンバーとして共に暮らすことになれば、そういったパーティ同士の関係についても慣れていかなければいけない。腫れ物を扱うようにユーマだけ特別扱いしてもらうというのはユーマの本望ではない。


 ユーマ本人の認識は別として、他の全員からユーマは女性であると認識されているのだから女性たちと風呂にはいるくらいは、同じく慣れていく必要はある。ミュリーナ個人との関係については、現在は晴れて相思相愛の仲である。ミュリーナのことなので今後こういったスキンシップは何度もあるだろう。


「私たちが見た変異体の餌、あの牡鹿はとても大きかったです。体重は……二百キロはありましたか?」


 牡鹿の身体は捕食され、胴体や足の肉は殆ど残っていなかったが、体高が二メートル近くあったと思われる牡鹿だ。少なく見積もってもそれより軽いということはないだろう。その鹿を単体で捕まえ、その体重に振り回されない相手となればそれ以上の体重があってもおかしくはない。


 体重二百キロを越える巨大な蜘蛛など想像しただけでも寒気がする。だが、そこまで大きいとなると木々が密集しているような森の深部の原生林では行動が制限されかねない。


「変異体は巨大です。大きいものが動くには、広さが欲しいです」


 森の深部では自身が動きづらく、森の入口では餌に乏しい。多少は人の手が入りつつも、拓け過ぎていない森の中層部が変異体の住処としてはちょうど良さそうだと見て良いだろうか。


「そうだな。俺たちが牡鹿を見つけたのもその辺りだ」


 あまり奥まで行かず、探す場所を森の中層部と限定する。しかしそれでも中層部と呼べる一帯は幅広く東西にもそれ以上に広がっている。そこをしらみつぶしに探すのは実に大変そうである。


「あとは痕跡を探して地道に歩くしか無いな」


 蜘蛛は徘徊しながら糸を地面に残していく。大蜘蛛もそうだ。変異体にもそうした性質が残っている可能性は高く、それを見つけられれば探しやすくなるだろう。変異体の糸は他の大蜘蛛とは見間違えないほど特徴的な太さを持つのだから、糸が残っていれば見分けるのは容易だろう。変異体が糸を線上に残していくのなら、しらみつぶしといっても網の目はある程度広く取ることが出来る。


「……ねえ。ユーマちゃん?」

「はい?」


 壁越しにエドガスと会話をするユーマに、ユーマの背中を流していたミュリーナが真後ろから不満げに声を上げる。


「終了! 終わり! そんな仕事の話なんて明日でいいじゃん!」


 確かに風呂には仕事をしに来たわけではない。もっと肩の力を抜いて湯を楽しんでも良いだろう。ただユーマは慣れなければと頭で考えてはいても、裸のミュリーナやヒルダが直ぐ側に居ることで、力を抜くはずのその肩に逆に力が入ってしまっている。ついつい、仕事の話などをして逃避してしまっていたのだ。


「わかる!? ユーマちゃん! せっかく思いが通じてパートナーになったならもっと他に話すこととかあるでしょ?」


 不満を口にするミュリーナは、そうでなくてもユーマと付き合い始めて最初の混浴である。仲間の全員で来ている以上、そこまで大きな期待をしていたわけではないが、それでももう少し甘い雰囲気を期待していたのだ。


 ユーマ自身は少し意識して話を仕事の方面へ向けていったところはあるので、多少は反省するべきところがあるだろう。


「ミュリーナ、いまは、みんないます。だから落ち着いてください」

「うぅ、こんなことならユーマちゃんとふたりで来ればよかった……」


 心底残念そうに悔やむミュリーナに、もう少しミュリーナへ配慮しなくてはとユーマは反省する。ミュリーナが騒ぎ出してからは壁の向こうからの声は聞こえなくなっていた。エドガスの近くにはケアリオも居るはずだが、こちらもだんまりを決め込んでいる。痴話喧嘩は当人たちだけで解決してくれと言うことだろうか。


 ユーマの視界の外で水音だけが聞こえてくるヒルダは一緒に入浴しつつも最初から絡んでこなかったが、ミュリーナが我慢できなくなったのを見てか、ユーマに声を掛ける。


「ユーマちゃん。脅かすわけじゃないけど忠告しておいてあげる。ミュリーナにあんまり我慢させ続けてると、そのうち抑えが効かなくなってそのうち足腰立たなくなるまでぶち犯されるわよ?」

「ち、ちょっと! 人聞きわるいこと言わないでよ!」


 ヒルダの表現にびくりとユーマは肩を震わせる。やけに生々しい忠告と、それを慌てて否定するミュリーナの反応が現実味を感じさせる。


「……それは、前に何かありましたか?」

「前の子はその後顔を見なくなったわよね」

「ユーマちゃんそんな事無いから! 本当にユーマちゃんにそんな酷いことしないから!」


 否定はしないのか出来ないのか。そう言えば今朝のミュリーナは少し暴走しがちで怖いと思う部分があったように思う。後ろからユーマの肩に抱きついてミュリーナが頭を振ると、反動で少しユーマの身体が左右に揺れる。


「ミュリーナが、私のことを想ってくれてるのは、すごく嬉しいです。仕事が終わったら、ふたりでゆっくりする時間を作りましょう」


 ミュリーナに揺らされながら、ミュリーナと以前付き合っていたその子が何をして、何がその身に起きたのか、気になってしまう。可能であれば確認しておきたいが、ヒルダも結果を言っただけであって詳しく知っているわけではなさそうだ。


 ミュリーナとの関係は大事にしたい。そしてお互い納得できる関係を続けるためにも、ミュリーナとしっかりと、忘れずに話し合っておこうとユーマは心に刻みつけておいた。


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