13 家族って言ってもいいですよね
ユーマたち五人が森を抜け遠くに村が見え始めた頃、村人たちの張り上げる声がかすかに聞こえてきた。誰の声かはわからないが、その声が呼んでいる名前はユーマもよく知っている名前だった。
「デニース! デニーース!」
マーリドの孫の兄弟の一人、その名前を複数の村人たちが叫んで呼ぶ声が聞こえてくる。同じ家に暮らしている兄弟の名前を村人たちがめいめいに叫んでいるという状況にユーマは動揺して冒険者たちに一言断って走り出す。
「すみません! 急ぎます!」
「あ、ユーマちゃん!」
ユーマが走り出した後をミュリーナが慌てて追って走るが、鎧を着込んでいるエドガスとケアリオは全力で走るユーマにはとても追いつけない。もう村に近いこともあり、残った三人はユーマをミュリーナに任せ、足早に村に向かっていった。
ユーマは少し先でデニスの名前を呼ぶ男を見つけて駆け寄る。マイス家の近くに住む、ユーマは名前を覚えていないが兄弟が“おじさん”と呼んでいる男性でユーマも兄弟に倣っておじさんと呼んでいる人物だ。
「おじさん! 何がありましたか!」
「ユーマか! 大変だ、デニスがいなくなった!」
大勢で名前を呼びながら探しているのだ。予想はついていたが、改めて行方不明と聞いてユーマは声を詰まらせる。おじさんとの短い会話をしているとミュリーナが追いついて来た。
「ユーマちゃん!」
「デニスが、兄弟がいなくなりました……あ、おじさん!マーリドは!?」
「ああ、マーリドさんたちも別の場所を探してる。そうだ! 皆で手分けしてるが、日暮れ前に一度村長の家に集まるんだった。マーリドさんたちも戻ってくるはずだ!」
直接、太陽を確認できないユーマは自分の影を見て太陽の位置を探る。地面に長く伸びだした影法師が日がずいぶん傾いている事を教えてくれた。
「ありがとう、おじさん。マーリドのところに行きます! ミュリーナ、村長の家です」
行き先を伝えるとミュリーナが頷き返し、二人は同時に走り出す。走り出したユーマの背中におじさんがもう少し探してから、すぐに行くとの声でユーマを送りだした。村長の家まではもう大した距離はない。すぐに見えてきた村長宅の前にマーリドたちが集まっているのが見えた。大柄なマーリドは集まっている村人たちの中でも頭一つ大きく目立つ。
「マーリド! デニスは、どこですか!?」
マーリドの目の前までほとんど速度を緩めず、勢いよく走ってきたユーマに村人たちはおののいて道を開ける。直前で制動したためマーリドの前を二歩ほど行き過ぎてやっと止まったユーマはマーリドに問いかけたが、その問いに答えるマーリドの声は重い。
「わからない。昼前から誰も見てないんだ」
ユーマはマーリドに問いかけたものの、走るのに全力をかけすぎて身体がふらつき、軽い頭痛がする。肩を上下させて空気を求め、なかなか次の言葉を紡げないでいた。
後のことを考えずに全速力で走ってきたユーマと違い、余裕を持って走ってきたミュリーナが合流し、自身も走ってきたばかりだと言うのに両手を膝に当てて体を折っているユーマに肩を貸して支えてくれた。
「最後に……、最後に、見た人は?」
支えてくれたミュリーナにも感謝を伝えたかったが、ユーマは息がなかなか整わず、まだ最低限の言葉を口から吐き出すのがやっとだった。
「学校帰りに、シーナと一緒に家まで帰ってきてる。昼食前には戻ると言って出かけたらしい。――そのまま行方がわからなくなった。村の中で他にデニスを見かけなかったか聞いて回ったが、昼前からは他に誰も見てないらしい」
ミュリーナに甘えさせてもらい、支えられたまましばらく大きく息をして無理やり肺に空気を送り込むと、すぐに頭痛も収まり、ユーマの身体も正体を取り戻し始める。丈夫な身体には感謝し、いくらかは余裕が出てきた頭でマーリドに貰った答えを吟味する。
ユーマたちの住むマイス家は納屋などを除けば人家としては村の南端にある。そう人口の多くない農村で、それぞれの家は密集してはいないが、家を出て、南以外の方向に行けば、村に住む誰かしらの目に留まる可能性が高いと思える。残った南にはマーリドの農地と、その先の草地を抜ければ、ユーマたちがここ最近に出かけている森が広がっている。
「みんなもう一度自分の畑と納屋を探してみてくれ。終わって手が空いたものは放牧地を見てほしい。デニスが見つかったら、――見つけられなくても二時間したら村の鐘を鳴らすから集まってくれ」
村長が周りの村人たちに指示を出し、皆が散っていく。二時間後には日が落ちて暗くなる頃だろう。灯り無しでデニスを探すのはそこで限界だ。マーリドはユーマに家に戻っているように言ってマジロと共に、デニスを探しに歩き出す。
「待ってください、マーリド。私もデニスを探します。森に探しに行きます」
ユーマの口にした森と言う単語を聞いてマジロが呻く。昼過ぎから探し始めても村の中でデニスは見つかっていないのだ。デニスが森の方へ行った可能性はもちろん考えていたのだろう。だが、デニスの姿が見当たらないことに気が付いて村の中を探し回り、村人たちに聞いたり、協力を願っている間にこんな時間になってしまっていた。マーリドはユーマに首を振って答える。
「夜は危険だ。今日中に見つからなければ明日、村の皆で森に探しに行く」
「はい、危険です。だから、デニスが森なら、早く見つけるのが良いです。私は、灯りは大丈夫です。それに、森の中、深くには行きません」
ミュリーナに支えられているはずのユーマは、自分は大丈夫だと言いはり引き下がりそうにもなく、見張ってでもなければ勝手に探しに行きそうだった。マーリドも探しに行く以上、ユーマを引き止めておく手段もない。そして何より押し問答をしているには時間も惜しい。マーリドはミュリーナに頭を下げる。
「申し訳ない。ユーマの事をお願いします。ユーマ、探すのは森の外だけだ。いいね?」
「はい」
「うん、任せてください」
二人が応えるとマーリドとマジロは畑の方へと急ぐ。ユーマとミュリーナは置いてきてしまった三人と合流するため移動する。昨日は森から戻った後、宿泊している納屋に一度立ち寄って村長宅へ報告に行く前に不要な荷物を置いていた。
「ユーマちゃん。一度納屋に戻ろう。みんなそっちに行ってると思う」
ミュリーナに頷き、体を支えてくれていたお礼を言いつつ離れてユーマは歩き出し、ミュリーナもその隣りを行く。納屋が見えてくるとミュリーナの言った通り、三人は納屋の前で、荷物は置かずに待っていた。いや、荷物を置いていないどころかまだいくらか明るいにもかかわらずエドガスとケアリオは既に明かりを灯したカンテラを手にしている。
「何があった?」
ユーマが独断専行で先に行ったことについては何も言わずエドガスが、何が起きているのかを聞いてきた。
「兄弟のデニスが、行方不明になりました。森の方へ探しに行きます」
エドガスたちはユーマの言葉に頷く、しかし行動を開始する前にエドガスがユーマの背後に指をさして言う。
「ユーマに客が来てるみたいだ」
言われてユーマが振り向くと遠巻きにマイス家兄弟の末っ子のシーナが冒険者と話をするユーマを見ていた。ユーマは冒険者たちに断わりシーナへと走り寄る。そして身をかがめてユーマよりも更に背の低いシーナに視線を合わせて話を聞く。
「デニスを探しに行きます。シーナ、待っていてください」
「ユーマ……デニスは多分、森だと思う。たぶんだけど。最後にデニス、友達に会いに行くって言ってたから……」
シーナの言う“デニスの友達”にはユーマにも心当たりがあった。デニスが兄弟たちにだけ話しているペットの事だ。大人たちには秘密にしていて、何処で飼っているのかはユーマも知らなかったが、デニスはほぼ放し飼いにしているペットにときどき餌を与えに行っていた。
デニスにとってはユーマなどよりも付き合いの古い友達だった。飼っている場所を知らないのは他の兄弟も同じだったが、餌を持って南へ、つまり森の方へ歩いていくのをシーナは見ていたらしい。
「シーナ、それをお父さんたちには言いましたか?」
シーナは頭を振って否定する。俯いて影になっているシーナの顔をよく見れば、目は泣き腫らして赤くなっている。デニスの事を心配しているが、デニスとの秘密の約束を頑なに守っていたのだろう。同じ秘密を知ってるマルスも今は村の中を探しに行っていてここにはいない。シーナにとってデニスの行き先を明かせる残りの人物は、同じ秘密を共有しているユーマだけだった。
「教えてくれてありがとうございます。シーナ、家で待っていてください。デニスを連れてきます」
ユーマはシーナを安心させるため、シーナを抱きしめて頭をなでてやる。頷くシーナを離して、ユーマも頷き返してから冒険者たちの元へ戻る。
「良ければ行こう」
「お待たせしまし……」
「急ぐんだろ?」
ユーマの言葉を遮るようにケアリオがユーマの背中を軽く叩くよう押して歩き出させる。細かいことを気にせず、しかし十分にユーマに気遣ってくれる冒険者たちに、ユーマは心の中で礼を言い、ユーマたちを見ているシーナに手を振って足早に歩き出した。
「ちゃんと“お姉ちゃん”してるんだねぇ」
その声はすこし小さな声だが、近くを歩いているパーティの全員には問題なく聞こえているだろう。姉と言われてはユーマとしては少々複雑だが、もとは男であるとは誰にも明かしていない以上は仕方がない。
「……デニスは森に居ると思います」
「確かか?」
「最後にデニスを見た、シーナが見ていました。確かは高いです」
「シーナちゃん良いなぁ、私もユーマちゃんからハグしてほしいー」
ミュリーナの言葉に思わず溜息をつきユーマは視線を送るが、のんびりとした口調とは違い、ミュリーナの表情は真剣な面持ちである。
「ミュリーナはもう少し緊張してください。……でもデニスを見つけて帰ったら、ご褒美は考えます」
「おおぉ! 聞いたみんな!? これは頑張らなくっちゃだね!」
「いや、ハグはいらねーけど、なにか褒美は欲しいよな。なんか美味いもんでもありゃあいいけど」
「こんどユーマには何か作ってらうか?」
「はい! 私もユーマちゃんのごはん食べたい!」
「作れます。けど、普通ですよ」
道中の会話の内容は軽いが、全員が小走りに近いような速度で歩いている。ユーマは緊張しろと言ったがそれも本心ではない。すでに全員が十分な緊張感を持って進んでいる。
「友達に会いに、デニスは森に行きました。デニスは餌を持って行きました」
「友達は人間じゃあなさそうってことね」
ミュリーナが察して補足してくれ、犬か何かの動物だろうと全員の認識が一致する。冒険者たちの周りに木々も増え、森の入口へ達する。もうこの時点で太陽は地平線と接触していた。マーリドから夜は森に入らないよう言われていたが、デニスも普段、友達に合うのに森の奥深くまで入っていたとは考えづらい。昼前に昼食前に戻るつもりで行ったのなら、遠くても森の浅いところまでだろう。
「手分けしよう。ケアリオとヒルダは右手、西の方を見てくれ。俺とミュリーナ、ユーマで東に回る。もしデニスを見つけたら――で教えてくれ。ミュリーナ、ヒルダ、行けるな?」
「わかったわ」
「大丈夫」
「ケアリオも気をつけろよ」
「おう!」
冒険者たちは簡単にチームを分けるとそれぞれの受け持ち側へと歩いていく。ユーマたちの方は、夜目の効くユーマを先頭に、その後ろをエドガスとミュリーナが続いた。
「さあ、こっちの方がケアリオたちより目の数は多いんだ。先に見つけるぞ」
デニスが森にいる可能性が高いとは言え、何処に居るのかまではわからない。デニスは一人しかいないのだから見つけられるか、見つけられないかという話であって後先の問題ではない。だが、些細な軽口でお互いの意気が伝わるのだ。