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12 いきなり強くなんてなれません

「多いな」


 剣を振って剣身についた大蜘蛛の体液を払いながら、エドガスが思わず口を滑らせるが、全員がそれに同意を返す。場所は森の中層部と言ったところか、普段ならば村の住人でも一部しか立ち入らない場所だ。森の浅い部分に比べて森に生きる動物たちの数も増え、それを餌にする大蜘蛛の数も格段に増えている。


 変異体はどこであっても発生する可能性があるが、その条件は解明されているわけではない。しかし、生き物がより密集している場所、特に一つの種が密集して生息している場所では発生しやすいことが分かっている。一行は少し進んでは大蜘蛛に出会い、それを撃破しつつ進んでいる状況だ。その数は思わずエドガスの口から先程の言葉が漏れるほどに多く、変異体の発生条件を満たしているのでは無いかと思わせられる。


 もっとも同じ程度に生き物たちが密集していても必ずしも変異体が発生するわけではなく、他にも条件があるのではないかとも言われている。どちらにしても条件が明確ではない以上、人々に出来るのは動物たちの密集を予防するくらいしか出来ないのが実情だった。


「またいたぞ。正面に二匹、まだ少し距離がある」


 エドガスの声にケアリオ以外が足を止め、木の陰や茂みに身を隠す。前衛のうち身軽なケアリオは身をかがめて、そのまま大蜘蛛に近づいていった。大蜘蛛の視力では相手の姿勢までは確認することが出来ない。身をかがめることで大蜘蛛に本来よりも小さい獲物であると誤認を誘うことが出来る。


 ケアリオの接近に気が付いた大蜘蛛のうちの一匹が、特に大きな中央の二つの目でケアリオを確認するために体の角度を正面に変えてケアリオにゆっくりと近づき、別の方を向いていた大蜘蛛も近くにいた同類の行動によって獲物に気が付き少し遅れてケアリオに近づき始める。二匹がケアリオをおい始めたのを確認してケアリオはパーティの方へ急旋回して戻り始めた。


「さあ付いてこいっ!」


 視界に捉えたばかりの獲物が逃げはじめたのに気が付いた大蜘蛛も速度を上げて走りはじめた。出来る限り身をかがめたまま走るケアリオが、エドガスの隠れる木の脇を通り過ぎ、最初の一匹もケアリオを追って通り過ぎる。さらにそれを追って二匹目。


「せらぁ!」


 二匹目が通り過ぎようとしたところをエドガスが木の陰から躍り出し、斬りつける。エドガスの剣は大蜘蛛の頭部を傷つけつつ二本の脚を切り落とした。突然、二本の脚を落とされた蜘蛛は飛び退きケアリオからエドガスへと意識を移す。


 大蜘蛛は臆病で少し脅かすだけで逃げ出したりするが、集中して我を忘れやすく、警戒を通り過ぎて一度攻撃態勢にはいると、そこから逃げるという判断をしなくなる。そうなった大蜘蛛はその貪欲さ故に凶暴になるのだ。ケアリオの方へ行った大蜘蛛ももう逃げ出す心配はない。


「一匹とったが浅い!そっちは頼む!」


 脚を二本落とされたくらいでは大蜘蛛には支障がない。脚が再生することはなく、ダメージが無いわけではないが、歩脚が二本減った程度では狩りにも差し障りがないくらいだ。もっとも、足がすべて揃っていたとしても所詮、大蜘蛛一匹ではエドガスの敵ではない。


 最初の一匹を引き連れたまま走るケアリオは、女性たちが隠れる茂みの前で脚を突っ張り急制動をかける。そのまま追い続ける大蜘蛛との距離は一気に縮まり、ケアリオには武器を構え体勢を立て直すような時間はない。


 ケアリオは武器ではなく、足を蹴り上げその脚で追ってきた大蜘蛛を蹴り飛ばした。大きいとは言え這って走る蜘蛛の体高はケアリオの膝ほどまでしか無く蹴りやすい。蹴りをまともに受けた大蜘蛛はグシャリと嫌な音を立ててその身体を浮かして飛ばされる。大蜘蛛は空中で身体を回転させながら地面に落ち、すぐに立てなおしてケアリオに向き直る。それだけの時間があれば、ケアリオが槍を構え直すには十分だ。


 槍を構えなおしたケアリオが得物を一閃させて頭部中央、人間で言うならば眉間に刃を突き刺す。直ぐに抜きそのまま槍を持ち替え上段に大きく構え、上からこれも頭部を刺し貫く。大蜘蛛は痙攣を起こすがもはや意図ある動きはせず、ケアリオは抜いた槍を槍を大きく回転させて槍に着いた大蜘蛛の体液をはじく。


 ユーマたち女性陣の近い場所でケアリオが大蜘蛛を仕留め、そこへ後から追ってきていた二匹目を仕留めたエドガスが合流する。


「ふぅ……」


 ただ隠れていただけのユーマが一番大きな吐息をつき、それを聞いた全員が緊張を解いて笑い合う。ユーマにとっては目の前の戦闘が終わったことによる安堵の息だったのだが、一同に笑われては居心地悪い。


「え、な、なんですか?」

「いや、いいんだよ」


 笑い顔を見せないためか、ユーマに背を向けたケアリオが手をひらひらと降るが、その肩も声も笑いを隠せていない。笑われたユーマを慰めようと、あるいは励まそうとミュリーナがユーマの肩を抱いてその手で肩を叩くが、ミュリーナ当人も笑っている。


「いい頃合いだし、少し休憩するか」


 エドガスも、ユーマとのやり取りで緊張感が抜けてしまい、実際のところ大蜘蛛との戦闘が続いており、厳しい相手ではないとは言え疲れも溜まってきていた。安全確保のため、来た道を少し戻り、先だって見つけていた少し開けた場所で各自腰を下ろして体を休める。


「魔術は、あまり使わないですか?」


 昨日のユーマはそこまで意識していなかったが、より魔術に興味が出てきている今、注意深く見ていると思った以上に、ミュリーナたちが魔術を使う場面は多くはない。大蜘蛛の誘導に失敗したときや、想定外に多めの大蜘蛛たちと出会ってしまった時には魔術で対応したりもするが、ほとんどの戦闘は小規模でだいたい五匹程度の大蜘蛛はエドガスとケアリオの二人で始末をつけてしまう。


「ああ、魔術っていうのは強力だが、そう連続で使えるものじゃないからな」


 一匹一匹はそれほど強くない大蜘蛛は、いったん攻撃の体勢を取るとたいていは相手を仕留めるか、自分が動けなくなるまで攻撃をやめない。そんな大蜘蛛の十数匹、数十匹に攻撃されればエドガスやケアリオと言えども危険だ。


 大蜘蛛の厄介なところは、捕らえた相手を蜘蛛の糸を使って動けなくしていく所だ。二、三匹ならともかく、それを越える数の大蜘蛛と対峙すればエドガスもケアリオも幾つかは攻撃を喰らい、段々と動きを封じられていくだろう。動きが鈍ればより多くの攻撃を許し、どんどんと不利になっていってしまう。


 ミュリーナの用意している魔術であればそうした危機的な状況下でも対応可能な能力を持っている。だが、魔術の連続使用は負担が大きく、使うべき時に使えなくなってしまっては用をなさない。だからなるべく魔術を使わなくても済む状況を作り、エドガスとケアリオで対処可能な戦闘では不要に魔術を使わないようにしていた。


「重要なのはバランスだな。必要な時に使うため、温存できる手札は残しておく。でもそれが必要な時には躊躇わずに使う。その判断を謝らないことさ」

「あとは、私の準備してある魔術は防御や支援よりなの。ケアリオとエドガスの二人で余裕で対処出来る相手だと、私の出番はあまりないわね」


 ヒルダもミュリーナと同じく魔術師であるが、パーティとしての対応力を広げるため、ミュリーナとは別種の魔術を用意しているらしい。もちろん幾つかの重複や攻撃に使える術も用意はしているがあくまで念の為、武器に例えるなら護身用のナイフと行った所だ。


 各人に出来ることや限界、そして役割について、パーティメンバーの全員が共通認識として持っていることによって、連携の取れた行動が可能になっているのだろう。ユーマはこうした質問を休憩などがある毎に冒険者たちにぶつけていた。ユーマの知らないこと、覚えるべきことは言葉以外にもいくらでもあった。


 ユーマの疑問に冒険者たちは惜しみなく答えてくれる。それはマーリドの依頼どおりだとは言え、ユーマの質問に答えていく冒険者たちは、仕方なくであったり、渋々答えるというような雰囲気はない。そんな気さくに接してくれる冒険者たちには感謝と敬意の念ばかりをかんじるユーマだった。


 ミュリーナとの昨晩の話をエドガスとケアリオはまだ知らない。昨夜ミュリーナたちが戻った時にはもう二人とも寝てしまっていたらしい。今日は朝から全員で行動しているのもあり、話を切り出すのは今日の帰りあたりになるのだろう。ユーマはその後もこうした関係が続けられることを願わずにはいられなかった。


「さて、それじゃあそろそろ行くか」


 エドガスの一声で、全員が立ち上がり頷き返した。



 ――――



 ユーマの質問を除けば、やるべきことは少し進んでは大蜘蛛を倒し続けるだけである。ユーマも二日分の経験のおかげで、流石に大蜘蛛を見かけるたびに脚を竦ませているばかりでは無くなっている。もちろん大蜘蛛を相手に立ち回れるわけではない。ただ、何かあったら走って逃げるくらいは出来るだろう。


 なにせ冒険者たちと二日の間一緒にいて、一度だってユーマに大蜘蛛の攻撃が向かったことはないのだ。緊張を解いてはいけないが、その程度にはユーマの安全は確保されている。そのおかげで過度な緊張から抜け出すことができ、周囲の警戒にも余裕がある。


「ひっ!……みなさん、あれは何ですか?」


 割当として担当していた右手側の警戒をしていた時に見つけたそれに、ユーマは思わず息を呑む。それを見つけたユーマが息を呑んだのも無理はない。ユーマの指差したそれを見た冒険者たちも、絶句するような代物だったからだ。


「こいつは……」


 蜘蛛によって捕食された動物の干乾びた死骸が、蜘蛛の糸に絡め取られて木の幹に磔になっていたのだ。これほどの多さの大蜘蛛がいるのだからそれ自体は珍しいことではない。だが異様なのはその死骸の大きさだった。捕獲され身体の大部分を蜘蛛に食われて正確には分からないが、少なく見積もったとしてもそれは体高二メートルを越える立派な角を持つ牡鹿だ。


 この大きさの牡鹿の、角を使っての突撃を受ければエドガスでも弾き飛ばされるだろう。確かに大蜘蛛は複数体で自分よりも大きな獲物を仕留めることがある。動けなくさえされてしまえばどんなに巨大な動物でもあとは食われるのを待つばかりだ。しかし、それが大蜘蛛の仕業ではないことは、死骸を磔にしている蜘蛛の糸が物語っていた。


 蜘蛛の糸は強靭で、非常に細い。巨大な蜘蛛である大蜘蛛はその身体の大きさに見合った太さを持つが、その大蜘蛛でさえその糸の太さは一ミリにも満たない。しかし牡鹿の死骸に巻き付いたその糸は三、四ミリほどの太さを持っていた。ここまで太いと糸というよりも紐と表現したほうが適切だと思える。


「こりゃあ、とてもじゃないが引きちぎれないぜ」


 ケアリオが死骸に巻き付いた糸を指で引っ掛け、引っ張ってみるがまったく切れそうにない。大蜘蛛の糸ならば多少であれば巻き付けられても力づくで引きちぎり、逃れることも出来なくはない。だがこの糸は一本巻きつけられただけで人の自由を奪うには十分だ。


 これほどの太さの糸を出す蜘蛛の大きさなど、想像もつかない。この糸の主であれば、一体でも人を襲い、餌食とするのは容易いだろう。糸の主の姿は近くにはないが、糸の太さと獲物の大きさを見ただけでも、異常な体躯を誇る蜘蛛なのではないかと想像させる。


「変異体の糸で間違いないな。一旦村に戻るぞ。急いで、すぐにでも森を立入禁止にした方がいい」


 エドガスの言葉に反対するものなどいない。ケアリオは死骸の薄汚れた毛皮ごと、その太い蜘蛛の糸の一部をナイフで削ぎ落とし、小袋にしまい込む。この糸を持ち帰るだけでも、変異体の証拠としては十分だ。


 ユーマたちは変異体の存在が確定したことを伝えるために村に戻る道をたどる。証拠を示せばすぐにでも村は森への立ち入りを止めるだろう。もっとも冒険者たちはその対象ではない。明日もまた森へ来て大蜘蛛の調査をしつつ、今度は変異体の実態確認が任務に追加されるだろう。


 変異体の討伐は流石に契約外だが、実態確認と変異体の能力の確認くらいは調査の範囲内とされる。そもそもが、変異体の発生を抑止したいからの大蜘蛛の間引きだったのだから。


 ミュリーナは村に戻る途中、森を抜けた辺りでユーマとの話を全員に切り出そうかと考えていたのだが、とてもではないがそんな雰囲気ではなくなってしまった。今は、一刻も早く変異体の存在を村へ伝える必要がある。彼らの動きは村に戻ると言うよりは、村に向かって進むと言った様子で警戒しつつも足早に歩を進めていった。


 しかしその頃、変異体とは別の件で村では大騒ぎが起きていたことを、ユーマは戻ってから知ることになる。


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