飛龍の拳 Ⅲ ~結界~
……と、これがまあ本作の大まかなストーリーです。ご覧のとおり、作品は枕に密教を置いており、登場人物も真言を唱えたり、インド密教の神の名が頻出します。これは当時のヒット漫画、「孔雀王」や「明王伝レイ」などにインスパイアされているとも思えますが、ノベル作品まで視野を広げると他にもありそうです。きちんと読んだことすらない筆者の乏しい知識ではそうとは言い切れないのですが。
それはともかく、これほど骨太の作品がゲームで、しかもFCで存在していたという事実に驚愕です。伝記ノベルでもいけそうなストーリー性の高いゲーム、しかもアクションとなるとPSでもちょっと思い当たりません。
FCの伝説的ゲームといえば「メタルスレイダーグローリー」が必ずと言っていいほど挙げられます。筆者は未プレイですが、本作、飛龍の拳Ⅲも充分、伝説になっていいゲームだと断言します。
そして本作をプレゼントしてくれたM君にも感謝と共に戦慄します。なぜ筆者が本作にハマってしまうのが分かったのでしょうか。性癖を見破られたんでしょうか。まあ、単に趣味の一致とも思えますが、ここは素直に驚嘆しておきます。
個人的な感慨はさておき、ストーリー紹介では省きましたが、本作はいたる所にプレイヤーの好奇心をくすぐる仕掛けが施されています。
そのひとつが結界。これは本作の世界観に説得力を持たせるワードとして使われます。
この結界とやらがゲームのシステムに組み込まれているわけではありません。ただ、登場人物の会話の端々に出てくるだけで、どういうものかの説明もありません。
例えばフドウが龍戦士に挑戦する際、「我らが結界で待つ」などと言ってます。またスザクも、「なぜだ? 結界が揺れている。……そうか。奴らが」と、呟き、フドウの接近を示唆しています。
思うに、大した意味はないのでしょう。大した意味はないけど、作品世界に説得力を持たせるため、プレイヤーが自由に想像できる余地を与えてくれています。非常に上手いと思います。後年、「新世紀エヴァンゲリオン」でATフィールド、結界の設定を知った時、エヴァの製作陣は本作をプレイしたことあるんじゃないかと勘繰ったぐらいです。使い方はかなり異なりますが。
まあ、スタッフが同年代で、発想が似ているという可能性も十分考えられますので、勘繰り過ぎでしょう。




