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5・第二の訪問者

 最初、襤褸(ぼろ)の固まりかと思った。


 しかし、それが身動きすると、弊衣を纏った少年……いや、少女であるということに気付く。無造作に伸ばされた蓬髪は後ろは背中まで届き、前は目が完全に隠れるほどだ。顔と手足は煤けている。見た目通り余り身綺麗にはしていないのだろう。少し饐えた臭いもする。


 ボーマンは気にせず、「どうも」といつもの確認をいれる。


「最初にお聞きしますが、秤に御用がおありで、間違いはない?」


 少女はこくりと、小さく頷く。


「では、中へどうぞ」


 どんな身なりだろうと、確かに『魔女秤量所』を目指してきたのならば、容れるのが当然だ。


「では、こちらに記名と、寄進料をお願いします」


「…………」


 少女はペンを握って、固まっている。


 ああ、とその意味を察して手助けをする前に、エセルがいつの間にか少女の傍らに立っていた。


 ペンを取り上げると、すぐに訊ねている。


「あなた、お名前は?」


「……ルチカ」


 か細い声で返答がある。エセルはさらさらとペンを走らせる。


「姓はないわよね? ルチカ……と。自分の名前くらいは書けた方が便利な世の中よ。覚えておくことね」


「…………」こくん、と素直な首肯。


 文字を書けなかったり、四則演算も出来ないというのは、そう珍しい話ではない。


 ルチカは続けて、服の中の収納を探り探り、小銭を卓上に乗せていく。よくよく見れば貨幣ではなくただの平たい小石なども混ざっていた。


 これ以上出すものがなくなった、というところで、計数する。


 と、銀貨三枚分には約一枚分足りない。


 そのことに言及する前に、間髪置かず、エセルが差額分を置き添えた。ルチカは不思議そうにエセルを見上げる。


「あなたの手持ちでは足りないから。……勘違いしないでね。これは、施しというわけじゃないわ。あなたに後で聞きたいことがあるから、その報酬として先払いしているの」


「……あ、ありがとう」


(野良犬を手懐けているみたいだ)


 というのは失礼な印象だったろう。


「随分、親切じゃないか」

「必要経費は機構に請求出来るし。手持ちは大分寂しくなったけど、塩を換金すればいいだけだから、まあ、ね」


 フィールドワーカーは調査研究内容によっては、野山に分け入り、何日も滞在するようなことも多い。現地調達した食べ物に味を付けることも出来るし、通貨代わりにもなるということで、塩は支給される仮払い予算としては重宝らしい。


 ルチカは、後から要求されることが気になったらしい。


「……でも、聞きたいことって、何……?」


「あなたが何故『常人証明書』を取りに来たのか。それを、聞かせて頂戴。折角だからサンプリングしたいの」


 エセルはあっけらかんと回答する。


「おいおい……」


 それは、余り喋りたくないことなのではないか。ボーマンは嗜めようとしたが、


「分かった」


 ルチカはあっさりと承諾してしまった。


 その返答に、エセルは満足そうに笑って引き下がる。


 何か言おうと思ったが、結局は何も言えず、ボーマンは頭を掻いた。


「……それじゃあルチカ? こちらへ」


 ボーマンは少女を秤量室へと案内する。








 ルチカは大人しかったので、割合すぐに秤は釣り合いを見せた。


(百四十四(センチメートル)、二十八(キログラム)と百三(グラム)……。痩せすぎだな。まあ、まともに食べてないって感じの風体だしなあ)


 襤褸の下は相当悲惨なことになっているだろうな、と同情する。


 それでも、ルチカの場合は四瓩以下でなければ魔女ということにはならない。つまりはあり得ない。


 彼女のようなタイプは、今では珍しくなったが、本当に魔女扱いされて迫害、弾圧などを受け、必要性を感じて『常人証明書』を取りに来たものだろう。そうでなければ、なけなしとしか言いようのない小銭を掻き集めてまでこんな所まで来ずに、刹那的に空腹の方を満たした筈だ。


 こうしたケースでの交付は意義深いと、仕事が厭なボーマンでも思う。筆も乗る。喜んで証明書の必要事項を記入して、紙を火にかざした。


「では、こちらがルチカの『常人証明書』になります」


 どうぞ、と両手で手渡す。


 ルチカは、少し躊躇ったような素振りを見せた後、震える手でそれを受け取った。


 まじまじと見詰めている。


「これで……」と、呟いた。


「これで、私は魔女ではなくなった……?」


「ええ。というか、元々魔女ではなかったわけですよ。教会はこの証明書を持つ者は魔女ではないと明記していますから。取得できる時点で、そもそも魔女ではなかった」


「そう……」ぎゅっと胸に書類を抱く。「良かった……」


 どんなにか辛い出来事が彼女の身に降りかかったのだろうか。それを想像するだけで、ボーマンは堪らない気持ちになる。


 しかしこれから先は、彼女は魔女と蔑まれたり、罵詈雑言を浴びせられたり、石持て追われたりすることもない。


 そうだ。良かったのだ。


 感慨に浸っていると、デリカシーのない声が割り込んでくる。エセル・キルパトリック。


「そうねー。良かった、良かった」


 パチパチ、と拍手などしながら。


「それじゃあまあ早速、対価を支払って貰おうかしら」


「エセル……。もうちょっと空気を読めよ」


 象牙の塔の住人はモラルが欠如しているとしか思えない。


「大体、君が求めていることは普通に考えれば思い出したくもないことじゃないのか。そんなことを話させるなんて、人非人もいいところだ」


 少女の方を振り返る。語調を改めて。


「ルチカも、やっぱり話したくないなら、話さなくていいんですよ。恩の押し売りなんて、取りようによっては悪意でしかないんだから」


「扱いが違い過ぎて、二重人格の人みたい」


「うるさいな」


「ううん」


 当のルチカはというと、首を横に振っている。


「話す」


「無理をしなくても……」


「言われてみると、誰かに聞いて欲しいような気はするし……。それに、自分の中で決意表明、みたいな気分も出るかと思うから……」

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