8言い訳ではありません。アタシから見た真実です
「ああ、つまんないわ。こんなことなら、さっさとザガ星から脱出してれば良かったかも……」
「ふん、逃げきれなくて捕まったんだろうが……ぐぇっ」
散々言葉でウィラールをいたぶるのに飽きてきたジャバが、思わず口にした言葉に苦しげながらも、小馬鹿にしたような口調で返すウィラール。
幾分真実が含まれていたため、腹をたてたジャバは押さえつけている足に力を込める。
活きがよいほうが好きだが、限度がある。
当初のしおらしさはどこへ消えた?
圧倒的劣勢な今でも、へらず口をたたけるウィラールは勇者なのか単なる馬鹿なのか。
判断に苦しむ所だ。
「ち、違うわっ!逃げようと思えば逃げれたのよ!」
それは本当のことだった。
ザガ星の敗北が明白になった際、首長は時間稼ぎのため幼い息子に残った一軍を預け、自らは数少ない側近と共に後方へと下がった。いや、奥地へ逃げ出したのだ。
本来は唯一絶対的な首長の座を争うため、各部族から選び抜かれた6人の副首長達も激戦の結果、年齢のために出陣しなかった首長の息子を残すのみ。
絶望的な状況の中、幼い副首長付きの摂政だったジャバも勿論、前線へと駆り出されていたが捕虜になる気はさらさらなかった。
当初は予定通り、副首長をおとりにして、その隙にザガ星から脱出するつもりだったのだ。
しかし、急に気が変わった。
皇子の存在だ。
戦当初、ザガ星は連戦連勝だった。
ジャバにとって帝国軍の攻撃は兵法書どおりで、そこをちょっとつついてやれば、あっという間に崩れ、物足りなかったぐらいだ。
副首長の面倒を見るついでの、遊び感覚の助言。
何年もの間、無数のアミラス星人の血がザガの地を潤した。
しかし、三年前から徐々に形勢が逆転し始めた。
帝国から新たにやってきた皇子。
彼の奇襲や伏兵などを用いた予想外の兵法に苦しめられたザガ軍は、より一層ジャバの策を求めた。
ジャバの本来の主は当時二歳の幼子だったため、今までどおり彼自身も戦には出ず、作戦案のみを三年間戦場に送り続けた。
負け戦が続いた兵士たちの意欲の低さ、次々と戦死していく副首長達をはじめとする首脳陣。何より、絶対的支配者である首長の弱気。
ジャバの献策も空回るばかりだった。
最後の決戦。
(見たい、どうしても!)
斥候から前線に噂の皇子が来ていることを聞き、ジャバは抑えきれない好奇心にかられた。
天幕の中で思考を整理するジャバ。
副首長は思いがけず、アミラス軍の主力相手に善戦している。
この目で確かめたい。
きらびやかな装備を身に着けた正規軍に、金の軍配を振りかざし輿の上から稚拙な用兵を行っていた皇子ではなく、血と汗にまみれた傭兵あがりの兵士達とともに前線に立つ異色の皇子に。
もう少し、この本陣に近づくまで待っていても良い。
ここを失うと後がないことを知っている兵士達は、死に物狂いで本陣を守るだろう。
ザガ星から脱出するまでの時間稼ぎには十分だ。
そう判断したジャバが、望遠鏡を探そうと立ち上がった瞬間、皇子が率いた別動隊が本陣を急襲した。
「……言い訳は見苦しいぞ」
「おだまりっ!まぁ、口しか動かせないのだから仕方ないわねぇ?」
呆れた表情のウィラールの心臓に爪先を向け、狙いを定める。
必死に狙いを外させようと身動きをするウィラールに全体重をかけて抑え込む。
そろそろお遊びも終わりだ。
先に逝った彼の侍従も、地獄の門の前で主を待ちわびているだろう。
今なお強い光を失わない翠緑の瞳に視線を絡める。
少しだけ、この瞳が見られなくなるのが惜しい気がした。
「ま、まだだ、俺は死ねない!」
タレスの遺骸を冷たい床に放置したままにはできない。
最後まで、諦めてたまるか!
「じゃあね、ウィラールちゃん……よい夢を」
掲げた爪を振りぬこうとした瞬間、ジャバの目の端のディスプレイがぼぉっと光った。
「な、なにっ⁉」
一つを皮切りに、部屋中にある全ての機器が羽音のような作動音を響かせる。
「一体どういうことなのかしら?」
冷静さを取り戻し、油断なく周囲を見渡す。
数ある機器の中、正面のモニターに違和感を感じ、目をとめた。
空のイスを映し出すモニター。
そこからカタカタと小石の跳ね上がるような音が流れる。
周辺には散らばった薬瓶と見慣れた忌々しいメタ鋼鉄の棺桶。
(これは……医務室ね⁉)
カタリ、と最後の音が唐突に途切れる。
「これが大ピンチというやつですね、ウィラール様」
「タレスっ‼」
「どうしてぇ⁉」
モニターからの声に、両者はそれぞれ歓喜と驚愕の表情を表した。