7反撃したけど軽くあしらわれました
「な、ジャバ⁉どうやって……」
「逃げたからに決まってるでしょ、お馬鹿さん!アタシの身体にイタズラしようとしたクズ三匹とタレスちゃんを殺してね!」
油断なく間合いをとっていたウィラールの動きがピタリ、と止まる。
鮮やかな翠緑色の瞳が極限まで見開かれる。
全身に付着した返り血の多さが、彼に告げる事実。
その憎悪に満ちた視線が、ジャバを射抜く。
空気を揺さぶるような波動。
ジャバは、思わず武者震いをする。
心躍らせる殺し合いの始まりだ。
音もなく、ウィラールの二筋の黒髪がふわり、と浮き上がる。
「ジャバ……貴様だけは絶対に、許さんっ‼」
「キャッ⁉」怒りのせいか、短く区切るように発音された言葉と共に、ジャバが先ほどまで立っていた場所が黒く焦げる。
ドロドロと溶けだしている床面から、与えられた熱エネルギーの大きさが推測される。
間一髪、真横に跳ね、何とかかわすことができたジャバ。
挑発した手前、十分警戒していたつもりだった。
それでも、思わず悲鳴を上げてしまったほどの速攻。
強化した爪や牙、野性の身体能力をもつザガ星人に対し、アミラス星人は見た目ともに貧弱だ。一見、柔らかい身体をもつ格好の獲物。
ただ、この宇宙においてアミラス星人は最強の種の一つとして上げられている。
その理由が、アミラス星人固有の生体エネルギー波攻撃、通称”撃波”の存在だ。
この撃破と組織だった軍事力でいくつもの星々を滅ぼし、統合してきた。
アミラス星人が”征服種族”と呼ばれるゆえんでもある。
アミラス人を宇宙最強の座に押し上げた第二波を、宙で回転し避ける。
「大人しく、喰らえっ‼」
「嫌よ!死んじゃうでしょ⁉」
叫びながら、室内を逃げ回るジャバ。
どんなにみっともなくても、今はただ避けることしかできない。
全力の撃破をくらうと、いかに頑強なザガ星人でもひとたまりもないからだ。
筋肉自慢を誇るある族長が、目の前で蒸発したのを目にしたのを覚えている。
それもひょろりとしたもやしのようなアミラス星人にやられてだ。
ウィラールの猛攻に、徐々にジャバは避けきれなくなってくる。
回避する先を狙った攻撃。
肉の焼ける臭い。
暗赤色の軍服は所々焦げ、長くウェーブのかかった白髪も撃破の熱により、毛先がチリチリになっていた。
ほとんど予告動作のない攻撃。
それでもほぼ無傷なのは、彼が敏捷性に優れた狐族であるからだろうか。
ただひたすらに耐え忍ぶジャバ。
遠からず起こるある出来事を狙って……
「くっそ!ちょこまかと逃げやがって……っ⁉」
悔しげににらみつけるウィラールの足が突然ガクリ、と折れる。
慌てて立ち上がろうとするも、上手く力が入らない。
その隙に跳躍したジャバの強力な飛び蹴りをくらい、ウィラールは背中を地面に叩きつけられた。
「本当にお馬鹿さんねぇ」
起こしかけた胸を、ジャバは足で押さえつけた。
羽をむしった獲物をなぶる猫のように、愉悦の声を上げる。
さて、この愚かな皇子には存分に己の無力さを味あわせよう。
秀麗な顔が、絶望と後悔に歪む様子は最高の快楽をジャバに与えてくれるだろう。
「うふふ、この生体エネルギー波攻撃、”撃破”の力でアミラス帝国が宇宙を支配していると勘違いされがちなんだけど、実際は危うい力なのよ。強力だけど、使いすぎると倒れるし、無理をすると命まで奪いかねない」
足元でギリギリと歯を食いしばるウィラールをからかうジャバ。
当然、自分たちの弱点は把握している。
特にタレスから戦闘時には力配分に気をつけるよう、また力のみに頼らないよう、耳にタコができるぐらい言い聞かされていた。
ジャバのいうとおり、限界のある力なのだ。
それなのに、ウィラールは怒りのまま無計画に力を振るった。
艦に乗り込む前、大規模掃討作戦でひどく生体エネルギーを消費していたにも関わらずに。
(タレス、タレス、すまない……)
艦内のどこかで事切れている侍従を思う。
感情のままに力を振るうことの愚かさをあれだけ教えてくれていたのに、最後の最後に裏切ってしまった。
「いわば諸刃の剣ってこと!それを補う武器を持ってない相手には、ただ待っていればいいのよ。つまり、撃破は不意打ちかとどめにしか効果がない残念攻撃なのがわかったかしら?タレスちゃんも気の毒ねぇ……こんなお馬鹿皇子に付き従ったせいで、血まみれで一人寂しく死ななくてはならないなんて!タレスちゃんほど優秀だったら、他の帝位継承達からも引手あまただったでしょうに。でも、ウィラールちゃんを選んだって選択自体がタレスちゃんの愚かさを表しているのかもね!」
ミシミシとウィラールの肋骨が音をたてる。
タレスの名前を出した途端、ウィラールの抵抗が大きくなったのにほくそ笑む。
やはり獲物は活きがいいのにかぎる。
「タレスのことを、貴様が、口にするなっ」
口から血泡を吐きながら、ウィラールが叫ぶ。
ウィラールの脳裏に自室に置いた剣がよぎった。
ザガ星を共に戦った愛用の剣。
(あの剣さえあれば……)必死にもがくも、優男の外見に反して置かれた足はピクリとも動かない。