6侍従の思いは皇子に届きません
「ぐわあっ⁉」
タレスの渾身の一撃がジャバを襲う。
微弱ながらも予期せぬ攻撃に動揺した一瞬をついて、逃げ出す。
何としても、皇子に危険を知らせなくてはならない。
「ウィラール様っ‼ジャバが……っ⁉」
走り出した背は、数歩も行かぬうちに追いついたジャバに袈裟がけに切りつけられた。
大量の血と共に崩れ落ちる。
「ウィ、ラール様……」
自分自身の血だまりにつかりながら、弱々しく片手を伸ばすタレス。
その傍らにしゃがみこんで、いそいそタレスのポケットを探る。
「さて、キーを貰うわね……ちっ!」
ポケットが空なのを知ると、忌々し気にその手を踏みつけた。
「下手な小細工を!同じ宮仕えの身だから、楽に死なせてあげても良かったのに……手元が狂っちゃったじゃない。ま、せいぜい苦しんでのたれ死んでちょうだい」
タレスのうめき声をバックに、痺れの残る左腕をさする。
ジャバの口の端が喜びで持ち上がる。
アミラス星人は残る一人のみ。
計画変更だ。
「やっぱり、アタシとウィラールちゃんは、殺しあう運命なのね‼無駄よぉ、その傷じゃ助からないわ。あなたの大事な皇子様もすぐに黄泉路におくってあげるからね。大人しく逝って、出迎えの準備でもしてなさいな」
満足に動かない身体をよじって、前へと進もうとしているタレス。
その姿は哀れな芋虫のようだ。
べったりと床面には血の跡がついている。
とどめを刺さなくとも、傷からの失血量が全血液量の二分の一を上回るのも時間の問題だろう。
「じゃあね、タレスちゃん」
白色の長髪越しに投げキスをし、ジャバは静かに消えた。
その姿を見ることなく、タレスは震える腕を懸命に伸ばした。
「遅いぞ……」
イスの上にだらしなく片足を上げ、ウィラールはつぶやいた。
基本、過保護で世話焼きな彼の侍従が唯一譲らないことがある。
それはウィラールの皇族としての存在に関わることだ。
どんなに非常識な無理難題でも、盛大に文句を言いながらも受け入れ、何とかしてしまうタレスもこの件に関しては融通が全くきかない。
いくらウィラール自身が皇族としての地位を望んでないとしてもだ。
さきほどの話題も、侍従の遵守規範に引っかかるないようだったため、強引に矛先を変えた。
とはいえ、喉が渇いていたのも本当だった。
戦で使った生体エネルギーがまだ回復していないのを実感する。
「ったく、いつまで待たせるんだ」
意識すると余計、喉の渇きがひどくなった気がする。
ウィラールは八つ当たりまじりにぼやく。
恐らく研究員達に捕まっているのだろう。
帝国から派遣されてきた彼らの接待を、全て押しつけた自覚のあるウィラールはあきらめて目を閉じた。
戸口から聞こえた微かな物音で、ウィラールは瞬時に身を起こす。
無意識に周囲の様子をうかがったあと、艦内にいることに気がつく。
戦場での習慣が抜けきれないことに苦笑し、軽やかに部屋を横切る。
宇宙開発技術の飛躍的な発展により、現在の宇宙船は少人数での運航が可能になった。
この艦のサイズであれば、ウィラールとタレスの二人で十分。
艦の航路は全てシステムによって管理され、自動操縦されているからだ。
そのシステムの心臓部が、ここ艦長室であるため、ここへの入室には通常の電子キーのほかに掌紋認証が必要とされる。
物音はしたのに、なかなかキーが開けられる気配がない。
(ってことは、茶のほかに菓子ももってきたということか!ラッキ-‼)
手がふさがっているであろう侍従のために、いそいそと扉を開けようとした瞬間、背筋を撫でるような殺気を感じ、本能的に飛びのく。
その目の前で、頑丈な鋼鉄扉が真っ二つになる。
「さすがに引っかからないわね~」
足音も立てずに、艦長デッキに現れるジャバ。
その口元は、これから始まる楽しみでにやけていた。