43ジャージ姿の皇子様はいかが?
登校三日目。
ウィラールをとりまく状況はひとまず落ち着いたかのように見えた。
皇子を狙う女子たちが互いに抜け駆けを牽制しあっているからであったが、水面下ではどろどろとした女の闘いが繰り広げられていた。具体的には明日のスキー合宿に関しての。
しかし、その危うい平衡状態を崩す出来事が起きてしまった。
「昼食前に体育なんてありえん!」
腹ペコで倒れたらどうする、とつぶやくウィラール。
体育館の壁にだらしなく寄りかかっている。
「体育はお好きでしょ?それに合理的だと思いますよ。お腹が減ったらお昼がより美味しくなりますし、昼食後に運動させられるよりはよっぽど……あっ、由依さん」
「ゆ、由依?どこだっ!」
「……ウィラール様、動揺しすぎですよ。今朝も由依さんに調子悪いのかって尋ねられたじゃないですか。挙動不審な男は嫌われますよ!」
同じ色のジャージ集団の中から、目を皿のようにして由依を探しているウィラールが情けなさそうな声をあげる。
「わかっているんだが、意識しまいと思うと余計に……」
ようやく没個性集団から探していた姿を見つけると、無意識に顔が明るくなった。
わかりやすい。
横目で見ながらタレスは苦笑する。
この素直さが皇子の愛すべき魅力でもある。
今日は体育館の半面ずつ使って球技を行っていた。
男子はバレー、女子はバスケだ。
休憩中の二人が見ている中、由依は小さな身体で敵のディフェンスに特攻をかけていた。
あっさりボールを取られてしまい、悔しそうな顔で唇を噛むと再び敵陣に走って行った。
「本当に負けず嫌いだな、あいつ……」
呆れた声をあげながら目を細めるウィラール。
先程までの仏頂面から思わずこぼれた優しい笑み。
それを見て遠巻きにしていたギャラリーが黄色い声を上げる。
「ウィラール様、サービスし過ぎです。さっ、私達も出番ですよ!よそ見してて負けましたら、格好悪いところを言いつけますからね~」
「馬鹿言うな。俺を誰だと思っている?」
ニヤリ、と自信ありげに笑うと、ウィラールは勢いよくコートに踏み出した。
バレーは初めてだったが、運動神経の良いウィラールにとってルールさえわかれば楽勝だった。
手榴弾に比べて、大きなボールを相手コートに叩き返すなど朝飯前である。
タレスはいつも通りニコニコしながら、容赦なくクラスメイトに指示を飛ばしていた。
すぐにコツをつかんだウィラールによって、大差をつけて全勝した彼らのチームは片づけを免除され、だらしなく身体を休めていた。
その姿を横目に、負けたチームは文句を言いながら後片づけに入る。
身体を動かし、気持ちの良い汗をかいたウィラールはご満悦な表情で女子コートを見つめる。
期待していていた由依の姿は見つからなかったが、かわりに同じ班の少女が目に入った。
(確か、由依の前の席の……)
ウィラール、タレス、由依、橘 雅也、そして渡辺 麗華。
明日のスキー合宿の班員の一人だ。
委員長と誰もが呼ぶ彼女は、片手に持った出席簿に目をおとし足早にこちらに向かっていた。
おそらく、隣にいるタレスと熱心にスポーツ心理学について語っている男性教員に渡すつもりだろう。
何気なくコートの端を足早に近づいてくる様子を眺めていた。
その時、壁に無造作に立てかけてあったバレーボールの支柱が音もなく傾く。
恐らく片付けを面倒だと思った誰かが、固定もせず適当に置いたのであろう。
下を向いていた麗華の頭上に、そのうちの一本が襲い掛かった。
「危ねぇっ!」
いち早く気がついたウィラールが跳躍する。
その声で事態を察知した生徒の口から悲鳴が漏れる。
迫りくる支柱にようやく気がついたが、時すでに遅い。
痛みを覚悟した麗華の身体は、力強い腕によってふわりと宙に踊った。
「―――っ!ギリギリだったぜ……」
ウィラールが地に足をつけた瞬間、背後で凄まじい割鐘のような音をたてて支柱が倒れた。
立っている場所にまで転がってきた古い支柱を見て、ウィラールはゾッとする。
大人である男性教師の腕周り程の太さ。
この鉄製の支柱が直撃したら、怪我だけではすまなかったかもしれない。
「大丈夫か?おいっ、おめーらっ!!」
腕の中の少女の無事を確かめると、慌てて走り寄ってきた男子生徒達に怒声を浴びせる。
「面倒がって手ぇ抜いてんじゃねーよ!おめーらが適当にやったせいで怪我人が出るところだったじゃねぇかっ!おい、渡辺に謝れよっ」
軍隊仕込みの恫喝に、日本の平和な男子高校生たちは震え上がる。
遠くから、ウィラールの口調に頭を押さえるタレス。
必死にタレスが矯正した皇子口調から庶民口調に戻っている。
そのことからも相当頭にきていることが感じられた。
「本当にごめん、委員長……」
「委員長に怪我がなくてよかった。ごめんね次回から絶対片づけるから!」
口々に謝罪する声を聞きながら、ウィラールはそっと腕の中の少女を床におろす。
途端にがくり、と膝をつきかけた身体を再び抱きとめる。
「え、あ、あれ?」
立とうとしても全く力が入らない自分の身体に目を白黒させる麗華。
「ご、ごめんなさい!助けてくれてありがとう……きゃっ!?」
「ははっ、腰が抜けたか。怖かったもんな!」
か細い声で礼を言う麗華に笑いかける。
そのまま膝裏を軽々と抱え上げ、歩き出す。
いわゆるお姫様抱っこだ。
「歩けないだろ。このまま保健室に連れて行ってやるからしっかりつかまれ」
「う、うん……」
「いい子だ」
大人しくウィラールにしがみついた麗華の耳元にささやく。
麗華はウィラールの腕に、真っ赤な顔を隠す。
唖然とする周囲を残し、二人は体育館を後にした。




