4まさかの想定外としか言えません
激しい怒声が、ジャバの意識を闇から引き戻した。
ぶつ切りにされていた感覚が戻ってくるにつれて、よみがえる胸の痛みに思わず息を止める。
あたりをうかがうも、ウィラール達どころか一筋の光も見えない。
どうやら忌々しい棺桶の中のようだ。
とりあえず意地を張る相手もいないので、思う存分痛みに顔をしかめながら現状分析をする。
(眠らされていたのね。指先のしびれ……弛緩系の薬剤かしら。しかも投与まもない。多少の耐性はあるけど、大量だとヤバいわね……おや?)
先ほど目覚めた時には、身体の血が止まりそうなぐらい強く縛られていた緊縛帯が心なしか弱いような気がする。
試しに指先を動かしてみる。
(おやおやぁ~?)
弱っているため完全な獣人化は無理だが、爪の一部を伸ばすぐらいなら可能だ。
ベルトの緩みを利用し、10cmほど伸ばした爪先で苦労しながら切り裂いていく。
なんとか1本を切り裂いた頃には、棺桶の外にあった人の気配はなくなっていた。
手元さえ自由になればあとは簡単だ。
あっさりと全ての拘束具類を断ち切り、様子をうかがう。
あの忌々しい研究員達が隣室にいるのはわかっていた。
問題の二人は、近くにはいないようだ。
ニヤリ、と笑うと、鋼鉄のフタに爪をたてる。
黒板を引っ掻くような音とともに、一筋の傷が刻まれる。
メタ鋼鉄は、確かにアミラス人にとって最悪の相性だ。
鋭い牙や爪のない彼らにとっての武器である、生体エネルギー波を全て吸収してしまうのだから。
しかし、物理攻撃に対してはただの硬い鋼鉄の板にすぎない。
それを防ぐための拘束着も、今やただのぼろきれだ。
ウィラール達は、戦闘体勢に入ったザガ星人の牙や爪の切れ味を実体験し、警戒を怠らなかった。
ザガ星についてすぐ、ある獅子族の戦士が重戦車の外装を一瞬で切り裂いたのを目撃していたのだ。
種族によって差異はあるが、注意するにこしたことはない。
しつこいぐらいにタレスが言っていた筈だが、非戦闘員である研究者達には実感がわかなかったのだろう。
「うふふ……待っててねぇ」
強化した爪で引っ掻いた結果に満足すると、ジャバは黙々と作業を進めていった。
医務室側の扉が軽くノックされる。
データを集計中の三人は顔を見合わせた。
「タレス様でしょうか?」
僕が見てきます、と若い研究員が立ち上がる。
気配り上手な侍従は、様子見がてら彼らにお茶と菓子を差し入れてくれる。
二人は研究者でないタレスをあなどっていたが、彼は深い知性と冷静な観察眼をもつタレスと言葉を交わすのが好きだった。
(今日は何を持ってきてくれたんだろう……あれ?)
わくわくと扉を開けようとしたが、小さな違和感を感じて手が止まる。
(どうして、医務室側の扉からなんだろう?)
医務室にはザガ星からのお客人達が収容されている。
彼らが作業場としているこの部屋には、医務室側と廊下側に二つの扉がついているのだが、通常タレスは廊下側からやってくる。
(いや、まてまて)
ザガ人達の容体を確認して、こっちにきたのならおかしくない。
再度、扉がノックされる。
待たせてはいけないと、扉の電子キーを開錠した瞬間に気がつく。
大きな開錠音に凍りついた。
隣の部屋の電子キーはいつ開錠されたのか……
艦内の重要な部屋には、電子キーが設置されている。医務室もその一つで、無意識に入力ができるようになるまで、扉が閉まるたびに開錠しなくてはならない面倒さにため息をついたものだった。しかも開錠音がセキュリティの理由なのか、やけにでかい。
入室するたびに気が散るので、別室での作業が必要でない限り、できるだけ同室で作業する暗黙の了解があるぐらいだ。
当然、医務室の廊下側にも電子キーがついているのだが、その音を聞いた覚えがない。
「ひぃっ」
掠れた悲鳴をもらした瞬間、若い研究員ごと扉が切り裂かれた。