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3うっかりしていました

 時間は少しさかのぼる。


「筋弛緩剤を用意してくれ。直接、皮下注射する」

 棺桶型の収納容器の横にある機器を操作するかたわら、年配の男はカルテに走り書きする。


「どうもガスでは効きが弱いようだ。もう一単位ぐらいなら大丈夫だろう。それより見たか、あの目……化け物め!」


「ええ。狐族ですらあのように鋭い牙と爪。肉食獣種など考えるだけでゾッとしますわ!」

 女性研究員が嫌悪の表情を浮かべながら、男の言葉に同意する。


「そこなんだよ。本来、ザガ星人は大型とりわけ肉食獣種が力をもっている。ここにいる副首長のようにな」

 研究員が隣の棺桶を叩く。


「こいつは虎族だ。現首長は獅子族と聞いている」


「えっ、副首長は今の首長の息子なんですよね?だったら獅子族じゃないんですか?」

 年若い研究員が不思議そうに尋ねる。


「勉強不足ね。ザガ星人同士は異種族間で交配できるの。生まれてくる子どもは、父母どちらかの種になるそうよ」


「つまり、この子の母親は虎族ってことだ。ただ母体の限界があるから、大抵は同種族で交わる。体格に著しい差がある場合は成立しない。例えば、兎族が獅子族の子を身ごもっても、出産するまえに母体が駄目になる。ま、受け入れる段階で壊れてしまうだろうがな」


「ま、下品!」


 下卑た顔で笑う男に、女はわざとらしく眉をひそめてみせる。


「冗談はさておき、狐族は兎族と同様にザガでは底辺の種族といってもよい。力こそ全てのザガ星では、戦闘に加われないため下等種族として扱われている。戦場に出てこないから、データも少ない。アミラス星に着くまでに存分に調べたいな。まずは痛覚からだ」


「それでは追加の睡眠剤は必要ありませんわね」


 楽しそうに、今後の実験計画を話す二人の横で最後の研究員が立ちつくす。

 恐る恐る男に話しかける。


「あのぉ……タレス侍従が最後に言ってましたよね?けして拘束着を外すなって。皮下注射するには、それを外さないとできない気がするんですが……」


「当たり前だろうが!研究員でもないあの男の言葉など放っておけ。すでに致死量ギリギリのガス投与をされているんだ。問題ない」


「でも……」

 心配げにジャバの入った棺桶を見下ろす。しつこいぐらいに念押しされたことが妙に引っかかる。

 何よりあの爪や牙に近づきたくない。


「いいからやれっ!」


「は、はいっ」


 怒鳴りつけられ、ようやく研究員が動き出す。

 慎重に拘束着上のベルトを外していく。

 外側のベルトを外された姿は、白く大きな芋虫のようだ。


「まだ眠っているんだから、腕がいい」


 年配の男の声に、めくった首筋に近づけた注射針をしぶしぶ遠ざけた。

 この拘束着は内側と外側に緊縛帯であるベルトがついている。

 研究員は、ジャバの青白い肌を露出させるため恐る恐る内側に手を伸ばした。



「な、なんだ⁉」

 

 ようやく注射が終わり、丁寧に内側のベルトを締めている最中、警戒音が響く。


 同時に、連続的に重いものを叩きつける音がする。

 あまりにも近くから聞こえてくる音に、身体を硬直させていると、隣室から二人が飛び出してきた。


「鎮静剤を早くっ!おい、ぼさっとするな、お前もこっちを手伝え!」

 金縛りのとけた年若の研究員は、手早く残りのベルトを締め直すと二人のもとに駆けつけた。


 異音の正体は、小さな芋虫がその皮から産まれでようと身をよじる音だった。


 身体を動かすたびに、全身につけられた監視機器のケーブルがはじけ飛び、火花が散る。


 焦れたように音はどんどん大きくなっていく。



 「おとなしくしろ!」


 三人がかりで、必死に押さえつける。

 拘束着を破りそうな勢いで跳ね回る芋虫。

 

 十分以上の格闘の末、首に突き立てられた鎮静剤が効いてきたのか、ようやく動きが弱々しくなってくる。

 その隙に、手早く何種類もの薬剤を追加し、三人は床に座り込んだ。


「やれやれ……子どもでも化け物だ。もう一台の監視装置も巻き込んで壊しよったわ」

 二台の棺桶を繋いでいた監視装置は、無残な姿で足元に転がっている。

 ケーブル同士をつなげてあったのが仇となった。


「こうなったら実験は中止ですわね。意識の有無がわからないことには、恐ろしくて棺桶の蓋を開けられないわ」


「残念だが、仕方ない。引き続きガス投与で様子をみよう。お前も向こうでデータのまとめを手伝え」


「わ、わかりました」


 疲れた身体を引きずり隣室に消える二人に、若い研究員も続く。

 扉が閉まる寸前、ちらりと不安げな眼差しを向けた。


 

 


 

  



 


 



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