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2変獣さんこんにちは

「ほらほら、変態気質な獣人、略して変獣(へんじゅう)のことなど放っておいてください」


 タレスは伸ばした手でウィラールの頭を優しく撫でる。

 戯れにすくいとった黒髪は、手の平から逃げるようにこぼれ落ちる。

 寝癖がつきやすい自身のフワフワした小麦色の髪と比べ、ため息をつく。

 相変わらず素晴らしいキューティクルだ、羨ましい。


 俯き加減で、大人しく撫でられるウィラールを見て、思わず笑みがこぼれる。

 生まれや育ちから、他人の前で滅多に無防備な姿を見せないウィラール。特に武人である彼が、急所であるうなじをさらしている。

 その無条件の信頼に、タレスの心はくすぐったさを感じた。



「落ち着きましたか?」


「………ん」

  こくり、とうなずくウィラール。

  幼い時から、ずっと守役として見守ってきた。

  図体や態度は成長と共に大きくなっていったが、本来の素直な気質は変わっていない。


 (そこが誇らしくもあり、心配なところでもあるんですけどね)



「ずるいぃぃぃ‼タレスちゃんばっかり!アタシもウィラールちゃんナデナデした~い!」


 2人を見てうらやましい、ねたましい、と歯ぎしりするジャバは、到底、大星の摂政には見えない。

 しかし、本来、個のまとまりが弱く、猪突猛進タイプのザガ星人達を指先で操り、ウィラール達アミラス軍を苦しめた知謀はあなどれない。


「口にも拘束具を。強力な筋弛緩と睡眠ガスを念の為、3単位ずつ追加してください。え、致死量ギリギリですって?いや、この変獣へんじゅうに思考能力を残しておく方が危険ですからね。副首長は子どもですから1単位追加で良いでしょう」


 冷静な指示に、隅で震えていた研究員達がようやく動き出す。

 タレスの顔がくもる。

 どうしても、という本国研究機関の要請で連れてきた研究員達だが、意識のあるザガ星人を見たのは初めてらしく完全に委縮している。

 非戦闘員だから仕方がないとはいえ、薬やガスで眠っている相手に対しては驚くほど、残酷な手法で実験をすすめる彼ら。

 いっそ殺してやったほうが慈悲と思えるぐらいだ。

 それを知ったウィラールは嫌悪の顔を隠さないが、折衝役のタレスとしてはそうもいかない。

 ほどほどにあたりさわりなくつきあっているが、本心では彼らと慣れ合うぐらいなら、騒がしくて下品なウィラールの部下達のほうがましだと思っている。



「ああっ、この忌々しい拘束着さえなかったら、すぐにでもウィラールちゃん達を可愛がってあげるのにぃ!!最初にあれを○○ピーして……」


「さっさと貸せぇ!」


 言葉の暴力に耐えかねたウィラールが、キラリと光る牙にためらっていた研究員の手から、ボール型の拘束具を奪い取ると素早く口元に押しつけた。


「これで良しっと」

 多少の抵抗はあったが、無事おしゃべりな口を封じることができた。


「あいにくだが、貴様が収監されているその棺桶は"メタ鋼鉄”でできていて、熱やエネルギー波を吸収する。錯乱したアミラス軍兵士でも破壊はできない。それ以前に拘束具で身動きも取れんだろうがな。あきらめるんだな。」


 あきらめずにフゴフゴいっているジャバを見下ろし、得意げに言い放つ。

 注入するガス管がセットされたのを確認し、ウィラールは重い鋼鉄のフタを閉じた。




「相変わらずの変態ぶりだったぜ。こんなことだったら、あの時ズバッと……」


 後をタレスと研究員達に任せて、操舵室にもどったウィラール。


 艦長デッキのイスに倒れ込み、頭を抱える。


 「ズバッといきましたよね、加減なく。それでも生きているのは、やつがザガ星人だからです。肉体を武器とする彼らは、生体エネルギーを武器とする私達アミラス星人よりもはるかに強靭です」


 予想以上に早かったタレスに驚き、勢いよく顔をあげる。

 そんなウィラールに教え諭すようにつぶやく。


「ザガ星人を決して侮ってはいけない。ザガ星に流された血から学んだはずです」


「ああ……」


 ウィラールは拳を握ると、遠い星へと思いをはせた。



 獣人達の支配するザガ星。

 惑星の大半を占める未開の熱帯雨林。半獣半人の彼らは種族ごとに部族があり、それら全部族を首長が統率する。

 任期は死ぬまで。

 だがこれは天寿を全うするまで、支配者でいられるという意味ではない。

 老いがその身体を完全に蝕む前に、選び抜かれた次期首長に殺される。

 全部族最強である首長を倒した者こそ、弱肉強食世界の後継者なのだ。


 彼らを相手にウィラールとタレスは戦ってきた。

 


「三年ですか。アミラス星をたってから」


「ああ……」目の前に広がる漆黒の宇宙(うみ)を見つめながら答える。


 三年間で多くの仲間を失った。全力で最善を尽くしたが、あの時に別の手段を取っていたらもっと死なせずにすんだかもしれないと思うとやりきれなくなる。


 「陛下からお預かりした兵士達を、俺は……」


 「勅令のわりに正規兵は全くいただけなかったですけどね。それに奴ら「帰りは広々、快適空間だぜ!」と喜んでましたけど」

 タレスの軽口に暗い視線を向けるウィラール。主の気分を軽くできなかったタレスは、口調を改めて向き直る。


 「失礼しました。ただ、正規の訓練を受けていない体力馬鹿達ばかりでこの激戦エリアに飛ばされて、三年間私も含めてこれだけの人数が帰還できるのは奇跡に近いです。劣勢だった戦争を途中で引き継いだ中で、です。しかも、現首長の息子と悪名高い摂政の捕獲までできました。結果でいうとと最良ではないでしょうか」

 皇帝陛下にねだるご褒美でも考えましょうと、明るく締めくくる。

 

 タレスは知っている。

 戦場に犠牲はつきものだ。それが星一つを征服する戦いだと、人の死など数値上のデータでしかない。

 いかに味方の損害を少なく、相手の戦闘能力をつぶしていくか。

 時に非情にならなくてはならない。捨て駒だとわかっていながら、戦場に送りだす。


 もちろん、将たるウィラールもこの原則をわかっている。

 わかっているのだが……戦が終わるとウィラールは自分の命令で死んだ部下達を思い、1人こっそり涙を流すのだ。

 優しすぎる主。

 一軍を率いるぐらいならまだ良い。

 ただ、タレスがウィラールに目指して欲しいのは至高の位。

 その過程でこの甘さに足元をすくわれそうな気がしてならない。


(まぁ、無感動に部下を死なす人よりはマシですけどねぇ)

 

 タレスの明るい笑顔につられ、わずかに微笑みを浮かべる。

 先行させた艦隊はアミラスに着いている頃だ。一刻も早く、帰りを待つ者達に会わせたいと、護衛艦1隻を残し帰還させている。

 

「褒美なぁ。どこか辺境惑星の総督がいい」


「なんですと!中央の役職を望んでくださいよ。せめて重要な植民地惑星の支配権とかっ!それだけの報酬はもらえるだけの戦果ですよ⁉」

 ギラギラした瞳でせまる侍従をうるさそうに払いのける。


「俺は早期ハッピーリタイアメント希望なの!辺境惑星ならアミラス本国からの目もあまり届かないし、負傷した奴らにとっても暮らしやすいだろう。ああ、早く一日中釣りをする生活を送りたい。あ、茶持ってこい」


「なんと爺くさい。ついでに研究員達にも持っていってやりますかね」


 ため息をつきながら、タレスは立ち上がった。


 

 


 

  






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