1物語は宇宙からはじまります
”ああ、この星はなんと美しいのだろう! 名も無き辺境系で見つけた青と緑の小さな星……
しかし船が故障している我々はただただ暗黒の宇宙から指をくわえて眺めるしかできなかった。
いや、それは幸いなことかもしれない。
我々は星を見れば蹂躙し、支配せざるおえない悪名高きアミラス人なのだから!”
宇宙探検家 ヘンリー=オザワルド「星との邂逅」
タイルを叩く無数の水音。
スラリと伸びた背。
つややかな褐色の肌の上を、雫とともに二筋の髪が流れおちる。
その漆黒の髪を無造作に払いのけ、ウィラールはシャワーを止める。
無音の宇宙空間で聞く水音は、地上の雨を思い出させる。
心地よい音をいつまでも聴いていたいが、宇宙艦内での水は貴重だ。
うっかりスイッチを止め忘れようものならば、彼の口うるさい侍従がここぞとばかりに騒ぎたてるだろう。
《ウィラール様、至急医務室へお越しください》
ウィラールが温風機能を使おうとする直前、くだんの侍従から呼び出しがかかる。
「……すぐ行く」
艦内フォンからの声に手短に答えると、ため息をつく。
シャワー後の午睡を楽しみにしていたのに、まだまだ休ませてもらえないらしい。
手早く衣服を身につけると、ウィラールは彼と彼の侍従を悩ませてる人物達のもとに向かった。
「目覚めたのか?」
ウィラールが室内に入ると、難しい顔で研究員達と話し込んでいた侍従、タレスが早速近寄ってくる。
「はい。幼体の副首長はまだ薬が効いてるようですが、成体である摂政の方はやはり薬の効きが弱いようです。ここは……おや、風邪を引いちゃうじゃないですか、ウィラール様!」
ウィラールの濡れた頭に気がつき、慌ててタオルを探しだす過保護な侍従。
彼を無視して、室内を見回す。
中央に2つの大きな箱。
重々しい色のそれはまるで鋼鉄の棺桶のようだ。
その周囲を白衣を着た3人がせわしなく立ち動いている。
ウィラールは、研究員が指差した方の箱に近づく。
確かに備え付けられた計器は、中の人物の"覚醒"を示している。
「開けてくれ」
「しかし……」
「大丈夫だ。俺がギチギチに縛りつけてやったからな」
ウィラールは不安げな若手研究員を安心させるように笑いかけた。
何重もの開錠操作を経て、ゆっくりと鋼鉄のフタが開く。
中には全身をぶ厚い拘束着に包まれた成人男性。
こちらからは青ざめ、まぶたを堅く閉じた顔しか見えない。
拘束着の上にいくつものベルトがかけられている。
それほど念入りに緊縛されていた。
「本当にタフだぜ、ザガ星人は……」
拘束着に包まれた身体が身じろぐ。
隠されているその胸には、ウィラールのつけた深い刀傷があるはずだ。
「うわぁぁっ!?」
前触れもなく突然カッと見開いた眼に、のぞきこんでいた研究員達が慌てて飛び退く。
瞳孔が縦に長い獣の眼。
周囲を油断なくうかがっていた鮮血色の瞳が、ウィラールとタレスの顔をとらえて細められる。
「よぉ、ジャバ。気分はどうだ?貴様ら2人は平和に対する罪を犯した重犯罪人として、皇帝じきじきにアミラス星への招待状が届いている。特に貴様は丁重にもてなされるだろう……本来なら死体袋に詰めて送りたいところだ。わかったら黙って寝てろ」
「ザガ星摂政、ジャバ=コーネリアス。アミラス帝国に対する反乱煽動及び捕虜虐殺……」
「うふふっ、あ~はっはっはっ!!」
罪状を読み上げるタレスの声をさえぎり、ジャバはいきなり笑い声をたてる。
その拍子に口の端からは鋭い牙が覗く。
目元にいれられた極彩色の入れ墨とあわせ、見る者に原始的な恐怖を与える姿。
あっけにとられた周囲をよそに、ひとしきり狂ったように笑うと満足げにジャバは口を開く。
「やっぱり最高よ、ウィラールちゃん!このアタシにそんな口がきけるなんてねっ」
「……黙れ、クソ犬」
「ノンノンノン!犬じゃなくて狐よ、き・つ・ね♪もう、照れ屋さんなんだからぁ!本当、喰べちゃいたい……」
思いっきり睨みつけ低い声で吐き捨てるウィラールに、ジャバは流し目をおくりながら舌なめずりする。
「うーん。ザガ星人は同族間でも共食いをする部族だとか。ただ彼が相手だと単なる食事としての意味か性的な意味なのか微妙なところですねぇ」
ちなみにどちらだと思いますか、とのん気に問いかけるタレスに、ウィラールは青い顔をして顔を背ける。
「タレス、ダメだ。吐く……気持ち悪い」
本当にえずき始めた皇子の背中をさすりながらため息をつく。
確かに180㎝強の図体から出てくるおネェ言葉には衝撃を隠せないが……
(素直に反応するから、余計にやられるんですけどね)
楽しそうににやついている表情をみると、今回はからかい8割、本気2割というところだろうか。
何にせよ自分を打ち負かしたウィラールに強い関心を持っているのは間違いない。
ただし、ジャバは強い戦士の力を取り入れる原始的な儀式としての共食い習慣をもつザガ星人のため油断はできない。
”失われた戦士への称賛”
敵戦力研究として数少ないザガ星人文献からタレス自身が見つけてきた情報だ。それによると敵味方に関わらず、力ある者の血肉を食すことで、その力を体内にとりこみ、より強くなれると信じられている。特に心臓は彼らにとって重要な意味をもち、血の滴るそれを生で喰らうという。またそうされることを名誉ととらえる風潮もあり、武名名高い初代ザガ星首長が亡くなった時などその肉体は争うように臣民達に奪いあわれ、骨一本すら残らなかったという。
タレスはそれを生々しくウィラール達に語り、彼らをさんざん恐ろしがらせた後、”でも、昔の話みたいですけどね”と笑顔で締めくくった。
(まぁ、大丈夫だとは思いますが……)
とっくにすたれた風習だとは思いつつも一抹の不安は隠せない。
現在、ザガ星は陥落寸前だ。
種族毎に構成された部族長を、強大な戦闘能力でまとめ上げていた首長だが、相次ぐ敗戦でその求心力は地に落ちている。大多数の部族はウィラール達のアミラス軍に降伏し、今回の戦いで実質的な参謀役と次期首長をこちらの手の内におさめた。
今、首長はわずかな側近とザガ星の奥地に逃亡しているが、捕まるのも時間の問題だろう。
そんな不利な状況で、かつての風習にすがる狂信的な者がでてくる可能性もなくはない。
ウィラールを見るジャバの目は、異常な熱を発しているようで落ち着かない。
(なによりこんな状況でも、ウィラール様をからかう余裕があるのは問題ですね)
微笑みながらも、心の警戒レベルを大きく引き上げる。
戦時中の所業により、タレス達の母星アミラスにたどり着いたのちジャバを待っているのは、死ぬのが救いに思えるような苛烈きわまりない拷問だろう。
脳筋が多くを占めるザガ星人。
その中で知力と狡猾さを武器にのし上がってきた異色の摂政。
虜囚となっている我が身の行く末など安易に想像できるだろう。
この余裕は、頭のネジが外れた異常者の振る舞いか、それともよほどの策を隠し持っているのか……
(はっきりはわかりませんが、からかわれるばかりも面白くないですから、ね?)
タレスはそっとウィラールに手を伸ばした。
はじめまして!拙作を読んでくださりありがとうございます。
小説家になろう初投稿です。
感想、雑感等いただけると嬉しいです!(豆腐メンタルなのでお手柔らかにお願いいたします)
理想は1日1話 19時更新ですがどうなることやら……