始まりの事件
新生活に慣れ、授業の方針がわかり、自主休講という名目で、大教室から少し人数が減り始めた大学3年生の五月のことだった。桜の花びらも散り切り、若々しい緑の葉が自己主張をはじめ、ちょうどよく、影を作るベンチに腰掛け俺は、買ったばかりの週刊少年誌を読みながら、友人を待っていた。はじめから順に読んでいき、中堅どころの漫画を読み終え、遅いなと思い始めたころ、オーバーオールに黄色のアヒルがプリントされたTシャツを着た金髪の男がのろのろと歩み寄ってきた。
「遅いわ」
「ごめん。ごめん」
男はそういうと、俺から週刊誌をとり、パラパラとめくりながら
「これ、今週号?」と聞いてきた。
「今週号だよ。朝コンビニで買ってきた。森田が読んでた漫画、休載から復帰してたよ。」
俺は、森田から週刊誌を取り返すとリュックサックの中に入れ移動する準備を始めた。
「マジ?やっと仕事し始めたか後で読ませてよ。」
「いいよ。それより早くしないと次の授業遅刻するよ。」
「もうそんな時間か、あの教授遅刻にうるさいんだよなー」
そもそもお前が集まる時間に遅刻しなかったら急ぐ必要もなく教室でゆっくり読めたのにと思いながらスマホをつけると授業開始まで残り五分という時間になっていた。俺の座っていたベンチに腰掛けようとしていた森田を小突き「あと五分で授業始まる」というとしぶしぶという感じで森田が走り始めた。
俺の座っていたベンチは一応大学内にあるのだが、その場所から教室までは、小走りでも三分ほどかかるところにあった。後ろのほうに座って週刊誌をゆっくり読みたかったが座る場所はもう選べないなと思いながら森田に
「お前が遅いから後ろに座ってゆっくり読めないじゃないか」
と悪態をつくと、
「安心しろこんなこともあろうかと先に席をとっておけと吉住に頼んでおいた」
森田という人間は、時間にルーズで基本やる気はないが社交的で友人が多い男だ。
「やるじゃん」「だろ?」
じゃれあいながらちょうどチャイムが鳴る瞬間に教室に入ることができた。吉住は身長の高い男で大教室でも見渡せばすぐわかると思っていたが見つからず教室の後ろをうろちょろしていると、こちらに手を振っている人物が見えた。近寄ると知り合いの金田だった。その隣に吉住が座っていた。
「ありがとう」
「おう。気にすんな。それにしても遅かったな」
と吉住がいうと森田が
「西野がマンガ読んでて遅れた」
と息を吐くようにうそをついたのでこいつには絶対読まさないと固く心に近い言い訳するのも面倒だったためやれやれと軽く肩をすくめた。そんな俺の態度を見て森田がうそをついているとわかった吉住は森田を軽くはたきながら
「授業が始まるぞもう座るべ」
といってスマホをいじりながら板書の準備を始めた。するとスマホをいじりながら金田は、
「今日はサークルいく?」と尋ねてきた。
「俺は行くつもりよ。今日バイトないし」森田が答えると吉住も
「暇だし行くわ」
「俺もバイトないし、もしかしたら素敵な出会いがサークルである気がするから行くわ」と俺がふざけながら答えると金田がくすくすと笑いながら
「そんなことほぼあり得ないわ」とはたいてきた。この言葉がほんとのことになるとはここにいる全員思ってもみなかったのである。