見えた希望と初戦闘
あたしは、ゾンビ顔の映った小手を投げ捨ててため息をついた。 この迷宮に入って初めてゾンビを見た時、ああは為りたくないって思ってたっけ。
それがよりによって、ホントにゾンビに成ったんだったら、もう泣くしかないじゃない!!
思わず涙が零れた……赤黒い色をしたのが。
セバスチャンはあたしの心情を察したのか、フォローを入れてくれる。
「悲観することは御座いませんぞ、御主人様。 この私が全力でお手伝いするからには、御主人様は只のゾンビ以上の能力を獲得しております。 正に、“選ばれた、特別な”ゾンビであると申せましょう!」
……そんな飴売りの口上みたいな事を言われても、なんの慰めにもなってない。 ますます落ち込むあたしに、構わずセバスチャンは言葉を続けた。
「それに御主人様が蘇生する方法は、必ずこの迷宮に在る物と思われます」
「今なんて!?」
驚くあたしに、セバスチャンは説明する。
「この迷宮の所有者であった先代の魔王様は非常に用心深い御方で、万が一自分が死んだ際に復活出来る様に蘇生用のアイテムや、手段を複数用意しておりました。 ですが、魔王様が復活していない……と言う事は、魔王様の死後にそれを使用した者が居なかったようですな。 言いにくい事ですが、今ひとつ人望に欠ける御方でしたので」
「ふぅん……。 あ、待って。何で長い間眠ってたセバスチャンが、魔王が死んでるって知ってるの?」
「御主人様と契約を済ませた直後に、最初の“死にたくない”と言う命令と前後して、御主人様の最後の思念が、私に流れ込んで参りました。 ですから、御主人様の事やこの迷宮になにが有ったのかは、大体心得て御座います」
ああ、あたしの最後の回想を見たって事なのか。 ……ちょっと恥ずかしい気もする。
いや、それよりも蘇生の話だ! あたしはセバスチャンに先を促した。
「ゾンビ化は、あくまでも一時的な処置で御座います。 首尾良く魔王様の蘇生アイテム等を獲得されましたら、ご主人様は人間として復活する事が出来るでしょう」
「ふむん……でも、いいの? セバスチャンは魔王の魔剣なんでしょ? 勝手にあたしに協力したら、それって裏切りになるんじゃないの?」
「魔王様の方から契約を解除されましたし、もうあの御方は生きてはおりません。 それに私の様な魔剣でも、聖剣でも、妖刀でも、意思を持つ武器は、所有者に振るわれる為に存在しております。 私はその存在意義に基づいて御主人様に御仕えする。 その目的に二つ心は一切御座いません」
「むぅ」
あたしはちょっと考えた。 セバスチャンの話を確かめる方法が無い以上、彼(?)の言葉を信じるしか無い。 でも、あたしは一度アイツら……ジャスティン達の言葉に騙されて、結果的にこんな事になってしまった。
一度詐欺に遭う人は何度でも騙されるって言うけど、他に選択の余地も無さそうだし、それにまた騙されたとしても、ゾンビ化以上に酷い目ってのも中々想像出来ない。
何よりもセバスチャンの真摯な口調には、ウソ偽りが無い……様に思えた。 甘いかな、あたしって。
「わかった、あたしが生き返る為に協力してくれる? セバスチャン」
「勿論で御座います。 信じて戴いて感謝致します」
なら、セバスチャンを何時までもあたしに刺さったままにはして置けない。 あたしはセバスチャンの柄に手を掛けて、ゆっくりと胸から剣を引き抜いた。
「ゲボッ!」
どうにか剣を胸から引き抜くと、また血反吐が噴き出した。 あたしは袖で口元を拭ってからセバスチャンを拾い上げた。
柄に紅い宝玉の嵌った、黒い水晶みたいに綺麗な刀身の魔剣。 両手で持たなければいけない位長い剣なのに、思ったよりも軽い。
「それが魔剣たる所以で御座います。 特に私は、所有者にとって扱い易い様に造られております」
なるほど。 セバスチャンが居てくれれば、攻撃に関しては大丈夫そうだ。 あとは防具があればもっと心強いんだけどな。
そういえば、セバスチャンを持ってたあの鎧、バラバラになっちゃったけど、あれ着れないかな?
そう思ったあたしは、鎧を探そうとしたが、さっきまでその辺に散らばってた鎧がどこにも無い。 あれ? と思って広間を目で探ると、いつの間にか元通りになった鎧が広間の隅にうずくまる様にしゃがんで居るのを見つけた。
「あれ? さっきまでバラバラだったのに?」
あたしが鎧に近づこうとしたその時、いきなり広間全体が地響きを立てて揺れだした。
次の瞬間、広間の床の石畳がめくれ上がって大音響と共に吹っ飛び、土煙と共に巨大な生物が現れた!
ギシャアアアアアアアアアアアッ!!!
何!? あたしは見よう見まねで剣を構えて、そいつに向き直った。
そいつは、大蛇とイモムシを無理やり掛け合わせた様な醜い長い身体を持っていて、その鎌首は天井に届きそうな位に高くもたげられていた。
頭のある場所には、ビッシリ牙の生えた大きな丸い口があって、その周囲を長い触手が何本も取り巻いてウネウネと蠢いていた。
そいつは眼が無いみたいなのに、あたしの方を向いて悪臭のする緑色のヨダレをダラダラと垂らし始めた。
「うわキモッ!! 何あれ!?」
「屍喰巨蟲!! 腐肉食の魔獣で御座います! おのれ、御主人様の死臭を嗅ぎ付けて現れたか!!」
……え? 死臭? いまのあたしって、ひょっとして臭いの?
軽くショックを受ける私にセバスチャンが慌ててフォローを入れた。
「いえ、御主人様の再生は比較的速やかに行われました。 屍喰巨蟲の嗅覚が敏感なだけで、人間の鼻では感じる程の臭いでは御座いません……おそらくは」
戸惑うあたしに、屍喰巨蟲が触手を高速で伸ばしてきた。 間一髪で、今までの自分からは想像出来ない位の素早さで、今いた場所から反射的に飛び退いた。
次の瞬間、その場所を触手が轟音を立てて叩きつけ、石畳が易々と砕け散った。
「油断出来る相手では御座いませんぞ、御主人様。 こいつには高い再生能力があります! 一気に致命傷を与えた方が得策と思われます」
あたしはセバスチャンの言葉に頷いた。 確かに、こいつはヤバそうなモンスターだ、早く倒したほうがいい。あたしは覚悟を決めて剣を構えなおして巨大なモンスターに向き直った。 でも……
そっかぁ……。 ちょっとは臭うんだ、あたし
気を取り直して、触手が再び襲って来る直前にそいつの胴体を目掛けてダッシュして……素早く青白い腹を切り裂いた!
ギュアアアアアアアアアッ!?
屍喰巨蟲は激痛に巨体をくねらせて、青黒い体液を撒き散らしながら出鱈目に触手を振り回した。 あたしは体液や触手を器用にかわして距離を取って、再び剣を構えなおす。
セバスチャンのサポートは予想以上だ。 全くの素人のあたしが、こんなに巨大なモンスターを相手に互角に戦えている。
「油断は禁物ですぞ、御主人様。 今の一撃は致命傷に及びませんでした、もう一度飛び込んで傷が塞がる前に同じ場所を刺して止めをさしましょう」
これなら負ける気はしない! あたしはセバスチャンと一緒に再びモンスターの懐に飛び込んだ。