鎧無双と吸血鬼の惨劇
え? 何事!?
あたしはメイちゃんに殺到した為に密度が薄くなったスケルトン共をやっと全部切り倒して、額から矢を引き抜きながら急変したメイちゃんを呆然と見つめていた。
一方のローゼスも事態の急変に気が付いて、闇妖精のゾンビに弓矢でメイちゃんを狙わせた。
でも、メイちゃんにはまるで矢が見えているかの様に闇の瘴気で出来た槍を横に一閃して、高速の矢をまるで蚊みたいに簡単に叩き落とした。
そのまま何度も槍を高速で突き出して、スケルトンの壁を鎧も楯も構わずに文字通りに突き崩して行った。
ガシャガシャガシャガシャ!!
その合間にメイちゃんはまた怒った様子で兜の面当てを振動させる。
「ウ……ウォオオオオオオオオオンンンン!!」
それを受けて、アーちゃんが怯えたように哭き声を上げて周囲に闇の瘴気を一層募らせた。
あたしやメイちゃんのダメージが回復していく一方で、倒したはずのスケルトンが再生・復活して行くが、メイちゃんはそれも構わずに諸共に粉砕していった。
「ゾ、ゾンビに構わずにあの幽甲冑を優先して狙え!!」
ローゼスが再び闇妖精ゾンビに命令を下すが、ゾンビ達が矢を放つよりも早く、メイちゃんが左手から魔光弾を複数放って両脇のゾンビを瞬く間に吹き飛ばす。
「も……もうメイちゃん一人で良いんじゃないかな」
あたしは完全に呆気に取られて、それだけ呟くのがやっとだった。 てか、元から強かったけど、いつの間に魔法まで?
「恐らく、爆発的な感情の高まりか何かが本人の潜在的な能力を開花させ、それがメイちゃん様に蓄積された経験値と相まって大幅な能力の向上に繋がったのでは」
やはり、少し呆気に取られた口調でセバスチャンが解説してくれた。
まぁ、何となく解る話だけど、一体何がキッカケでこんな……やっぱりアレかなぁ?
「ですが、暢気に観戦とは行きませんぞお嬢様」
え? あたしはセバスチャンが切っ先で指した方を見て納得した。 ローゼスの背後から更に新手のゾンビ軍団が押し寄せて来た。 更に足元のスケルトンの残骸も再生を続けている。
なるほど、操霊術師のローゼスをどうにかしないと、いつまでも戦闘が終わらないって寸法か。 いくらメイちゃんが強くても物量の前では限界があるし、このままではニコラスの計画の阻止に間に合わないかもしれない。
幸い、ローゼスはメイちゃんの応戦に手一杯であたしへの注意が薄くなってる。 仕掛けるなら今しかない!
あたしは楯を魔法鞄に仕舞い込んでセバスチャンを片手剣ほどに伸ばすと、一気にローゼスに向かって突撃した。
「何!? もう動けるのか!?」
ローゼスは慌ててあたしに兵力を向けようとしたけど、ここが通路の為にメイちゃんとその相手をしてるスケルトン軍団に阻まれてこっちまで来れないみたいだった。
あたしはメイちゃんの後ろまで駆け寄ると、メイちゃんに声を掛けて手近なスケルトンに切りつけた。
「メイちゃん! “襲撃その5”で行くよ! 魔力弾が無いから何か魔法でお願い!!」
メイちゃんは肯きながら、更に激しく槍を突き出して正面の壁を薄くしてくれた。 あたしはその間隙を付いてインベントリから取り出したポーションを前面のスケルトン達に叩き付けた。
ポーションは前方のスケルトンの兜に当たって割れ、中身の液体を周囲に撒き散らした。 次の瞬間、スケルトン共は、悲鳴を上げる間も無く(喉が無いんだから当然かな?)バラバラになって散らばって行った。
よっし! 思った通り!
あのポーションの中身は、アングラールで手に入れたどんな重症や毒や病気でも一瞬で治してしまうエリクサーだ。
材料だか加工だかの段階で聖なる力で清められる為に、人間ならともかくアンデッドには毒や劇薬の様な働きをする。 以前、興味本位で少し舐めてしまってエラい目にあったので、その効果は身をもって実証済みだ!
ともあれ、あたしはセバスチャンを振るって目の前を塞ぐスケルトンを倒して一気に前方に躍り出た。
次いで殺到してくるゾンビ軍団を迎え撃つ為にセバスチャンを最大まで延ばして……そこであたしは気が付いてしまった。
そのゾンビが冒険者や聖騎士の成れの果てである事に……
多分、この宮殿にダグウェルの討伐にやって来た人達だろう……ゾンビやスケルトン等のアンデッドは只のモンスターじゃない、元は同じ人間である事がほとんどだ。
まして、あたしみたいに生前の姿を多く残した死にたてのゾンビって言うのは、元は同じ人間だった事を連想してしまい、腐敗の進んだゾンビよりも何かこう……複雑な感情を思い起こさせる。
一瞬だけ、一瞬だけあたしはセバスチャンを振るう事を躊躇した。 でも、思い直してセバスチャンを握り直して先頭のゾンビの胴を一閃で両断した。
ごめんね……せめて敵は討つから許して。
あたしはゾンビを次々に倒しながら、血路を開いていく。 ようやくローゼスの姿が見えたところであたしはメイちゃんに合図を送った。
「メイちゃん! 今!!」
たちまちあたしを中心に何かの魔法が炸裂して、残りのゾンビが一掃される。 耐魔法結界でダメージを受けないあたしは、セバスチャンを短剣サイズに縮めて一気に突っ込んで行く。
あたしの後ろからメイちゃんの魔法の火球があたしを追い越してローゼスに炸裂する。 でも、奴も結界の魔法を張っていたみたいで、火球は奴の手前で見えない壁に遮られて爆発して消えた。
「フフフフ、ムダですよ。 耐魔法結界は別に貴女方だけの技では……ぎゃあああああああああああ!!?」
あたしは火球の爆風が消えない内に、ローゼスに向かって全力でエリクサーのポーションを投げつけてやった。 それは見事に結界に護られてる為に油断して、余裕でカッコを付けてるローゼスの顔面に見事に命中した。
ザビーネがダーツを使ってセバスチャンの結界を破った事にヒントを得て、とっさに思いついた手段だったけど、どうやら上手く行ったみたいだ。
「ぎゃああああああああああ!! 顔が、顔があああああああ!!」
両手で顔を押さえるローゼスの懐に入り込んで、腹に思いっきり短剣状のセバスチャンを突き刺した。 だも相手は不死身に近い再生能力を持つ吸血鬼、これくらいで死ぬワケがない。
「ぐぼっ!」
ローゼスは血反吐を吐いて身体を折り曲げ、反射的にあたしに手を伸ばそうと顔から手を離した。 どうやらその自慢の牙であたしに噛み付く気らしい。
「腐った血はキライじゃなかった?」
あたしはセバスチャンを握ってない方の手で、ローゼスの大きく開けた口にエリクサーのポーションを丸ごと突っ込んでやる。 そして、手の平の付け根で思いっきりアゴをブッ叩いて口の中でポーションを砕いてやった。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
ローゼスは顔面をドロドロに溶かしながら悶絶して床に倒れて動かなくなる。 思ったとおり、効果はテキメンだ。
その身体はまた細かく砕けて灰みたいになり、離れたところへ漂って元の姿に戻る。 でも、胸を押さえて立つ姿を見ると、かなり消耗はしてるみたいだった。
「や……やりますね。 ですがここからが本番ンンン!?」
ヨロヨロになりながらもカッコを付けるローゼスの腹に、いきなり瘴気の槍が突き刺さって奴は再び床に昏倒する。
そこへ、全ての敵を倒したメイちゃんが高速でローゼスに駆け寄って、起き上がった奴に猛烈なパンチのラッシュを浴びせかけた。
ガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャガシャ!!
高速で面当てを鳴らしながらその音に合わせる様にパンチを連打して、その勢いで最早抵抗も出来ないローゼスの身体が宙に浮き始めた。
そこへトドメの一撃が顔面に炸裂して、ボロクズみたいになったローゼスは吹き飛んだ勢いで壁に叩きつけられ、衝撃で崩れた石壁に押し潰されて完全に動きを止めた。
それでも怒りが収まらないのかローゼスに向かって突進するメイちゃんに、流石に怖くなったあたしは慌ててメイちゃんを押し留めた。
「すとっぷ! すとーーーっぷ!! もう十分だから、落ち着いてメイちゃん!」
しかし勢いは全然止まらずにあたしもジリジリと後ろに押されて行く。
「だいじょうぶ! リボンなら予備が有るから! 落ち着いてメイちゃん!!」
その言葉が響いたのか、メイちゃんはスッと憑き物が取れたかの様に大人しくなった。
ふぅ、怒ったメイちゃんがこんなに怖かったなんて……ともあれ、まずはローゼスの始末だ。 あたし達は崩れた壁に近付いていった。
ローゼスの身体はまたも灰状になっていたけど、そこで力尽きたみたいで再生することも逃げる事も出来ないみたいだった。
また再生しない内にトドメと行こうか。 あたしは灰の上から聖水代わりに、エリクサー(お徳用十人分)を一瓶まるごと振りかけてやって、灰を丸ごと消滅させた。




