不死の軍団と怒りの幽甲冑
「おや、魔剣など構えてひょっとして怒ったのですか? 私はただ事実を言っただけなのですがね。 気付いて無いでしょうが、貴女かなり死臭がキツい……ぶべらっ!?」
ローゼスに最後まで嫌味を言わせる時間を与えずに、あたしは一気にダッシュして奴の美形顔に思いっきり楯を叩き込んだ。
この迷宮に入る前の美形に弱かった頃のあたしなら、敵とは言えども顔に攻撃するのは躊躇っただろう。
でも、ジャスティン一味に始まり、ダグウェルやらニコラスやら今回のコイツと言い、出会うイケメンにロクなのが居なかったせいか、今のあたしはすっかり美形不信になっていた。
「な!? ローゼス様に何を!?」
「不潔なゾンビ風情が生意気な!」
ローゼスの両脇にいた闇妖精(コイツらもそれなりの美形)が悪態を吐きながら弓を剣に持ち替えようとしてたが、最早遅い。
すぐにダッシュしてきたメイちゃんが、片方の闇妖精に重量の乗った蹴りを腹に叩き込んで沈黙させるのと同時に、あたしもセバスチャンの一閃で残ったほうを斬り捨てた。
「フッ、中々やりますね。 ですが私も吸血鬼の端くれ、そう簡単には……ブフォッ!?」
口元の血を拭いながら起き上がるローゼスの顔に、今度は蹴りを思いっきり叩き込んで再び昏倒させた隙を突いて、あたしのセバスチャンとメイちゃんの前蹴りの連発で完全に動かなくなるまでボコボコにしてやった。
ちょっと人様にはお見せ出来ない状態になったローゼスの死体から、あたし達は油断せずに慎重に距離を取った。 ここまで念入りに切り刻むのは流石にやりすぎだと言う人もいると思う。
ただ、相手は神話からお伽噺に至るまでその不死を特筆された吸血鬼だ。 この程度の攻撃で完全に殺せるとは思っていない。
案の定、ローゼスの死体は灰みたいな粉になって崩れ落ちたと思ったら、風も無いのにあたし達から離れた場所に飛ぶ様に移動して人型を取ったかと思うと、また元通りのローゼスの姿に戻った。
余裕の笑みさえ浮かべているその姿には、キズ一つ付いていない……身体はともかく、着ているスーツまで再生しているのは納得できなかったけど、まぁそう言うものなのだろう。
「ゾンビや幽甲冑相手に思わぬ不覚を取ってしまいました。 ですが、先程言った様に私も吸血鬼、貴女方のような格下のアンデッドと違う所をお見せしましょう」
ローゼスがそう言うや否や、床に倒れていた二体の闇妖精の死体がゆっくりと起き上がった。 言うまでも無く同類みたいだ。
そして、ローゼスの背後の通路から無数の足音と鎧の音が鳴り響いたと思うと、完全武装した骸骨の軍団がこっちに向かって殺到してくるのが見えた。
「まずいですな、あの吸血鬼は操霊術師の様で御座います。 吸血鬼の不死性と併せて、かなり面倒な相手ですな。」
げげ! 今までの相手には多少力や数の上で不利でも戦ってこれたのは、セバスチャンの力もさることながら、あたしとメイちゃんとアーちゃんのアンデッド故の耐久力と闇の瘴気による再生能力で無茶が効いたのが大きい。
それが相手が同じアンデッドなら、その辺の条件がほぼ同じになってしまう。 むしろ、数が少ないだけこっちのが不利かもしれなかった。
「形成逆転ですね。 流石の貴女方でも、強化型のゾンビとスケルトンの軍団を相手に今までの様な戦いは出来ないでしょう。 さて、この後は勇者の捕獲の任務も控えていますし、ここは手早く始末を付けさせて戴きましょう」
ローゼスの合図と共に、アンデッドの軍団が一斉に襲い掛かってきた。 あたし達も覚悟を決めて殺到する軍団を迎え撃った。 あたしは楯を生かしてアンデッドの殺到を押し返しながら、刀身を短めにしたセバスチャンでスケルトンを各個撃破していく。
そして、先の触手との戦いで得意の槍を失ったメイちゃんは、格闘で同じように目の前の敵を倒していく。 通路での戦闘なので、数で完全に劣るこっちが包囲される事は無いものの、こちらも大量に敵を倒す手段がない為に軍団を一気に殲滅する事も軍団の後方にいるローゼスに辿り着く事も出来ず、逆に物量で圧倒されて 宝物庫の扉までじわじわと追い詰められていった。
「くっ!」
かなりの時間を掛けて粘っては見たものの、結局数に押し切られる形であたしは扉を背にする形で完全に追い詰められた。
アンデッドの群れに遮断される形でメイちゃんとも離れてしまい、連携の取り様も無い。 倒しても倒しても通路の向こうから幾らでもスケルトンが押し寄せてくるし、あれ? ひょっとしてコレって詰んでる?
「随分と悪あがきを見せてくれましたが、そろそろ終わりの様ですね。 今、降伏するなら自我を抜いて私の軍団の配下になる事で許してあげてもいいですよ?」
「それって、死んだも同然じゃない! お断りよ!!」
「そうですか? なら、そろそろトドメと行きましょうか」
え? と思う間も無く、あたしの額に矢が突き刺さった。 軍団の後方にいる闇妖精のゾンビが正確にあたしに狙撃をしてきたんだ。
体勢を立て直すヒマも無く、無数のスケルトンの攻撃が殺到してくる。 これまでなら回避するか切り払うかすれば対応できた攻撃なのに、頭に矢が刺さったのがいけないのか身体が思うように動かない。
たちまち身体中に剣や槍の攻撃を受けて、あたしの身体は背後の扉に縫い付けられた格好になってしまった。
アーちゃんの防御力と瘴気のお陰で、致命傷(ゾンビが使うのは可笑しい言葉かな?)は避けられたものの、鎧の隙間に入った幾つかの槍のせいで身体がまったく動かせない。
「手間取らせてくれましたが、ここまでの様ですね。 時間も押しているし、そろそろ死んでください」
ローゼスの言葉に反応してメイちゃんがあたしの方に助けに入ろうとするけど、軍団に遮られているので中々辿り着けない。
そんなメイちゃんを見て、ローゼスは酷薄な笑みを浮かべると指先からメイちゃんに向けて魔電光を放った。 それはメイちゃんの頭を掠めて、兜の角とそこに結んでいたあたしとお揃いのリボンを消し飛ばした。
「無駄な抵抗は止めなさい。 そのゾンビの始末が済んだら、貴女の自我を消滅させてただの幽甲冑に戻してあげますから……」
余裕をみせてたローゼスは、メイちゃんの様子がおかしいのに気が付いておしゃべりを止めた。
兜の角とリボンを吹き飛ばされたメイちゃんは、しばらく呆然とした様に動きを止めていたけど、すぐに身体をガチガチと細かく震わせ始めた。 そして……
ガシャシャシャシャシャ!!
もの凄い勢いで兜の面当てを振動させ始めた。 それは、あたしにはまるで怒りの雄叫びみたいに聞こえた。
次の瞬間、メイちゃんの全身から膨大な闇の瘴気が噴き出して瞬く間に全身を覆ったかと思うと、また高速で兜の面当てを振動させた。
すると、メイちゃんの周囲に炎の竜巻が発生して、彼女の周囲のアンデッドが瞬く間に粉々に吹き飛ばされて一掃された。
「今のは暴炎嵐の呪文!? あの幽甲冑は無詠唱で魔法が使えるのか!?」
ローゼスは先程の余裕を失って、残りのアンデッドを全てメイちゃんに殺到させた。
一方のメイちゃんは全く臆する事無く、右手を前に突き出して何かを握る仕草をした。 するとその手に闇の瘴気が見る見る集まって凝縮し、黒い槍の形を取った。




