逆転不発と絶体絶命
「で? ユーちゃ……勇者はともかく、あたしを生かしといたワケは?」
あたしは沸き上がる嫌悪を隠しもせずに、それでもニコラスに質問した。 ヤツは初めて会った時の様な人の良さそうな笑みを浮かべながら、それでも目に冷酷な視線を込めて質問に答えた。
「ゾンビが自分を“生かしとく”って言うのは、中々に滑稽な言い回しですね。 ともあれ、大筋に影響は無かったとは言え、それでも計画を妨害して私の立場を危うくしてくれた貴女にタップリとお礼をして差し上げたくて……ね」
そう言うと、今まであたしを拘束してるだけだった触手が、いきなりあたしの胸を弄り始めた。
「ちょ!? やめてよ!」
「まぁ、貴方で遊ぶのは勇者の後ですがね。 前にも言った様に、私は死体とヤッた事は何度かありますがゾンビとは初めてなんですよ。 多少乱暴に扱っても平気でしょうから、色々な凝った遊び方を今から考えておきましょう。 計画が完了した後が楽しみですよ、うふふふふふふふふふふ」
「そんなに上手く行くと思ってるの?」
ニコラスはあたしの挑発に乗って笑うのを止めた。 そして、触手にあたしの胸を弄らせるのを止めさせると、ダグウェルの死体から降りてこっちへ向かってきた。
「思ってますが、何か? 目障りなダグウェルは始末したし、勇者とオマケの腐れゾンビ女は手中にある。 偽装魔人の工作で、地上からの増援は来ない。 何か問題でも?」
「ぐぬぬ……何か無いの? セバスチャン!!」
悔しいけど、何も問題は無い気がする。 でも、論破されるのもシャクなので、あたしは手にしたまま動かせない魔剣に話を振った。
「……人界側はともかく、魔界側が人間の魔王の即位を認めますかな? この迷宮にはダグウェルだけでなく、ラードゥやヨブ等の他の魔貴族もおりました。 結果的にそれらを排除して魔王を名乗った所で“人間風情”が魔貴族を謀殺して魔王を名乗れば、魔族その物の沽券に関わる事態。 必ずや魔界の総力を上げて潰しに掛かるでしょう」
「そうだそうだ、セバスチャンの言うとおりだ!」
でも、ニコラスはセバスチャンの言葉を鼻で嗤って反論した。
「ご心配なく。 計画が次の段階に移れば、例え人界と魔界を纏めて敵に回しても私が負ける事は有り得ません。 どの道、ダグウェル達の保有する戦力などアテにはしていませんでしたし、何より……」
ニコラスは、あたしを好色と殺意が入り混じった視線で見ながら続けた。
「人族であれ魔族であれ、私は生きてる奴は信用できないんです。 あと自我が強い奴もね。 ここからは私とザビーネだけでも事足ります。 私が世界を制した後の生者の価値など、慰み者のオモチャでしか有りません」
「……アンタ、本当に腐り果てたヤツね」
「貴女よりは腐っていませんよ、ゾンビ女。 では、そろそろ時間も押してますし、お喋りはこの辺で終わりにしましょう」
「え!? あ……いや、ちょっと待って!!」
「まだ何か?」
「えーと……あ、好きな食べ物とかある?」
「……茹でたソーセージですかね。 特に人間かエルフの処女で作ったブラッドソーセージが最上ですが、何でそんな事を聞くんです? 今更こんな時間稼ぎに意味が有るとも思えませんが?」
そうでもない。 こうしている時間を稼いでいる間にも、メイちゃんが触手に絡まれながらも持ち前の怪力で少しずつあたしに近付いていた。 そして遂に、メイちゃんの持っている槍があたしのセバスチャンを持ってない方の手に触れた。
破邪閃光の槍……アングラールから持ってきた対アンデッド用の魔法武器。 一回だけ広範囲のアンデッドに効果を及ぼす破邪閃光の魔法の効果が使用出来る。
この触手は見るからに闇属性、アンデッドでは無いが光の攻撃魔法なら効果はあるはず。 もちろんモロにアンデッドである自分達も無事では済まないけど、魔力弾も尽きた今となっては他に逆転の手段も思いつかない。 もはや、この無謀な賭けに乗るしか道は無かった。
槍の所有者であるメイちゃんは、口が無いから魔法を発動するワードが唱えられない。 あたしは字が読めないから、やはりワードの魔法文字も読めない……けど、意味が判らなくてもこのワードの読み方は前にセバスチャンから聞いていたのだった。 あたしは槍の柄をしっかりと握りしめて、槍の穂先に刻まれたワードを唱えた。
「破邪閃光!!」
唱えるのと同時に、あたしとメイちゃんは自ら触手の群れの中に身を沈めた。 こいつら自体が魔法の威力からの楯になる事を期待したからだ。
槍の穂先が音を立てて砕け散り、そこから聖光爆発を遥かに上回る白い爆発が巻き起こった。 全身を焼かれる感触と同時に、全身に纏わり付く触手の締め付けが無くなるのを感じた。
やったか!?
あたしはゆっくりと目を開けた。 触手は期待通りにあらかた吹き飛んで、あたし達は束縛からは自由になっていた。
でも、あたしとメイちゃんが受けたダメージも相当なモノで、動くのがやっとと言う有様だった。
ユーちゃんは思った通りビキニアーマーのお陰でキズ一つ付いていないけど、触手に全身を弄られて消耗したせいか床に倒れたまま起き上がらない。
その一方でニコラスはキズ一つ負って無く、ザビーネと一緒に勝利の笑いを上げた。
「キャハーーーーー!!! 残念でしたァ! ワタシはそこのボロ魔剣と違って光属性への防御も完璧なんですのォ!」
「まぁ、そう言うわけなんで悪しからず……しかし、まだそんな奥の手を隠していたとは驚きです」
余裕の表情を見せているものの、表面とは裏腹に激怒しているのは目をみれば判った。 マズい! 触手からの脱出には成功したけど、逆転には至らなかったどころか変態の怒りに火を着けてしまったみたいだ。
あたしは慌てて後ろに下がろうとしたけど、まだ身体が思う様に動かない。
「気が変わりました。 まずは貴女を念入りに解体して差し上げましょう。 でないと、また何をしでかすかわかりませんからね」
ニコラスは懐から、見たこと無い形の見るからに凶悪なデザインのナイフを取り出してこっちに向かって来た。 ヤバイ! でも逃げられない! 神様……はアテにならない! なら誰でもいいから助けて!!
あたしが目を閉じて何かに祈ったその時、いきなり広間全体を激しい揺れが襲った。 地震!?
ニコラスにも不測の事態らしくて、ヤツも立っていられなくなって床に膝を着いた。 揺れはますます激しくなり、天井から崩れた石材やテラスが次々に落ちて来た。
まって! 蘇生装置が潰れちゃう!! あたしは這って機械に辿り着こうとしたけど、瓦礫が頭に直撃して昏倒してしまった。
「ここは危険です我が君!」
ザビーネが珍しく緊迫した声でニコラスに警告を発する。
「……恐らく“アレ”の妨害でしょう。 こうなったら計画の第二段階を、今すぐに偽勇者なしで前倒ししなければなりません! ザビーネ、すぐに跳んで下さい!」
「仰せのままに我が君!!」
そう言うなり、ニコラスとザビーネの姿が掻き消えた。 転移を使った様だ。
一先ずこれで助かった……ワケじゃない! あたし達は崩壊する広間に取り残されて身動きが取れないのだ。 何とかしたくても、身体が動かないばかりか意識まで遠のいて来た。
「お嬢様! お嬢様!? どうかお気を確かに!!」
セバスチャンが必死にあたしを呼ぶ声も次第に遠くなり……あたしの意識はそこで途絶えてしまった。
明日(8/10)はお休みします
 




