粛清と戦端
「お願いがあるんだけど」
あたしは、隣り合って聖剣を構えるユーちゃんに小声で囁いた。 ユーちゃんはダグウェルから目線を離さないまま、怪訝な表情であたしに問うた。
「なんですの? 今になって」
「いやさ、あたしは自分が生き返る為にココまで来たワケでさ。 あの機械が壊れると元も子もないって言うか……ダグウェルを倒す協力はするから、あの機械は壊さないで! お願い!」
「ふぅ、仕方ありませんわね。 ですが、ダグウェルはかなり高位の魔貴族、手加減できる相手ではありませんわよ。 アナタは精々ワタクシの足手まといにならない様にお気をつけなさい!」
彼女の高飛車な物言いが戻ってきている。 いい感じだ。
確かに相手が相手だし、最悪の場合、蘇生装置が巻き添えで壊れてしまうかもしれない。 でも、その時はその時だ。 ダグウェルはかなり壮大な陰謀を練っているみたいだし、それが上手く行って帰るべき人界が魔族に征服されてしまったら仮に蘇生が成功しても元も子も無いと言うものだ。 とりあえずダグウェルを倒す事が先決、後の事はその時考えよう。
「もういいかな?」
ダグウェルが余裕を滲ませた態度でこっちに聞いてきた。 確かにコイツは高位の魔貴族かもしれない、でもあたしとメイちゃんとユーちゃんの三人がかりで勝てない相手とも思えない。
それに、アテになるとは思えないけどメイちゃんがニコラスを人質として押さえている。 あまり勇者的な手段ではないけど、人界の命運とあたしの蘇生が掛かっているんだ。 あらゆる手段は打っておくべきだろう。
「随分と余裕ですわね。 この状況でまだ自分が勝てるなどとお思い?」
ユーちゃんも同じ考えだったみたいで、余裕と言った態度でダグウェルを挑発したが、当のダグウェルは全く焦る素振り一つ見せなかった。
「勇者殿、私が今までそこの役立たずが捕らえられ、君がそこのゾンビに助けられるのを黙って見ていたのは、只の余裕の現われだけだと思っていたのかね?」
ダグウェルがそう言うや否や、広間に多数開いている出入り口のアーチから、一斉に魔族の軍勢がなだれ込んで来た。
しまった、援軍が来るまで待っていたのか! あたし達はたちまち周囲を取り囲まれてしまい、あたしはユーちゃんと背中合わせになりながら目で軍勢を品定めした。
大半が闇鬼畜族だが、大牛頭族や闇巨人族等の大型の上位魔族も多数混ざっている。 まずはコイツらを倒さないとダグウェルに辿り着けそうに無い、やっぱり楽は出来ないみたいだった。
「お待ち下さいダグウェル様! 私はどうなるのですか!? 私はまだ戦えます! どうかお慈悲を持って助けて下さいませ!」
その時、メイちゃんに槍を突きつけられたままのニコラスが、床に這いつくばったままダグウェルに助けを求めた。 でも、当のダグウェルはそんなニコラスを鼻で嗤いながら無慈悲な宣告を下した。
「一度だけで無く、二度もゾンビ如きにしてやられる様な役立たずに掛ける慈悲は無い」
「そ、そんな!?」
「生贄の調達や地上の撹乱には役に立ったが、計画が次の段階に入った今となっては、どの道お前は完全に用済みだったのだよ。 せめてもの慈悲だ、苦しまずに死ぬがいい」
そう言うと同時に、ダグウェルが手にした魔杖から強力な魔法の火球がニコラスに襲い掛かり、それは大きな爆発を伴ってメイちゃんごとニコラスを包み込んだ。
「メイちゃん!?」
あたしは思わず大声を上げたが、メイちゃんは火球が直撃する瞬間に大幅に飛び退った為に、最小のダメージで済んだみたいだった。
でも、逃げ遅れたニコラスはモロに火球の爆発に巻き込まれ、焼けたローブの切れ端を残して一瞬で完全に消し飛ばされてしまった。 人質としての価値も無い、魔族に加担したド変態のゲス人間としては相応しい末路だったけど、まったく躊躇の無い呆気ない粛清劇にあたし達は思わず絶句してしまった。
そのスキを突いて、魔族の軍勢が一斉に突撃してきた。 あたしはメイちゃんと合流して、殺到する魔族の半分を迎え撃った。
軍勢のもう半分はユーちゃんに受け持って貰う。 彼女は勇者だから強力な魔法が使えるので、それぐらいは引き受けてもらって大丈夫だろう。
あたしはとりあえず、アーちゃんに闇の瘴気を集めて貰う。 瘴気によるパワーアップが出来た所で、まずあたしが先陣を切って魔族の群れに単身で飛び込んだ。
たった一人で切り込んできたあたしをカモと見た様で、魔族共は一斉に殺到して来た。 狙い通りだ、あたしは魔力鞄からメデューサの干し首を取り出して、軍勢の鼻先に突きつけてやる。
たちまち軍勢の先頭集団が石化してしまい、後の連中はいきなり現われた石の壁に行く手を阻まれて身動きが取れなくなってしまう。
チャンスだ! あたしは先頭の闇鬼畜族の石像に素早く飛び着くと器用に頭の上に駆け上り、思わずあたしを見上げた第二集団に向かって再び干し首を突きつけた。 ソイツらも、一瞬で石像に変じてしまった。
いける!
あたしは石像群の頭上を軽々と踏んで行って、一気にダグウェルに肉薄する。 そして……
「石になれ!」
そのまま一気にダグウェルの鼻先に干し首を突きつけてやった。




