迷宮を巡る回想
翌日、朝早く目覚めたあたしは朝食もそこそこに身支度を済ませて、迎えにきたジャスティン達と合流した。
三人の格好は昨日と大して変わらなかったけど、色んなアイテムが入っているであろうバックパックやポーチを身につけていた。
「お早う、シネルちゃん! 良く眠れたかい?」
アクセルの言葉にあたしは元気良く頷いた。昨日のお酒は全く残ってない、コレも若さの賜物だ。
「よし、じゃあ早いとこ出発しよう。他の奴等に先を越されたくない」
ジャスティンはそう言いながら宿を出て、二人もそれに続く。あたしは慌てて皆の後を追った。
さあ、いよいよ初めての冒険だ! ……この時のあたしは期待で胸が一杯で、不安なんて全くなかった。頼れる先輩冒険者が三人もいたしね。
あたしたちは街を出て一刻も歩かない内に、ゴツゴツした岩と崩れた石柱の並ぶ渓谷に辿り付いた。
岩肌の所々に大きな石造りのアーチを持った入り口がぽっかりと口を開け、その前には2~3人の兵士が立っていた。
「なんか沢山あるけど、これ全部迷宮の入り口?」
キョロキョロしながら質問するあたしにニコラスが笑いながら答える。
「ええ、全部がそうです。 アリ塚みたいな物で、入り口は沢山あっても結局は奥のほうで繋がっています」
「へぇ(アリヅカって何だろ?)」
「中にはどこにも繋がって無い“ハズレ”の入り口や、それ自体が罠のダミーの入り口も混ざってますけどね」
ニコラスの説明を受けながら、あたしたちは渓谷の奥の方にある入り口の一つにの前に立った。
ジャスティン達は入り口の兵士にドッグタグを見せて、中に入る許可を得た。あたしもそれに習ってドッグタグを兵士に見せて後に続いて、いよいよ迷宮の中に入る。
「兵士達は迷宮からモンスターが出てこない様に見張ってるのと、無許可の素人が迷宮に入るのを防ぐのが仕事なんだ。 で、こっから先が俺たち冒険者の領分だな」
アクセルが松明に火を点けながら説明する。
しばらくして松明が燃え上がり、明かりを頼りにあたしたちは迷宮の通路を進む。 ひんやりとした通路は飾り気のないシンプルな石組みで、あたし達の足音とアクセルの鎧の音だけが通路に響いていた。
途中に幾つかの開けっ放しの扉があったけど、皆はそれに目もくれずに先に向かう。
やがて、大き目の部屋に着いた。 何かの骨が床に散らばってて、部屋の隅には開けっ放しの宝箱が転がっていた。
「この辺りは、もう探り尽くされてます。 もうちょっと奥へ行かないと財宝もアイテムも無いでしょうね」
「ふぅん」
あたしたちは更に先へ進んだ。 やがて最初の松明が消えかかり、新しい松明が灯される。
そうとう歩いたのに迷宮はまだまだ広がっていた。
「ねぇ、この迷宮ってどのくらい広がってるの?」
「わからん」
あたしの質問にジャスティンが身もフタも無い答えを返してきた。 ニコラスが苦笑しながら説明してくれる。
「実際判らないんです……何せこの迷宮は今も広がり続けてますから」
「どう言う事?」
ニコラスの説明によると、ここは数百年前にある魔王によって築かれた地下迷宮だった。
その魔王は光を嫌う闇精族の出であったので、地下に領土を広げていたと言う。 だけど魔王はイセカイとか言う遠い遠い所から来た勇者によって倒されて、迷宮はその後放置されていたそうだ。
「でも数年前からこの迷宮から沢山のモンスターが現れるようになり、冒険者達が迷宮に入って調べてみた所、勇者が魔王を倒した迷宮の最深部、魔王の地下宮殿よりも更に奥に迷宮が広がってるのが発見されたんです」
そこで見つけた資料によると、魔王は迷宮を建造するに当たり“古代魔法黄金時代”の魔法機械“自動迷宮造成機”とか言う物に手を加えて使用して、労せずに広大な迷宮を築いていた。
勇者が魔王を倒した際にそれは見落とされ、今に至る数百年の間に人知れず迷宮は拡大してた……と言う事らしい。
で、お国がその機械の破壊を試みたものの、そいつは迷宮の拡張と共に場所を変えているらしく、今となっては迷宮の何処に在るのかも判らないのだと言う。
「そこで、国王は冒険者ギルドに自動迷宮造成機の破壊を依頼しました。 成功すれば、莫大な報酬と爵位と領地が約束されています」
「なるほど」
ニコラスの説明が終わってあたしは溜め息をついた。
何とも大変な話だ。 でも成功すれば名実共に本物のお嬢様になれる! あたしはそんな能天気な想像を巡らせていたけど、いきなりみんなが立ち止まって武器を構えたので、あたしも慌てて短剣を構えた。
「さあ、本日最初のお客さんだ! シネルちゃんは後ろに下がってな。 今日は俺達が手本を見せてやるよ!」
アクセルはあたしにそう言うと、斧を振り上げて仲間と一緒に小鬼族の群れに突っ込んで行った。
三人はあたしの思った以上の実力だった。 ジャスティンとアクセルが小鬼族の群れを簡単に蹴散らしたのを皮切りに、鬼畜族やゾンビや化け茸を物ともせずに倒していった。
途中で見つけた宝箱の鍵や罠はニコラスが器用に解除していく。 たちまちバックパックは宝物やアイテムで一杯になった。
あたしはと言えば、どうにか足手まといにならない様にするのが精一杯だった。
あたしに取ってモンスターって言うのは、従兄妹が持ってた絵本の中でしか見たことの無い存在だったけど、初めて見るモンスターはとても荒々しくて怖かった。
中でも最悪なのがゾンビだった。
死んでも怨念に囚われて動く腐乱死体はとっても不気味で、それでいてどこか哀れで、あたしは死んでもゾンビにだけは為りたくない……なんて思ってたっけ。
「今日はまだ余裕があるな。 少し下に降りて先を調べてみよう」
ジャスティンがそう言いながらある金属の扉の前で何か銀色のカードをかざすと、扉が独りでに音も無く開いて小さな部屋が現れた。
十人も入れないような小部屋に皆が入り込んでいく。 まごついてる私にアクセルが早く入れと手招きをするので、慌ててあたしも入り込んだ。
すると扉がまた閉まり、なんだか体が浮き上がる様な変な感覚を覚えて戸惑ったけど、皆は平然としているのであたしも黙って平然を装った。
チン
ベルの音がして扉が開くと、ジャスティンが降りるように促したので部屋から出た。
すると、小部屋に入る前は単純な石組みの通路だったのに、目の前にはさっきとは違う広い部屋が広がっていた。
壁にはおどろおどろしい地獄絵図がレリーフで刻まれていて、対面の壁にある幾つかのアーチは不気味な怪物の顔をかたどっていた。
「今の部屋はエレベーターと言って、階の上下を移動出来る便利な機械なんです。 さっきのカードで使用出来ますが、上位のモンスターから奪って入手しなければなりません。 ……原則的にはね」
戸惑うあたしにニコラスが説明してくれた。
なんだかよく解らないけど、さっきとは違う場所なのは理解出来た。
「さっきと違って、不気味なところね」
精一杯の虚勢を張ってそう言ったあたしに、ジャスティンが笑って答える。
「ここでは、下に降りるほど虚仮威しの装飾が増えるんだ。 で、この辺りまで来ると色々ヤバイモンスターが多いから、ベテランの冒険者でも滅多に来ることは無い。 ……だからここで何が起ころうと、地上に気づかれる事も無い」
「えっ?」
ジャスティンの台詞の意味を理解する暇も無く、あたしはいきなり背後から誰かに羽交い絞めにされて、身動きが取れなくなった。
「ちょっ! 冗談は止めてよ!!」
あたしは羽交い絞めから逃れようとしたけど、ビクともしない。
必死であがくあたしの耳元で上がった笑い声は、間違いなくアクセルのモノだった。
「痛い目に遭いたくなかったら大人しくして下さい」
ダメ押しにニコラスがいつもの柔和な笑顔のまま、あたしの喉元に短剣を突きつけた。
殺気に呑まれて、あたしは暴れるのを止めた。
「久しぶりに上手く行ったな、どうにか今月のノルマは達成出来そうだ。 こんなチョロイ奴ばっかりなら、もっとスムーズに行くんだけどな」
ジャスティンはそう言いながら、今までに見たこともない邪悪な笑みを浮かべた。
……こうしてジャスティン達……アイツらは、あたしの前で自分たちの下衆な本性を見せたのだった。