真相への抜け道と不安の的中
磔、火炙り、串刺し、水責め、皮剥ぎ、鋸引き、えーと……それから……
部屋の中は拷問と処刑の一大展覧会と言った有様だった。 最初は惨たらしさと恐ろしさに震えていたけど、これだけ一度に見せられるといい加減に感覚がマヒしてしまう。
慣れたくは無いけどココから声が聞こえたのは確かで、空耳じゃ無いならどこかにまだ生き残りがいるのかもしれない。 あたしは一縷の望みを胸に拷問部屋を探ったけど、あるのは乾いたドス黒い血に塗れた拷問器具と、無残な拷問の跡を曝したミイラだけだ。
やっぱり空耳かもしれないと思い、通路に戻ろうとした時……
「まって……」
また声が聞こえた。 今度はメイちゃんにも聞こえたらしく、ガチャリと驚いて身体を揺らした。
「生者の声では無さそうですな。 悪霊の類かもしれません、ご注意を」
セバスチャンにも聞こえたらしく、あたしに警告をよこして来た。
あたしは肯いてセバスチャンを構えて部屋の奥へと進んだ。 部屋は結構奥行きが有るみたいで、奥の方から濃い闇の瘴気が流れ込んで来る。
程無くして部屋の突き当たりまで行き当たり、そこで瘴気の発生源と思われる死体の山を見つけた。
さっきと同じ様な無残なミイラ死体がゴミみたいに乱雑に山積みにされていて、下の方の死体は一部が白骨化している。 立ち込める腐臭に思わず吐きそうになったけど、幸い胃の中はずっと空なので思いっきり餌付くだけで済んだ。
「行き止まり……だよね? 霊が居たとして、コレを見せたかったのかな?」
「わかりません」
その時、死体の山の一部がズルッっと音を立てて崩れ、あたし達は慌てて戦闘体勢を取ったが、それ以上は何も起こらなかった。
偶然かな? あたしは山の崩れたあたりの死体を目で探って……思わず声を上げそうになった。
「どうなさいました? お嬢様」
「う……ううん、何でもない」
あたしは頭を振って自分の考えを否定した。 だって、そんな事があるワケが無いんだから。
うん、そうだ。 この死体は他人の空似に違いない。 だって、彼女が生きてる姿は実際に目にしてたんだし、長いこと会話もした。 それにミイラ化してるから人相も変わるかもしれないし、実際に彼女に会ったのはかなり前のコトだから、印象も違って見える。 うん、人違いだ。
でも……この髪型とメガネって……
恐ろしい考えが頭の中で形になり始めていた。 それは、蘇生施設に関する不安とは別の考え……
でも、あたしの腐りかけの頭じゃ、その考えがハッキリ形にならなかった。 でも、何か凄くイヤな予感がする。 考えすぎかもしれない、たまたま見覚えの有る様な死体が一つあっただけで、発想が飛躍しすぎてると思う。 でもさっきの女の声って……
「……様? お嬢様? 如何なさいました?」
「えっ!? あ……何、セバスチャン?」
いけないいけない。 考え事に熱中するあまり、自分の世界に入り込みすぎたみたいだ。 メイちゃんが心配そうにあたしの顔を覗き込んでいる。
「い、いや何でもないよ? それよりも何?」
「死体の山の向こうをご覧下さい。 ただ今メイちゃん様が発見致しました」
死体の山の影になっていて指摘されるまで気が付かなかったけど、石壁に人が入れる位の裂け目が入っていた。 それは先のアングラールへと通じていた小道を思い出させた。
じゃあ、これもどこかに通じているんだろうか? あたしはセバスチャンに聞いて見た。
「奥から風と瘴気が伝わって来ますからには、恐らくはどこかに通じている物と思われます。 わざわざ裂け目の形に通路の入り口を作るとは考えにくいですし、これも自動迷宮造成機による作用の一つかと……」
うーん……確かにそうかもしれない。 でも、一刻を争う現状で寄り道をしてるヒマは無さそうだし……
「こっちだ……」
その時、裂け目の奥から瘴気に乗って微かに男の声が聞こえた。
次の瞬間、あたしは裂け目に飛び込んで先へと続く通路へと駆け出した。 何故なら、今の男の声にも聞き覚えが有ったからだ。
「お嬢様、いくら何でも無謀に過ぎますぞ!?」
セバスチャンが慌てて警告を発したが、あたしは意にも介さずに通路を進む。 後からメイちゃんがガチャガチャと追いかけて来る。
通路は急に下りに変わるが、基本的には一本道で迷うことは無い。 辛うじて段状になっている岩肌を、あたしは一気に駆け下りた。
身体の重いメイちゃんが遅れを取っているけど、なぜか先を急がなければいけない気がした。 さっきの女の人の死体がここに有ってはならない様に、今の声もここで聞こえてはならない類のモノだ。
それが今、ここで聞こえて来たと言うコトは……
考えが纏まる前に、唐突に床や壁が人工物に変わった。 どうやらこの抜け道は下のフロアに通じていたらしい。 あたしが出てきたのは上階と似た様な通路のど真ん中で、左右に道が延びている。
さっきと違うのは、左右に等間隔に並ぶのが鉄扉では無くて鉄格子だと言う事。 どうやら、ここは地下牢の様だった。
通路に明かりは無く、埃っぽい空気がここがしばらく使われて無いコトを示していた。 物音一つしない中であたしは目を閉じて耳を澄ませた。
「ここだ」
目の前の鉄格子から声が聞こえて来た。 あたしは牢の鉄格子に近付いて中に目を凝らした。
牢屋はかなり狭く、目の前にすぐ突き当たりの壁が見えた。 そして、そこに手鎖で壁に縛り付けられたミイラ化した死体を見つけた。
「お嬢様……これは」
セバスチャンが珍しく絶句した。 後からようやく追い着いたメイちゃんも、牢の中を見て驚いたのか肩の装甲をガチャンと震わせた。
ああ……悪い考えが一層ハッキリした形になってきた。 死体は拷問の跡が無い分、ミイラ化しているとは言え生前の顔がハッキリと想像出来る。 その顔とさっきから聞こえてきた声の主がピッタリと一致した。
「セバスチャン、どう思う?」
「……恐らく死後一年は経過している物と思われます。 なら、我々が会ったあの男は……」
「……急ごう。 コレはもう、あたしだけの問題じゃ無い」
「畏まりました。 しかし、どちらへ向かえば良いか……正直私はこの様な地下牢が存在するとは存じませんでしたので」
「いや、ゴールへの抜け道は多分アレだと思う」
あたしはミイラのある鉄格子から少し離れた所にある壁の裂け目を指差した。
「いつの間に……いやしかし、これは出来すぎている気がします。 我々を誘い込むワナかもしれません」
そうかもしれない。 でも、あたしにはさっきからの抜け道は、あたし達が真相にたどり着く為に何者かが用意してくれてる様に思えて仕方が無かった。 ……誰かは判らないけど。
とりあえず、行ける所まで行く事にした。 メイちゃんを先頭にして、狭い通路を慎重に進む。
さっきよりは傾斜はなだらかだけど、下り坂になっている通路をしばらく降りて行く。 やがて行く手に白い光が見えた。
何かが呻る様な大きな音と、呪文の様な声が聞こえて来る。 あたし達は武器を構えてゆっくりと通路の出口から中を伺った。
そこは、あたしが始めてセバスチャンに会ったドーム(封印の間)よりも大きなドーム状の広間だった。
あたし達が出てきたのは、壁の中腹くらいにある小さなテラスと言うかバルコニーで、見ると周辺の壁には似た様なバルコニーが幾つか見えた。
バルコニーの壁に近付いて、そっと下を見下ろしてみる。 円形の広間の真ん中には、小屋ほどもある大きな機械が不気味な呻り声を発している。
その機械から幾つもの金属の管が隣接する棺みたいな箱に繋がっていて、その棺の前には何人かの人物が何かの呪文を唱えている。
その筆頭に立つ人物は、距離が離れていてもハッキリと誰かが判った。
「ダグウェル……」
そこにいたのは、あの魔貴族ダグウェルだった。 手にはあのザビーネとか言う魔杖を手にしている。 あとの人物は、黒いフード付きのローブを着込んでいて何者かも判らない。
「ねぇ、セバスチャン。 あの機械がもしかして……」
「左様で御座います。 あれが目的の蘇生設備で御座います」
やっぱり……どうやら、あたしが心配していた蘇生設備に関する不安は的中したみたいだ。
魔族連中がここで蘇生設備を作動させているとすれば、おのずと目的は判って来る。 判断材料は少ないが断言してもいいと思う。
つまり……アイツらは昔の迷宮の主である魔王を復活させようとしているのだ。




