殺意と食欲
「他にお役立ち情報とかは無い?」
あたしは女勇者ユーファリアが聖剣を構えて距離を詰めて来るのを見ながら、セバスチャンに聞いた。
「残念ながら、サンドルマの血統の勇者が表舞台に出てきたのは恐らく今回が初めてです。 ですから数ある勇者の血統の中でも特にデータが不足しております。 正直、既に断絶している物と……」
「大きなお世話ですわ!!」
セバスチャンの言葉を耳ざとく聞きつけたらしいユーファリアは、怒りの形相もあらわに魔斬破を連射して来た。 どうやら、お家の事も逆鱗の一つらしい。
魔斬波は尽く耐魔法結界に防がれたが、コレはおそらく目くらましだ。 あたしはメイちゃんに目で合図して瞬時に左右に散った。
その瞬間、ユーファリアが今まであたしが立っていた場所に全力で斬りつけていた。 あとちょっと遅かったら真っ二つにされていたかも……
ともあれ、彼女の剣が空を切ったスキを見逃さず、あたしとメイちゃんは同時に攻撃を仕掛けた。 彼女に限っては、手加減がどうの人間だからどうのとは言っていられない。 全力で掛からないと、多分こっちがやられてしまう。
あたしとメイちゃんは同時にセバスチャンと槍を素早く繰り出したモノの、彼女は余裕さえ見える動きでその攻撃を尽くかわすか剣で受け流した。
「退屈な動きですわね、ダンスの方がまだ運動になりましてよ」
そう言うと彼女はあたしの斬撃を高く跳躍してかわし、同時に繰り出されたメイちゃんの槍の上に軽々と乗ってみせた。
驚くヒマを与えずに彼女は槍の上から更に跳躍してみせる。 そしてガラ開きのメイちゃんの頭上に……
あぶない!
あたしも高く跳躍して、彼女に体当たりして同時に地面に落ちた。 次の瞬間、そのままスキを突かれない様に両者とも素早く飛び起きて距離を取った。
身体能力は同じ……いや、新鮮な身体を持っている分、彼女のが有利か。 鎧の重量もあって、素早さは彼女のが上。
こっちが勝ってるのは、多分パワーと防御力か。 あと、こっちが有利に戦える条件と言えば……そうだ!
「アーちゃん! 思いっきり瘴気を集めて!」
「ウゥウゥゥォォォオオオオオオオォォォオオオォォォンンンン!!!」
あたしはアーちゃんに闇の瘴気を全力で集めて貰って、全身に纏った。 さっきのヨブとの戦いを見る限り、彼女の鎧はかなりの防御力を持つ一方で、光のオーラを集めたり纏ったりは出来ないみたいだった。
つまり、あたしみたいに瘴気を纏って体力やキズの回復は出来ないと言う事! これで持久戦に持ち込めば!
「下らないですわ!」
彼女はあたしの考えを見透かしたかの様に不敵に笑うと、頭上に剣をかざして目を閉じた。
次の瞬間、刀身から眩い純白の光が迸り、周囲から闇の瘴気を完全に消し飛ばして広間の空間を清浄な空気に塗り替えた。
くそ! 聖剣イーブルバスターの名は伊達じゃ無いってコトか!! ってか、清浄な空気に当てられて若干苦しい。 瘴気で回復を図る一方で、自分達の回復を高める作戦が裏目に出た感じだ。
とは言え、間髪入れずに仕掛けないと彼女に付け入るスキを与えてしまう。 あたしはここで一気に勝負に出るコトにした。
「メイちゃん! “奇襲その3”! メインはあたしがやる!!」
あたしの言葉と同時に、メイちゃんが手にした槍を彼女目掛けてブン投げた。 あの槍は人間だったら、筋肉ダルマが両腕でやっと振り回せるくらいの総金属の重い槍だけど、メイちゃんの膂力なら軽く投げ槍代わりに出来る。
「なっ!?」
予期しない攻撃に彼女は剣で頭目掛けて正確に飛んで来た槍を弾く。 だが、その時にはあたしが彼女の目の前に迫って、一瞬出来た胴体のスキを突いて素早い右の正拳突きを繰り出した。
当然、只の素人の素手の突きはビキニアーマーの防御力に阻まれるが、狙いはソコじゃない! あたしの全力の突きで叩き付けた、その拳に握った魔力弾が次の瞬間に爆発を起こして、周囲は爆炎で何も見えなくなった。
勿論、お互いに耐魔力結界がある為に、この爆風は何のダメージにもならない。 でも、これで一瞬のスキが出来た。
「覚悟!!」
あたしは相打ち覚悟で彼女の懐に潜り込んで、そのガラ開きの……胸に手を突っ込んだ。
「ひゃうっ!?」
彼女は予期しないであろう攻撃に戸惑って、変な声を上げた。 ……ちょっと可愛い。
いやいや、あたしにそんな趣味はない! でも、思った通りに彼女は羞恥で身動きが取れなくなった。 自分の格好を恥ずかしがっていた様だからひょっとしてと思ったけど、予想通りの効果があったみたいだ。
我ながら情けない戦法だけど、贅沢は言っていられない。 あたしは彼女が動けない様に、真っ平らな胸をビキニアーマーのトップの下から念入りに弄ってやる。 あとはメイちゃんが背後から剣を奪い取って……
「しね」
え? 彼女の言葉の意味を推し量る暇も無く、あたしのアゴに彼女のヒザが叩き込まれた。
思わず仰け反って倒れこんだあたしの上に、彼女の背後から迫ったメイちゃんが逆に一本背負いで投げ飛ばされて落下して来た。
「ガフッ!?」
メイちゃんが落ちて来た衝撃で、短い悲鳴と一緒に血反吐が出る。
今の衝撃でアバラがまた何本か折れたみたいだ。 何とか体勢を立て直そうとしたけど、目の前に剣の切っ先を突きつけられて完全に身動きが取れなくなった。
「随分とふざけたマネをして下さいましたわね」
彼女は怒りの余りに逆に笑顔になっている。 正直こっちの方が怖い……
「散々姑息な手に翻弄されましたが、これで御終いですわ。 八つ裂きにしても飽き足らない輩ですが、大切な使命が控えております故、楽にトドめをさして差し上げましょう」
そう言うと、彼女は聖剣を頭上に思いっきり振り上げた。
マズイマズイマズイマズイマズイ!! 彼女は身動きが取れないあたし達を重なったまま切り裂くつもりだ!
メイちゃんがまだ投げのダメージから回復してなくて、逃れようにも全く身動きが取れない。 あたしは傍らに浮遊するセバスチャンに策を尋ねた。
「ねぇ、さっきヨブの上級悪魔に囲まれた時に、手立てがあるって言ったよね。アレってまだ有効?」
「はい。 ですが、あれはお嬢様の心身に……」
「負担があるって言うんでしょ!? でも、これで死んだら負担もクソも無いじゃない!! 良いから早くなんとかして!!」
「……畏まりました。 メイちゃん様! アーちゃん様! お嬢様のサポートをしっかりお願い致します!!」
「もう、よろしいかしら?」
彼女はあたし達のやり取りに関心が無いと言った風に、一気に剣を振り下ろして来た。
もうダメ!!
……なワケが無イ。 アタシは身体の上ニ圧し掛かる幽甲冑を彼女ノ方に蹴り飛ばシ、同時ニ地面を転がっテ体勢を立テ直した。
「悪あがきを!?」
幽甲冑をかわシタ彼女は、慌てテ剣を構えてアタシを睨むガ、アタシを見ル目が何処と無ク怯えていル。
アタシはと言エば、さっきカラ例えようもナイ程の強烈な苦しミに身を苛まれていタ。
苦しイ……痛イ……切ナい……
イヤ、どれモ違ウ。 だガ、この感触にハ覚えがアル。 コレは……
ワカッタ!! これハ“飢え”ダ!!
ソウダ!! アタシはお腹ガ空いてイルんダ!!
「な……何ですの?」
美味しそうナ声が聞こえテ、そっちニ目をやると彼女……名前ハ何だっケ……が怯えた目つきデコッチを見テイた。
……肉付きハ良く無イが、血色は良クて柔らかソウだ。 そう思うト同時に何トモ言えナい良い匂いが、彼女カラ漂ってキタ。
だめ……
アタシの頭ノ中かラ、何かヲ止める声が響イてきたケド、この飢えヲ止めるコトがデキなイ。
やめて……
ウルサイ!! アタシハ死んデから長いコト食べテ無いんダ!! ここデ肉デモ食べなイト、モウ我慢ガががっががががっががががががガガガガガガ!!
「ひっ!?」
彼女……面倒臭イ。 肉ガ魔斬波を放ってアタシの手前で弾けテ消エル。
肉は明らかニ怯えてイル……
カワイイ……食ベテしまイたい程ニ!!
「ガがガ……ガガガッガががっ……ガ、餓餓餓餓餓餓餓餓餓餓餓餓餓餓餓餓餓餓餓餓ァァァアアァァァァッ!!」
餓慢ノ限界ダッタ。 アタシハ口ヲ大きク開けテ、柔らかソウナ剥きだシの肉目掛ケテ飛び掛ッテイッタ。




