後門の虎と袋の鼠
やばいやばいやばい……
あたし達はセバスチャンの指示を頼りに地階の回廊をひた走っていた。
勇者と言うからには、かなりの強さだろうとは思ってはいたけど、上位悪魔の大群と屍導師の魔貴族を相手に一人で互角以上に戦えるなんて、正直予想以上だ。
さっきの戦いがどうなったかは知る術もないけど、どうもヨブが勝てる気がしない。 そうなれば勇者が何時かは追い着いて来るだろう。
勇者があたしに抱く第一印象は、多分最悪のモノになってしまったに違いない。 もとより“腐敗の令嬢”なんて呼んで完全にあたしの事はモンスター扱いだったし、何よりも格好の事で完全に怒らせてしまった。
「でも、今時ビキニアーマーなんて着てくる方もおかしいと思わない? 先祖伝来の鎧とか言ってたけど、どんだけ古い家なのよ!?」
思わず口から出た悪態にセバスチャンが冷静に返す。
「歴史上、知られている限り女勇者の数はそう多くはありません。 その中で古式な姿で知られる者はさらに限られます。 恐らくは魔法黄金時代の末期に、単身で魔王を倒したと伝えられる“魔族狩り”のシャルテ・サンドルマの子孫と見て間違い無いでしょう」
「なんで言い切れるわけ?」
「あの独特の形状のビキニアーマーは、伝説にある女勇者シャルテの姿に一致いたしますし、何よりもあの剣はシャルテが愛用した“聖剣イーヴルバスター”に間違い有りません」
「その通りですわ!!」
背後から例の女勇者の声が聞こえて思わずギョッとして振り向くと、背後の通路に例の女勇者が聖剣をこちらに突きつけながらふんぞり返っていた。 その綺麗な顔には余裕の笑みを浮かべている。
「そのお喋りな魔剣の言うとおり、ワタクシはシャルテ・サンドルマの子孫、ユーファリア・シャルテ・サンドルマ!! その証であるこの鎧を侮辱した罪は万死に値しましてよ!」
そう言いながら、彼女は左手に抱えていた何かをこっちに放り投げて来た。 それは乾いた音を立てながら
あたしの足元まで転がって来た。
……焼け爛れたドクロだ。 おそらくはヨブの首なのだろう。 案の定彼女に敗れたみたいだったが、もう少し持ちこたえて貰いたかった……
「次はアナタ方の番ですわよ」
ユーファリアは剣を水平に構えて一気に飛び掛って来る。 それと同時にあたしとメイちゃんは魔力弾を天井と床に同時に叩きつけた。 一瞬遅れて上下からの爆風が轟音と共に彼女を襲う。
彼女も耐魔法結界を持っている以上、魔力弾を直接ぶつけても効果は薄い。 でも、これで砕けて飛び散った建材の破片と土ぼこりが多少の足止めと目くらましになってくれる。
根本的な解決にはなってないけど、時間稼ぎにはなる。 あたし達は次の角を曲がって……思わず立ち止まってしまった。
そこは今までよりも幅の広い通路になっていて、両端には大きな石柱とそれと同じくらい大きな石像が十体程、交互に並んでいた。 その巨人を模した石像の両目が緑色に光ったかと思うと、ギシギシと音を立てて一斉に動き始めた。
「これは魔動像! それも大型タイプで御座います!!」
見れば判る! 今までの彷徨でも何度か戦った事があるし! でも、ここまで大きいのは見たことが無かった。 それが十体もいるなんて、いよいよ目的地が近いことを現してる感じだったが、この大きさと数はちょっと手に余る。
一気に通り抜けたいけど、ちょっと遠くにある大きな扉は堅く閉ざされていて力ずくでこじ開けるのには時間が掛かりそうだ。
「お待ちなさい! この程度の小細工ではワタクシからは逃げられませんわよ!!」
背後からはユーファリアの怒声が聞こえて来る。 行くも地獄、下がるも地獄……ならば!
あたし達はより脅威の少ない地獄……つまり前方の魔動像めがけて突っ込んで行った。 ヤケになったワケじゃ無くて、一か八かだけど一応策らしきモノはある。
ここは元魔王の迷宮、つまり魔族とモンスターが住む場所だ。 ならば、そこを護る魔動像が優先して排除するべきは……
「なっ!?」
ユーファリアは自分に向かって殺到する魔動像の群れに驚きの声を上げた。
思った通りだ、あいつ等は勇者や人間からここを護る使命を受けている。 ならば、あいつ等が優先して攻撃するのはゾンビのあたしじゃ無くて勇者のユーファリアだ!
背後で戦闘音が聞こえて来るのを他所に、あたしとメイちゃんは巨大な金属扉を全力で押し開ける為に身体全体で扉に力を掛けて押し続けた。 でも、この扉は今までのモノと違っていくら押してもビクとも動く気配を受けない。
じゃあ、引いて開ける? でも、扉には持ち手の類が一切無く引く事は不可能に見える。 えーと? それならどうやって開ければ
「散々ふざけたマネをして下さいますわね。 でも、鬼ごっこは此処で御終いですわ」
ギョっとして振り向くと、バラバラになった魔動像の残骸を背にユーファリアが聖剣を構えてこっちへ向かって来るのが見えた。
連戦でかなり息が上がっているのが見て取れるが、まだまだ体力には余裕がありそうだった。
「ねぇ、セバスチャン。 何か策は無い?」
「残念ながら。 ですが状況は二対一で御座います。 メイちゃん様との連携を重視して決してスキを見せない様に戦って、持久戦に持ち込めば有利になるかと考えます」
なるほど。 相手は勇者とは言え生身、連戦で疲労が見えている。 一方こちらはアンデッド揃い、持久力勝負ならあるいは……
どっちにしても、もう選択の余地は無さそうだった。 あたしとメイちゃんは覚悟を決めて肯き合うと、勇者を迎え撃つべく左右に分かれて武器を構えた。




