侵入と潜入
やばい! あたし達は骨のオブジェの物陰に隠れて幽甲冑の一団をやり過ごす事にした。
幽甲冑は五十体はいるだろうか? その手にしてる楯には三本首の竜の紋章、すなわちダグウェルの紋章が描かれている。 やっぱりここにはダグウェルが居るに違いない。
幽甲冑達はあたし達に気付く様子も無く、庭園を縦断して壊れた門の外に消えて行った。
「恐らく、先の冒険者達への追撃隊でしょう」
セバスチャンの小声の指摘にあたしは頷いた。
ケガ人多かったけど、大丈夫かな? 無事に逃げ切れると良いけど。 でも、今はあたし達も他人の心配をしている余裕は無い。 ここからはダグウェル達の本拠地なんだから。
開け放たれていたファザードの巨大な扉がゆっくりと音も無く閉じ始めている。 扉の向こうはここからは良く見えないけど、何者かがいる気配は感じなかった。
「ねぇセバスチャン、この庭園には他に入り口は無いの? 隠し扉とか」
「私の知る限りでは、あの扉だけで御座います」
むぅ……少人数で敵の本拠地に真正面から侵入するなんて、勇者じゃあるまいし不安しか無いけど他に方法も無さそうだ。
一か八か!! あたし達は急いで閉まりつつある扉の隙間から内部に飛び込んだ。
すぐに武器を構えて素早く周囲を警戒する。 予想に反して、出迎えのモンスターの攻撃もワナの発動も無かった。
結局何も起こらないまま、あたし達の背後で扉が大きな音を立てて閉まった
……これで逃げ場は完全に無くなったワケで、なんだか巨大な怪物の胃袋に収まってしまった様な落ち着かなさを感じたけど、やはり何かが出てくる気配も無く、逆にこっちが消化不良になりそうだった。
もっとも死んでからこっち、何も食べないで来たから実際に消化不良なんてなり様もないんだけどね。
ともあれ、ここでじっとしてても仕方が無いので、武器を構えながら周囲を見渡してみる。
ここは広間になっていて、上階に上がる階段が正面にあり、左右の壁面にはどこかへ通じる扉が幾つか並んでいる。
それよりも目を引くのが壁と言わず天井と言わず、縦横に走る複数の金属管で、その一部は柱や壁の不気味な装飾やオブジェを撤去して設置されていた。
「これも魔族好みの装飾ってヤツ?」
「いえ、これは前にも見た魔力の伝達管です。 私が先代の魔王様に御使えしていた頃には、この様な物は在りませんでした。 恐らく、魔貴族達が宮殿内部にも何かの機械を持ち込んで設置しているのでしょう」
一体何を企んでいるんだろう……いやいや、そんな事よりも今は自分の目的を果たすのが先決だ。 魔貴族の陰謀なんて大事は、後から来るとか言う勇者サマにでも任せておけばいい。
「で、例の蘇生設備ってのはドコなの?」
「設備の移動が行われていない限りは、この宮殿の地階の最深部にあった筈です。 先代の魔王様は、この設備と自動迷宮造成機を宮殿の最重要施設に指定して、宝物庫よりも厳重に封印しておいででした」
「じゃあ、番人とかワナとかが沢山あるってコト?」
「当時はそうで御座いました」
むぅ、とにかくここに居ても仕方が無い。 あたし達はセバスチャンの記憶を頼りに地階への階段を探しに宮殿の奥へと侵入した。
突然のモンスターの襲撃に備えて、防御力の高いメイちゃんが先頭に立ってくれた。 でも、予想に反してモンスターどころかネズミ一匹現れない。 何の物音もしないし、まるで完全な廃墟の中を進んでいる感じだった。
「だれも居ないね。 ダグウェル達は留守なのかな?」
「判りません。 可能性としては自らも冒険者や聖騎士の討伐に出向いているか、あるいはこの宮殿のどこかで例の魔法機械を用いて何らかの作業をしているか、と言った所でしょう」
「えー。 じゃあ、ひょっとして地階で出くわすなんてコトもあり得る?」
「可能性としては。 ですが、魔王様の起居していた場所は主に上階で御座いました。 もしもダグウェル達がいるとしても、上階にいる可能性が比較的高いかと思われます」
でも、ダグウェルが何を企んでいるか判らない以上は絶対の保障も無い。 最悪いきなり出くわして戦闘になるなんてコトも……
先頭を進んでいたメイちゃんが通路の曲がり角で不意に足を止めて、あたしにも静止する様に手で合図した。
あたしは考え事を中断してメイちゃんの後に続く。 彼女は曲がり角の先を警戒して覗き込んでいる。
なんだろ? あたしも角から顔だけ出して何が有るのかを覗いて見た。
曲がり角の先はまた大きな広間になっていて、向かいの壁に大きな扉の無い入り口があった。
その前には幽甲冑が十体以上並んで入り口を見張っている。 お互いに明かりを必要としないから気付かれるコトも無かったケド、下手したら鉢合せになる所だった。
「まずいですな、地階へ降りる階段はあそこだけです。 先に進むにはあの幽甲冑と一戦交えねばなりますまい」
セバスチャンが小声で警告する。
「えー、面倒くさいな。 メデューサの干し首で一気に石化させるかな」
「幽甲冑はメイちゃん様同様、魔法による擬似的な視力で物を見ております。 故に魔眼による石化の呪いは通用しません」
「ああ、そうかぁ……じゃあ、ここは強行突破? でも派手に戦って応援を呼ばれたらイヤだし……」
あ、待てよ? 連中がメイちゃんと同じならひょっとして……
あたしはメイちゃんに作戦を伝えた。 成功する保障は無いケド、上手く行けば無用な戦闘を避けられるかもしれない。 一見ムリの有る作戦にメイちゃんは無言で反対の仕草をしてみたけど、他に方法も無いのを理解してようやく首を縦に振ってくれた。
よし! あとは実行あるのみ。
……
メイちゃんは門番の幽甲冑に歩み寄っていく。 すぐに幽甲冑達が武器を構えて立ちはだかる。
あたしはメイちゃんの腰の位置からその様子を覗き見している。 もし失敗したらすぐに飛び出せる様に体勢を整えるが、今は地に足の付かない状態だから何とも姿勢が定まらない。
メイちゃんは兜の面当てをカチカチと鳴らして幽甲冑と会話を試みる。 ややあって、向こうもカチカチと返答を行う。
しばらくの間、あたし達には理解できない幽甲冑同士の問答が行われたが、先頭の幽甲冑が道を開けて先を促した。
同類を装って門番をやり過ごす作戦は上手く行ったみたいだ。 あたしはガラにも無く神様に感謝の念を捧げた(ムホホホ、苦しゅうない)。
そのままメイちゃんは入り口を下って長い階段を降りる。 そして階段が尽きた処がまた大きな広間になっていて、またも幾つかの入り口が並んでいる。
メイちゃんはセバスチャンの支持通り、入り口の一つを選んでその通路に入る。 そして幾つかの角を曲がって、完全に何者の気配も感じなくなった所でセバスチャンがメイちゃんに指示を出した。
「ここらでいいでしょう。 メイちゃん様、我々をここから引き出して下さいませ」
メイちゃんは頷くと、あたしとセバスチャンを魔力鞄から取り出した。
よし、これで無用の戦いを避けて地階へおりる作戦が成功した。 あたし達は周囲を警戒しながら更に地階の奥へと潜入して行った。




