彷徨の終わりと死の庭園
「百手巨人を石化させるとは……」
「奴が報告にあったゾンビ女か。 手配書と装備が違う様だが、いわゆる“第二形態”ってヤツか?」
「いずれにしても、バケモノには間違いあるまい」
あたしの背後で、冒険者達が好き放題囁いている。 いいかげん慣れっこだけどムカつく物はムカつく。
あたしは冒険者達の方を向き直る。 連中は次は自分の番だと思ったのか、あわてて武器や楯を構えて身構えた。
「バケモノめ! これだけの数を相手に勝てると思うのか?」
先頭の白い鎧の美形冒険者が剣を構えて精一杯の虚勢を張る。 所々からの流血で鎧のあちこちが朱に染まっている事からも、この態度が単なる強がりなのは明白だ。
メイちゃんが槍を構えて間に立ってくれるけど、あたしはそれを手で制した。 言いたい放題言われてるけど、あたしにとって人間は敵じゃないからだ……今のところは。
……ん? あたしは件の美形冒険者の顔をよく見てみた。 コイツ、どこかで……?
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
あたしは思わず大声で叫んでしまった。 その声に冒険者達だけでなく、メイちゃんまでも怯んでしまった。 ごめんね……って、それはともかく!
「あんたは! ジャスティン達を倒した時に出くわした冒険者達の中の!?」
「思い出した様だな! あの時は取り逃がしたが、今度はそうは行かないぞ!!」
「へぇ、大した自信ね。 たった四体の百手巨人ごときを相手にその有様で、このあたしに勝てるとでも? 何ならお前も石像にしてやろうか?」
「ぐっ……」
虚勢を張ってるのはあたしも一緒だ。 実際メデューサの干し首が無ければ苦戦は免れなかっただろうし。 でもここで人間との無用の争いは避けたい。 ここは悪役に成り切って回避した方が正解だろう。
「このあたしの慈悲を持ってお前達の退出を許す。 無用の死は好まぬ、速やかに立ち去るがよい!」
後半のセリフは本心だ。 バケモノ扱いはムカつくけど、だからと言って人間達に死んで欲しいワケでも無いからだ。
しかし、我ながら悪役の演技がサマになってきている……正直、ちょっと気持ちがいい。
あ、そうだ。 コイツらはさっきの別働隊から報告を受けてないみたいだから、改めて言っておく必要があるだろう。
「あたしをバケモノ等と呼ぶでない!! あたしの事はお嬢様と呼べ! 命が惜しくば、覚えておくがよい!!」
そう言い捨ててから、あたし達は颯爽と踵を返して百手巨人の石像の間を通って通路の奥へと進む。
追撃は無かった。 どうやらハッタリが通用してくれたみたいだった。
背後からは、冒険者達が引き上げて行く足音が次第に遠ざかって行くのが聞こえた。 それが完全に聞こえなくなってからセバスチャンがあたしを労ってくれる。
「御立派でしたお嬢様。 程よく無用の争いを回避出来ましたな」
「うーん、アレで良かったのかな? 争いは回避できたけど、誤解は深まったと言うか……」
「いえ、現状では誤解が解けない以上、これが最善の行動だったかと」
メイちゃんも優しく頭を撫でてくれて、アーちゃんも賛同してくれるかの様に軽く呻り声を上げてくれた。ちょっと照れてしまう。
ともあれ、折角上手いこと先頭を回避出来たんだ。 勇者とやらがここに来るのなら、先を急いだ方がいい。 あたし達は、人間と魔族の死体で舗装されたみたいになった血塗られた通路の先に進んだ。
……
「うわ……」
あたし達は、通路が終わって唐突に今までに無い位の広い空間に出くわした。
正面には、巨人でも楽々と出入り出来そうな巨大な門があった。 おどろおどろしい彫刻の施された金属の扉は無残に破壊され、周囲には人間と百手巨人の死体が折り重なる様に転がっていた。
さっきの通路を上回る凄惨な光景に、あたしは思わず声が出てしまったが、セバスチャンは逆に歓喜の声を(周囲を警戒しながら小声で)上げた。
「これは懐かしや! お喜び下さい、お嬢様!! これは地下宮殿の正門で御座います!! ついに我らの彷徨は此処に終わりを告げました! ここまで来れば目的の蘇生装置は目の前で御座います!!」
マジで!? あたしは思わず大声で聞き返しそうになって、慌てて手で口を押さえた。 ここにはダグウェルか他の何者かがいるに違いないのだ。 長い迷宮の彷徨が終わりを告げたのは嬉しいけど、むしろここからが本番と言って良かった。
あたし達は門扉の残骸に寄りかかって死んでいる百手巨人の死体の物陰に隠れながら、慎重に門の中に入って行った。
門の向こう側も外側と同じくらい広い空間で、巨人が数十人でフットボールを余裕で楽しめそうな程の広さがあった。 中には、人間や下級魔族やモンスターの骨を組み合わせて造られた何か(後でセバスチャンがオブジェと言うモノだと教えてくれた)が林立してて、門の対面には壁一面を彫刻して造られた不気味な装飾を前面に施された建物の正面(ファザードって言うんだって)が見えた。
セバスチャンが言うにはここは宮殿の庭園で、魔族はこう言うオブジェや彫刻を好むらしい。
あーやだやだ、魔族のセンスってサイテー。 フツー、宮殿のお庭って言ったら薔薇とかの綺麗なお花や生垣で飾って、真ん中に噴水を置いて、女神像とか天使像とかそんな可愛らしい彫刻で飾るのが常識でしょうに……本物の庭園なんて見たことも無いけどさ。
「魔族は逆に、そう言った趣好を不気味がる様で御座いますな」
「ふぅ、所詮は魔族か」
あたしはセバスチャンとそんなやり取りをしながら庭園に入った。
どうやら冒険者達は、正門の扉を破壊した所で断念して引き上げて行ったみたいだ。 庭園には人間と魔族のどっちの死体も無く、不気味ながらも整然とした静けさを湛えていた。
今のところ新手のモンスターの出現もワナも何も無いみたいだ。 それでも一応オブジェの影伝いに慎重に歩を進めた。
そして庭園の中ほどに差し掛かったその時、不気味な音を立てて宮殿のファザードの扉が不気味な音を立ててゆっくりと開き、内部の暗闇から幽甲冑の集団がゆっくりと姿を現した。




