下手の考えと敗走の軍勢
急がなきゃとは思ったモノの……
あたし達はまたもや奇妙な構造の広間に迷い込んでいた。 ちょっとした広場程もある広間の天井や床に金属の管? が縦横に張り巡らされている。 更に同じ様な管が天井から床に、壁から壁に無秩序に交差していて、まるで狂った大グモが室内にデタラメに巣をかけたみたいになっていた。
「本当にさぁ、何なの? この迷宮は!」
あたしは思わず手前にある金属管を力任せに蹴飛ばした。 するとセバスチャンがあたしに鋭く警告してきた。
「いけません、お嬢様! この管は恐らく魔力をどこかに供給する伝達管です。 蹴っただけでは破損は在り得ませんが、万一の事も御座います」
「伝達管?」
「はい。 大規模な魔法機械に魔力を融通する為の、言うなれば魔力版の水路と言った代物で御座います。 もし、管に穴が開いて内部の魔力が噴き出した場合、私の結界でダメージは免れても更なる伝達管の誘爆を招き、最悪の場合には広間の崩落による生き埋め等の事態が予測されます」
うげ。 それは困るし、何よりもそんな危険な代物で一杯の広間なんかに長居はしたくない。 あたし達は林立する金属管の間を潜り抜けて先へ向かう道を探した。
あたしはともかく、大柄なメイちゃんは金属管の間を槍を持って潜り抜けるのに四苦八苦している。 とりあえず槍はあたしの魔力鞄に収納して、更に先へ進んだ。
「それにしても、この管は何処に魔力を送ってるのかな?」
「判りません。 ただ、これだけの伝達管を張り巡らせるからには、かなりの大規模な魔法機械がこの周囲に点在している物かと思われます」
「大規模? 例えば件の自動迷宮造成機みたいな?」
「あるいはそれに順ずる何らかの大型の魔法機械かと。 何れにしても、これらの伝達管は今までの迷宮の構造とは異なり、ある種の意図を持って構築されている様に見受けられます」
「ある種の意図? 誰の?」
「それは判りかねます。 ですが、絶えず変化する迷宮で大規模な伝達管網を構築する為には、迷宮の少なくとも一部を制御している必要が御座います」
ふむ、それが出来るのはやっぱりダグウェルなのかな? 迷宮の一部を制御して、更に大きな機械を設置する目的って何だろう?
てか、ダグウェルがこの騒動の渦中にいるとして、その目的は何なんだろう?
ラードゥはダグウェルの事を知ってるみたいだった。 二人は協力しあう関係だったんだろうか? まだ他にも魔貴族はいるんだろうか?
……そもそもダグウェルがこの迷宮で起きている騒動の首謀者なんだろうか?
……やめた。 考えてもあたしの腐りかけの頭じゃ、何にも答えは出て来なかった。 あたしよりも頭の良いセバスチャンが判らないって言うのならどうしようも無い。 まぁ、迷宮の謎の答えは迷宮の奥に在るのが昔話のお約束だ。 今はとにかく先へ進むしか無い。
……
多くの時間を費やして、更に迷宮の奥地に分け入った。 大きな馬車が余裕ですれ違える程の幅と高い天井を持つ通路で、通路の両端には一定の間隔で大きな石柱が並んでいる。 柱の半程には小さな魔力灯が取り付けられていて、それが通路を等間隔で照らし出していた。
あたし達がこの通路に差し掛かった時、セバスチャンが歓喜の声を上げた。
「この通路には見覚えが御座います! これは地下宮殿の正門に続く道で御座います! 大規模な改装が無ければ、目的地は目と鼻の先で御座いますぞ!!」
「マジで!?」
あたしも思わず歓喜の声を上げたけど、全面的に喜ぶ気にはなれなかった。
何故なら、その“大規模な改装”が行われている可能性がゼロでは無いと言うこと。 そしてもう一つは、この通路に累々と横たわるおびただしい死体の山のせいだった。
大半は闇巨人や大牛頭族や有毒巨人等の大型の魔族の死体だったけど、ここに来て人間の死体も多数転がっており、ここで繰り広げられたと思われる激震の凄まじさを思わせた。
「ひどい……」
あたしは、強い力で頭を叩き潰されたと思われる戦士の死体の前に膝を付いて、胸元を探ってみた。
……あった。 アドベルグ冒険者ギルドのドッグタグだ。 他にも、前に出くわした聖騎士と同じ鎧を身に付けた死体も点在している。
おそらく、あたし達と戦った聖騎士達の本隊に間違いなかった。 彼らもこの地下宮殿の手前まで辿り付いたんだ。
「ですが、死体が少なすぎますな。 恐らく本隊はまだ先に行った物と思われます」
「だね」
その時、行く手が騒がしくなった。 戦闘音と共通語の叫び声がそっちから響いてくる。
「退却! 退却! 退却!」
「聖騎士は殿につけ! 回復術師は重傷者の回復を優先!」
「ダメです!! 魔力が足りません!!」
「クソ!! 魔術師は攻撃魔法で奴らを足止めしろ!! 何としても生還するぞ!!」
声が段々大きくなって来た。 このままでは鉢合わせしそうなので、あたし達は柱の影に隠れて様子を見ることにした。
程なく、負傷した人間の一団が通路になだれ込んで来た。 どう見ても敗走の最中だ。
次いで、上半身から何本もの手を生やした巨人の一団が追撃してきた。 天井に頭が付きそうな程の巨体で、その手には剣や棍棒など様々な武器が握られている。
「百手巨人ですな。 全部で四体いる様です。 あれでは冒険者達には勝ち目はありますまい」
セバスチャンが冷静に分析した。 ここであの一団を助けても、おそらく誤解は解けないだろう。 でも、ここで彼らを見殺しにするのも元人間としては気が引ける。
「ここは助けるよ……大丈夫、勝算は有るから」
「畏まりました」
セバスチャンが同意して、メイちゃんも首をカシャンと縦に振った。 勝算はあるとは言え、もし失敗したらこっちが苦境に立たされる。 慎重に、でも迅速に決着を付ける必要がある。
「メイちゃんは、もしも討ち洩らした巨人が出たらそいつを全力で食い止めて!!」
メイちゃんは槍を構えて力強く頷いた。 あとはセバスチャンに結界を全力で張ってもらって、後ろからの人間の魔法を防げばいい。
勝負は一瞬で決まる! あたしは人間の一団が自分達の隠れてる柱の前を通り過ぎるのを確かめると、すぐに柱から飛び出して百手巨人の前に立ちはだかった。
「お前らの相手はこのあたしだ、バケモノども!!」
そして百手巨人達に大声で名乗りを上げて注意を引いた。 奴らは突然の闖入者に驚いてあたしに注目して……そこで決着は付いた。
「ふう、今回も上手く行ったけど、もしも効かなかったらと思うとゾッとするわ。 かなりのお便利アイテムだけど、過信しないようにしないとね」
あたしは石像と化した百手巨人達を前に、メデューサの干し首を慎重に魔力鞄に仕舞いこんだ。




