説得の失敗とあたしの価値
「おのれ卑怯な!!」
角突き兜の聖騎士が、悪態を吐きながら起き上がる。 それを皮切りに、他の聖騎士や魔術師達からも一斉に罵倒が飛んできた。
あたしに剣を突きつけられた回復術師の女も、怒りの形相を浮かべてあたしに怒鳴りつけた。
「神に背くアンデッドめ!! 醜い姿を曝してまで生きたいのか!!」
悪罵にはいい加減に慣れて来たつもりだったけど、このセリフには思わず頭に血が昇ってしまった。 あたしは大声で女回復術師に怒鳴り返した。
「うっさい! 何が神だ!! あんなキモデブの言う事なんか知ったコトかぁ!!」
「キモ……デブ?」
女回復術師があたしの剣幕に押されて、キョトンとした表情で呟いた。 おっと、いけない。 神がキモデブ云々は単なるあたしの妄想だ。
今の大声で他の人達も黙ってしまった。 これは好都合かもしれない。 メイちゃんがあたしの隣に辿り付いたので、今度は冷静に角付きに話しかける。
「まって! あたしは確かにゾンビだけど、人間に悪意は無いしダグウェルとは何にも関係ない!!」
「ウソを吐くな!!」
あたしを最初に見つけたローブの男が反論しながら、あたしを指差した。
いや、その指先はあたしの顔からビミョーにずれてる? なら一体、何を指差して……
「お前が手にしている魔剣は、かつてこの迷宮の魔王が手にしていたと言う闇の魔剣セバスチャンだ!! 魔王所縁の魔剣を手にして無関係とは白々しいぞ!!」
なるほど、セバスチャンの事か……ってか、まずい。 あの魔術師は結構な目利きみたいだ。
「セバスチャン!? 数々の魔王や魔貴族が振るった血塗られた魔剣……」
「まだ実在していたとは……」
「では、あのゾンビ女も魔貴族か? 確かに吸血鬼や屍導師等、アンデッドの魔貴族は珍しくはないが……セバスチャンを持っていると言う事は、かなりの上位の魔貴族か!?」
周りの聖騎士や魔術師もざわつき始めた。 ってか……
「セバスチャン、あんた結構な有名人なんだねぇ…… 剣だけど」
「その様で御座いますな」
魔術師は呆然としているあたしを指差して更に怒鳴った。
「更に、その鎧はかの“悲嘆呪殺のドレスアーマー”ではないか!! 着用者を尽く呪い殺したと言う穢れた鎧を平気で着こなすお前がバケモノ以外の何だと言うのだ!?」
「ウウウウゥゥオオオオオォォオオオオオオンンンンン!!」
「ちょっと!? 酷いこと言うからアーちゃんが泣いちゃったじゃないよ!! あやまれ!!」
「お嬢様、いけません」
え? なに? セバスチャン?
あたしはセバスチャンの声に冷静さを取り戻して、そして止めに入った理由を理解した。
さっきまであたしを気丈に罵倒していた女回復術師が、ぐったりと地面に倒れていた。 かろうじて息はあるけど、何だか苦しそうだ。
これって……いまアーちゃんが泣いて、闇の瘴気を集めたから?
あたし達には何の自覚も無い(むしろ快適)から気付かなかったけど、生身の人間には健康に関わる濃度だったみたいだ。
彼女が苦しんでるのに気が付いたみたいで、角付き兜が剣を突きつけて怒声を上げた。
「卑怯だぞ!! 人質を放せ!!」
ああ、こんなつもりは無かったのに……まぁ止むを得ずとは言え人質を取ったあたしが悪いか。 色々聞きたい事もあったけど、もう説得も交渉も出来る雰囲気じゃない。
ここはもう逃げるしか無いか……あたしはメイちゃんに目配せして逃げる算段に入る。 付き合いが長くなって来ただけあって、メイちゃんはあたしの意図を察してくれて軽く頷いた。
でも、逃げる前に一つだけ聞いて置きたい事があった。 女回復術師がこれ以上瘴気の影響を受けない様に少しずつ後ずさってセバスチャンを構える。
あたしの動きに聖騎士達が反応して慎重に剣と楯を構えて近付いてきたが、まだあたしの近くに女回復術師がいるから派手な魔法やさっきの聖光爆破みたいな大技は使えないハズだ。
「面倒だから、ここは退いてあげる」
人質を取ってるからか、我ながら悪そうなセリフが出てしまった。 まあ、どうせバケモノとしか見られてないんだからいいか。 そのまま角付きに問いかける。
「でも、一つだけ質問に答えて」
「何だ?」
「あたしが手配書に出てるって言ったよね?」
「そうだ、魔貴族ダグウェルとその一味には賞金が掛かっている。 勿論お前にも。だが、冒険者達はともかく聖騎士団の目的はあくまでもお前達の討伐だ。 で、それがどうした?」
あたしは自分が手配されてると聞いて、ずっと気になってた事を聞いてみた。
「あたしの賞金は幾らだ!?」
いまの質問は彼らの虚を突いたらしく、みんながキョトンとしていた。
「……何故そんな事を聞く?」
「気になるじゃない」
「……十万だ。 あと、そっちの幽甲冑が八万」
むぅ、以前ジャスティン達に捕まって売られそうになった時もあたしは十万くらいで売れるってあの変態が言ってたっけ。
十万Gなら一年以上は贅沢して暮らせる金額だから、かなりの値打ちだ。
あたしにそんな価値があったとは思わなかった。 これって、自首とかしたら自分が貰えるのかな……んなワケないか。
って、いけないいけない。 自分の価値って金額じゃ無いと思う。 色々聞きたかったけど、そろそろお暇しよう。
あたしは一気にこの広間に入って来たのと反対側の入り口にダッシュした。 それと同時にメイちゃんが魔力弾をまた聖騎士達に投げつける。
また爆炎が巻き起こり、両者の視界が遮られた。 連携プレイ“逃走その1”成功!!
このスキにあたし達は広間を脱出……出来なかった。
その唯一の脱出口から大勢の闇鬼畜族が押し寄せて来たからだ。




