地下の少女と光の獣
最後のほう、言葉が違う設定を思い出して通話が出来る設定に加筆しました。 ご迷惑をおかけします
女の子は後ろを振り返らずに、明らかにあたし達から逃げる様に走っていた。 あたし達は怪しいものじゃ無い! ……って叫ぼうとしたけど、説得力が全く無いのは解っていたから止めておいた。
あたしたちを巻くつもりか、女の子はまた横の路地に逃げ込む。 あの子はこの辺の路地の土地勘があるみたいだ。
……なら、あの子は……。
「お気付きになられましたか、お嬢様」
セバスチャンの指摘にあたしは無言で頷いた。 ……そう、あの子はお仲間だ。
こんな所で小さな女の子が生きていけるとはとても思えないし、何よりも明かりが一切無いこの廃墟を、あの子は手ぶらで明かりも持たずに走っていた。
お仲間なら気にせずに呼び止めても良さそうだったけど、あの子があたし達を見たとき、あの子は確実に怯えた表情をしていた。
悪霊の類なら、さっきのアーちゃんみたいにすぐに攻撃を仕掛けて来ただろうから、多分悪い霊じゃ無いとは思うんだけど、罠か何かに誘い込んでいるのかもしれないワケで、さてどうした物か……
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
女の子は、次の角を曲がって姿が見えなくなる。 次の瞬間、あの女の子の悲鳴らしい声が聞こえてきた。
何事!? あたし達が急いで角を曲がると、通りの真ん中で女の子が白く輝く獣に襲われようとしていた。
その獣は輪郭は狼か大きな猟犬に似ていたけど、毛皮も目も無く生き物と言うよりは、オーラみたいな白い光が獣の形を取っている……と言った感じだった。
その獣が声も立てずに、無言で少女に飛び掛ろうとしたので、あたしは思わすその間に割って入った。
女の子の前に立ちはだかり、光の獣をセバスチャンで薙ぎ払う。 オーラの塊りみたいな獣には実体は無さそうだったけど、セバスチャンは魔剣なのでそんな相手でも斬る事が出来る。
軽いけど確かに手ごたえがあり、獣の首を切り飛ばす事が出来た。 切り離された首は蒸発するみたいに霧散していく。
……次の瞬間、残った身体が爆発するみたいにオーラを飛び散らせて消えた。 あたしはその光を浴びた瞬間、全身に衝撃を受けて、建物のほうに吹き飛ばされた。
ガシッ!!
壁に叩きつけられる瞬間、メイちゃんが飛び込んであたしを受け止めてくれた。 サンクス!
光の獣の姿は、もうどこにも無い。 どうやら倒す事が出来たみたいだ。
あたしはアーちゃんのお陰でダメージは無いけど、今の獣は一体何だったのだろう?
「今の獣の正体は、残念ながら私にも解りかねます。 ですがオーラの波長からすると、あの獣は光属性で御座います。 先ほどの衝撃波は、自らの身体を光の魔法エネルギーに変えて爆散する、一種の自爆攻撃と思われます。 アーちゃん様の防御が無ければ危うい所で御座いました」
むぅ、光のオーラでダメージを受けるとか、益々モンスターじみてきたな。
って、女の子は!?
どうやら女の子は獣の自爆攻撃から距離が離れていたので、無事みたいだった。 でも、まだ恐怖が抜けないのか、へたり込んで震えている。
うーん……助けてあげたいけど、あたし達にも怯えてるみたいだし、どうしたモノか……
「ウオオオオオオオオオオン!!」
あたしが迷ってる間に、アーちゃんが大きな唸り声を上げると女の子は震えるのを止めて、恐る恐るといった感じで顔を上げた。
カチカチカチカチカチカチ
メイちゃんも兜の面当てを鳴らして、女の子に語りかけている。 説得してるのだろうか?
しばしのやり取りの後、女の子は何か納得した様に頷いてから立ち上がり、あたし達に手招きして先に歩き出した。
「付いて来て……って事なのかな?」
「その様で御座いますな。 メイちゃん様とアーちゃん様の説得が通じたので御座いましょう」
あたし達は女の子の後を付いて行くと、閉ざされた大きな扉の前に辿り付いた。 女の子はまた手招きをすると、扉をすり抜けて向こう側に消えた。
幽霊のあの子はいいとしても、あたし達はすり抜けなんて出来ない。 あたしはメイちゃんと二人がかりで重い扉を開けた。
「扉の上に“避難壕”と書いて御座います」
セバスチャンの説明を受けながら中に入る。 避難壕って事はこの奥に地下街の住人が逃げ込んだって事なのだろうか? だったら、地下街に死体が全く無いかったのも理解できる。
でも、避難した住人のその後は……?
入り口から通路が少し延びて、突き当たりに下に降りる階段が見える。 女の子は階段の手前に立ってあたし達を待っていたが、また手招きをすると階段を下っていった。
敵意は無いみたいだけど、念の為に狭い通路に合わせてセバスチャンを振るいやすい様に刀身を縮めてから慎重に階段を下りていった。
……
避難壕と言うだけあって結構長い階段を下りる事になったけど、ようやく階段も終わって、あたし達はさっきよりは小さいけどやっぱり重そうな金属の扉の前に辿り付いた。
女の子はこっちを振り向いてから、また扉をすり抜けて中に入っていった。 やれやれ、また重い扉を開けるのか……まぁ折角ここまで来たんだし、ここで引き返すのもアレなので、あたしはメイちゃんに合図してまた扉を開けようとした。
ガコン!
その矢先に重い音がして、扉が独りでに開いた。 入って来いと言う事だろう、あたしはお邪魔しますと呟いて中に入った。
「うわ……」
思わず声が出てしまった……中はかなりの広さを持つ大広間になっていたのだが、床一面に人骨が積み重なっていたのだった。 女の子は、目に見えるくらいの瘴気が漂う広間の真ん中に立っていて、あたし達をじっと見つめている。
「……人間?」
不意に男の声が聞こえて、あたし達はとっさに戦闘体勢を取る。 でもどこにも人影は無い。
「ちがう、こいつはゾンビだ!!」
また怯えた様な別の声が聞こえた。 一体どこから? あたしは広間に目を凝らす。 ……そしてどこから声が聞こえて来たかを理解した。 声は広間に漂う瘴気から聞こえてきた。
渦巻く瘴気の中に時折、沢山の人の顔が浮かんでは消えていく。 その顔は老若男女様々だったが、そのいずれも、どことなくあたしの鎧の表面に浮かぶアーちゃんの顔を連想させた。
どの顔も、みんなあたし達に怯えているか、敵意を向けている。
「どうやら、幽霊の集合体の様で御座いますな」
セバスチャンの説明を聞きながら、あたしは思わず後ずさる。 セバスチャンは魔剣だから霊みたいな実態の無いモノも斬ることが出来るけど、広間一杯の幽霊を相手にするのは初めてだ。
戦ったモノか迷うあたしの前に、いきなりメイちゃんが立ちはだかり、幽霊の群れに向かってまた兜をカチカチ言わせて話始めた。
女の子はメイちゃんの言葉(?)に頷くと、幽霊の群れに向かって何か話しかけた。 もっとも、その声はあたしには聞こえなかったけど。
すると瘴気の中から老人の顔が浮かび上がり、陰鬱な声でしゃべりだした。
でも、何を言っているのか解らない。 えっと、メイちゃんが生きてた頃より前の幽霊だし、帝国共通語だっけ? そんな言葉を話してると思う。
言葉が通じずに戸惑ってると、セバスチャンがあたしに小声で囁いた。
「お嬢様、あの幽霊は言葉が通じないのを察して、念話の魔法による会話を求めております。 念話に限り、耐魔法結界を解除致しますか?」
うーん…… わざわざ話しかけて来たって事は、敵意は無いんじゃないかな? あたしはセバスチャンに念話の術だけ通してもらった。 すると、頭の中に聞きなれた共通語で、老人の声が聞こえて来た。
「その魔剣をしまって下さい。 我々に敵意は御座いません……この子を助けて頂いて有難う御座います。 “アングラール”の住人を代表してお礼を申し上げます」
 




