怨霊の改心と終わらない寄り道
「……ウオオオン?」
ドレスアーマーに浮かび上がった人面は、何時まで経っても死なないあたしに戸惑うような泣き声を上げた。
「ざーんねんでしたー! あたしはゾンビだから、もう呪いで死んだりしないんですー!」
あたしは半ばヤケになって、人面に舌を出して挑発してやる。 人面は少しキョトンとした表情になって……
「ウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンン!!!!!」
部屋全体がビリビリ振動するくらいの大声で泣き出した。 メイちゃんも思わず両耳を塞いでしゃがみ込む位の悲痛で陰惨な泣き声みたいだったが……
「だまれっての!!」
あたしは胸に浮かんだ人面を、拳で殴り付けて黙らせた。 破れた鼓膜が回復するのを待って、人面に説教する。
傍から見ると自分の胸に怒鳴りつけているワケで、あんまり人様にお見せできない光景だ。
「あんたね!! 部下に騙されて死んだってのは確かに可哀想だけど、八つ当たりで人を呪い殺すって人としてどうなのよ!? もうお互い人じゃ無いけどさあ」
「オオオオン……」
「あたしもね、悪い奴に騙されて結果的にゾンビになったけど、赤の他人を憎いとか思って殺したりはしないし、泣いて自分を慰めたりはしない!!」
セバスチャンが少しツッコミを入れる。
「先ほど、ドレスアーマーが呪われていたと解って嘆いておいででしたが……」
あーあー、きこえなーい。 心に棚を作るのも健全なゾンビライフの心得と言えよう。
「まぁ、とにかく……ここにいるメイちゃんも、この迷宮で死んで幽甲冑になったけど、人を呪ったりしないとっても良い娘で、あたしの友達でいてくれてるよ?」
「オオオン?」
人面はメイちゃんを見て問いかける様な呻り声をだし、メイちゃんは何かに答えるようにカシャンと頷いた。
「今までずっと孤独で辛かったと思うけど、ずっと悪いことばかりじゃ無いと思うし……えーと」
えーと……困った。 泣いてる人を励ましたり慰めたりした事ってあんまり無いから、何て言っていいか解らない……。
でも、とりあえず泣き止んでくれてるし、そんなに悪い怨霊じゃ無いのかもしれない。 たしかに境遇は可哀想だし、八つ当たりしたい気持ちも本当は解らないでもないけど、うーん……。
「……シクシクシクシク」
あたしが言葉が続かずに首を捻ってると、人面が今度は小さく啜り泣き始めた。
困惑するあたしをメイちゃんが手で制して、中腰であたしの胸の人面に顔を近づけた。
カチカチカチカチカチ……
そして兜の面当てを振動させて、軽い金属音を出す。
「……ゥゥォオオオォォ……ンン」
カシャカシャカシャカシャ……
「オオオオオォォンンンン……」
なにごと? 訳がわからず困惑するあたしにセバスチャンが説明をいれた。
「どうやら、会話を試みている様ですな。 残念ながら幽霊同士の会話の内容は、私にも解りかねます」
おお、メイちゃんは幽霊同士なら話せるのか!?
メイちゃんは、顔を上げると傍らの木箱の埃の上に指先でガリガリと文字を書いていく。 あたしは文字が読めないから、セバスチャンに読んでもらう。
「ふむ……“本当は寂しかった。 誰かに叱ってほしかった……と言っている”と有りますな」
むぅ……まぁ、元は同じ女の子だったみたいだし、荒れるのも仕方が無い……か?
あたしが納得する間にもセバスチャンはメイちゃん経由で人面の通訳を続ける。
「“ずっと封印されて荒れてたけど、ゾンビさんに叩かれて目が覚めた。 呪われてるけど、心を入れ替えてゾンビさんのお役に立ちたい。 一緒に連れてって欲しい”……との事です」
あー……。 まぁカッコつけて説教した手前、置いていくのもアレだし、何よりもまたこんな暗い所に置いて行くのも可哀想だ。
「おっけ。 みんな纏めてあたしに付いてこい!」
あたしの返事に人面は歓喜の呻り声を上げた。 これが無ければ問題無いんだけどなぁ。
とにかく、一緒に行くのなら呻り声や泣き声以外にも、解決すべき問題がいくつかある。 まず、一つ目の問題を人面にぶつけた。
「えーと、この鎧の色なんだけどさ、元の綺麗な白には戻らないの?」
しばしの遣り取りの後、セバスチャンが代返する。
「残念ながら“カラーリングは仕様で変更不可”だそうです」
むう、この悪役みたいな赤と黒は変えられないのかぁ……あ。
あたしは気が付いてドレスのスカートをたくし上げた。 ……下着まで黒く変色してるし。 まぁ、呪いのドレスアーマーだし仕方がないか。 あたしはもう一つの質問を人面にした。
「あんた、名前は?」
しばしの遣り取り。
「メイちゃん様同様、記憶の劣化で憶えていない様です」
この娘もかぁ……まぁ数百年経てばそんなモノかもしれない。 えーと、この鎧の正式な名前は“悲嘆呪殺のドレスアーマー”だっけ? 長い!
「よし、あんたの名前はアーちゃん。 アーマーだからアーちゃん、どう?」
「オオオオオオオン」
どこと無く嬉しそうな唸り声だ。 喜んでくれて何より。
「あと、ゾンビさんじゃなくて、あたしの名前はシネル。 とりあえずお嬢様って呼んでね」
人面……アーちゃんは鎧の表面で頷いた。 さて、とりあえず痴女化は免れたし、ドレスアーマーまで手に入ったのは良いんだけど……
あたしは店内の姿見の前に立った。 大きな赤いリボンでポニーテールを結わえ直したモノの、相変わらずの不健康なゾンビ顔で、赤いドレスに黒い鎧の色彩が我ながら不気味な印象を強めている。
さらによく見るとアーちゃんが集める闇の瘴気が、鎧の表面で黒い陽炎みたいに漂っていた。
これじゃ、清楚な姫騎士どころかまるっきり悪の女将軍だ。
「そう悲観する事ばかりでは御座いませんぞ、お嬢様」
軽く落ち込むあたしに、セバスチャンがフォローを入れる。
「アーちゃん様は確かに呪われておりますが、見たところかなりの強度を持つ魔法の鎧の様です。 更に常に身にまとう濃厚な闇の瘴気によって、身体回復力は飛躍的に高まる物と思われます」
……呪いのアイテムで恩恵を受けるあたしって一体。
いやいや、物事は良い方に考えよう。 改めてセバスチャンにメイちゃんに、自分が身に付けているアーちゃんを順に見る。
ゾンビに闇の魔剣に幽甲冑に呪いのドレスアーマー。 見事に生きた人間が一人も居ない、多分世界で最も奇妙な冒険者のパーティーだろう。 でも……
「まぁ、うまくやって行けるんじゃない? あたし達」
まずは生き返って、迷宮を出るのが先決。 悩むのはその後でもいい。
さて、寄り道も有意義だったけど、そろそろ本筋に戻りますか。 あたし達は防具専門店を後にして、もと来た通路に向かった。
カチカチカチカチ
「ウォォオオオオン」
カチャカチャカチャカチャ
地下街の大通りを進みながら、メイちゃんとアーちゃんは亡霊同士のコミュニケーションで楽しそうにおしゃべりをしていた。
どうやら、メイちゃんはあたしとお揃いのリボンをアーちゃんに自慢しているらしい。
何となくあたしだけが蚊帳の外みたいでちょっと寂しかったが、まぁ二人が意気投合しているのは良い事だろう。
さて、そろそろ迷宮に戻る通路のあった辺りだ。 確かここの角を曲がると……ほら、通路の入り口が見えた。 でも……
その通路の入り口の前に、小さな女の子が立っていた。
十歳くらいの小さな女の子で、腰まで長い髪を下ろして白いワンピースを着ている。
何で、こんな所に人が? 驚いたあたしが思わず一歩前に踏み出すと、女の子は怯えた様にパッと建物の間の横道に飛び込んだ。
「待って!!」
あたしは思わず、その女の子の後を追った。




