迷宮の痴女と三つの問題
「でぇりゃああああああ!!」
あたしは、気合を込めてセバスチャンを上段から振り下ろして、九叉大蛇の首を切断した。
よっし、五本目! これで残りの首は半分を切った。
シャアアアアアアアアア!!!
九叉大蛇の残った首は、怒りの声を上げながらあたし目掛けて口から毒液を噴射してきた。
セバスチャンの耐魔法結界はほぼ全ての魔法を打ち消す程強力だけど、こうした毒液であるとか竜のブレスであるとかの、身体能力由来の特殊攻撃に対しては効果を持たない。
「おっと!!」
だから碌な防具が無い現状では、特殊攻撃はこうやって回避するしか無い。 最初は回避も未熟で、何度か死にそうな目にも遭った……いや、死んでるけどね。
冗談はともかく、実際あたしがゾンビだから良かった様なモノの、生身だったらとっくに何度も死んでたと思う。 それが、辛うじてとは言えこうして毒のブレスまで回避出来てるのは、ひとえにセバスチャンの厳しいながらも献身的なサポートのお陰だと思う。
最初はセバスチャンの能力に逆に振り回されてたけど、最近はあたし為りに魔剣の扱いに慣れて来たんじゃないかな、なんて自画自賛しちゃったりもする。
毒のブレスはつい今まであたしが立っていた石畳を撃ち付け、ぶじゅぶじゅと泡立ちながら石材の表面を溶かす……直撃を受けたら流石のあたしでも、ドロドロに溶けて一巻の終わりになるだろう。
長引くのは得策じゃない、と思ったあたしは素早く九叉大蛇に接近して、我ながら鮮やかな連撃で六本目と七本目の首を切り落とす。
ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!
残りの首が二本になって焦ったのか、九叉大蛇は柱程もある大きな尻尾を振り回して攻撃してきた。
尻尾は横薙ぎに回廊の石柱を枯れ枝みたいにヘシ折りながら、あたしに迫ってくる。
尻尾があたしの目前に迫ろうとした時、メイちゃんがさっき何故か乱入してきた巨大蟹をあっさり踏み潰して、鎧とは思えない猛スピードであたしと尻尾の間に割って入って、体ごとぶつかって尻尾を止めた。
「ナイスアシスト!」
あたしはメイちゃんが尻尾を止めたのと同時に、九叉大蛇の懐に飛び込んでがら空きの胴体を横薙ぎに一閃した。 セバスチャンによればコイツは血も猛毒らしいから、返り血を浴びないように素早く飛びのいた。
九叉大蛇に取ってはこれが致命傷になったみたいで、残り二本の頭と尻尾を轟音を立てて床に横たえると、何回か痙攣してそのまま動かなくなった。
「やったね!」
どうやら九叉大蛇を倒したみたいだ。 あたしはメイちゃんとハイタッチして、強敵との勝利を祝った。
…
…
…
「……それでね、現状には三つの問題があると思うのよ。 セバスチャン」
あたし達はさっき九叉大蛇と戦った回廊から少し離れた地下墓地と思われる広間で休息を取っていた。
大半が魔族のモノと思われる無数の骨が、無数にある壁の窪みに乱雑に積み上げられ床にも無数の骨が散らばるこの広間は、闇の瘴気が特に濃くて今のあたしたちには打って付けの“癒しスポット”になっていた。
「三つ……と申しますと?」
聞き返すセバスチャンにあたしは握り拳を突き出すと、まずピンと人差し指を立てた。
「まず、一つ目が件の魔王の地下宮殿に未だに辿りつけない事」
こないだのアイツらやダグウェルとの戦闘から、結構な時が流れた(昼も夜も判らない迷宮では、日にちの経過を知ることは不可能に近かった)。
あれからずいぶんと迷宮を彷徨ったけど、一向に地下宮殿に辿りつけないでいた。 まぁ、その間の度重なる戦闘のお陰で、剣の腕がかなり上がったって副産物もあったけどね。
「申し訳ありません、お嬢様。 ですが、自動迷宮造成機の無秩序な改装により、迷宮の構造が数百年前とかなり変わっておりまして……地下宮殿に至るにはもう暫く時間が掛かるものと思われます」
「むぅ……。 まぁ、まだ探索は始まったばかりだし、あたしもすぐに結果が出るとは思って無いから、とりあえずこの問題は置いとくとして……」
あたしは二本目の指を立てる。
「二つ目は、メイちゃんにピッタリの槍が見つからない事」
魔法戦士であるメイちゃんは、格闘家の心得が少しはあるとは言え、得意な武器は槍である。 でも、今までに魔族から奪ったり、迷宮の武器庫から見つけた槍の類はメイちゃんの怪力に耐え切れず、数回の使用で壊れて使い物に成らなくなった。
メイちゃんの格闘家の腕も大したモノだし、怪力と並外れた防御力があれば、大半の魔族やモンスターには対処出来るモノの、魔法武器の良い品質の槍があれば、更なる戦力アップが期待出来ると思う。
「地下宮殿が近づけば、周囲の施設に強力な魔法武器の槍も御座いましょう。 して、三つ目とは?」
セバスチャンの問いに、あたしは特に力強くビシィ! と三本目の指を立てた。
「あたしを見て解らない? セバスチャン」
「はて? ……申し訳御座いません、私めにはとんと……」
セバスチャンは良く出来た魔剣で執事だけど、やっぱりこう言う所が少し鈍い。
メイちゃんはと言えば流石に同じ女の子だけあって、正解に気付いてちょっと照れたみたいにモジモジしている。 ……鎧なのに可愛いなぁ、やっぱり。
じゃ無くって。
「防具……て言うか服よ服!! このままじゃ大変な事になるでしょ!!」
そうなのだ。
知っての通りゾンビであるあたしや幽甲冑であるメイちゃんは、傷を負っても少し休息すれば、闇の瘴気で回復出来る。
でも、身に付けてる服はそうじゃない……。
ジャスティン達に防具を奪われた上に、服まで破られてゾンビ化した時点でそうとうボロボロの、如何にもゾンビらしいファッションだったあたしの服は、今に至るまでの無数の戦闘で再生出来ないままに損傷しまくって……
今のあたしと言えば、比較的残ってる破れたニーソックスと、いい加減擦り切れ始めてるブーツとグローブを別にすれば、まるっきりの下着姿であり、灰色がかった生白い色をした不健康な肌を惜しげも無く曝している状態だった。
大昔の女戦士や女勇者はこれに近い格好で戦っていたと言われてるけど、生憎あたしは現代っ子。
こんな姿で迷宮をウロウロするのには、ちょっと耐えられ無い。 もしも今後ダメージを受けて、下着まで失ったら、これはもうお嬢様じゃ無くて立派な痴女になってしまう!!
って、現状ですでに痴女みたいなモノだけどさぁ……
「とにかく! 防具でも服でもいいから、着るものを優先してゲットしたいワケよ!!」
「成る程、回避だけでは戦闘に不利な局面も御座いますし、畏まりました。 お召し物か防具の入手を優先致しましょう」
セバスチャンは、こう言う面ではかなりの朴念仁だ。 まぁ、そう言う所も実直な執事って感じで気に入ってはいるんだけどね。
「じゃぁ、傷もあらかた回復したし、もう少し下に降りますか!」
あたしは床から立ち上がって、お尻を軽くはたいた。 メイちゃんもそれに倣う。
セバスチャンによれば迷宮とは重要なモノ程、奥に奥に隠匿するように配置するモノらしい。 自動迷宮造成機が制御を離れて無秩序に迷宮を拡張したとしても、その原則は変わってはいないだろう……との事だった。
要するに、迷宮のより深いところや、入り組んだ所、見るからに厄介そうな所を目指せばいいワケだ。
とりあえず下に降りる階段か何かを探すために、あたし達は地下墓地を後にした。




