猟犬とバケモノの逃走
……え? なんで?
ゲスの極みな三人組だったけど、一応仲間じゃ無かったの?
あたしの当惑を無視して、ニコラスは弓の狙いをアクセルに定めた。 どうやら、あの奇妙なゴーグルのお陰で暗闇でも問題なくモノが見えるみたいだ。
(後にセバスチャンが教えてくれたが、件のゴーグルは暗視眼鏡と言って、超帝国時代の便利道具であるらしい)
「なんだ? なんなんだ? 一体ナニが起こってるんだ!?」
アクセルが意識を取り戻したのか、倒れたままニワトリみたいにキョロキョロしながら大声で喚く。 ああ、今この暗闇の中で物が見えずにいるのはアクセルだけだっけ。
ニコラスと言えば、そんなアクセルの反応を楽しむかの様な嗜虐的な口調で告げる。
「まだ状況が解らないなんて、これだから脳筋は……。 いいですかアクセル、獲物を捕って来れない猟犬の末路は、煮て食われるか脚を縛られて河に放り込まれるしか無いんです。 お前らは後者の例だったワケですよ」
そう言いながら、ニコラスは射的ゲームの様に楽しげに矢を放った。 それはアクセルの眉間に正確に突き刺さり、アクセルもジャスティンみたいに無造作に顔面を床に叩きつけて事切れた。
「なんて事を……」
あたしの言葉に、ニコラスは嘲いながら返してきた。
「なんて事を……と言われれば、あなたがこのクズ共に止めを刺す手間を省いて差し上げたまでですが、何か?」
「アンタ達……仲間じゃ無かったの?」
「アハハハハハ、まさか。 強いて言えば猟師と猟犬の関係ですかね。 もっともベテランではあるモノの、行状の悪いはみ出し冒険者に接触して、誘拐ビジネスを持ちかけたのは僕ですがね。 ジャスティンは初めっからリーダーと思い込んで僕の為に働いてくれた走狗と言うワケです」
あまりの事に呆然として、動けないあたし達を尻目にニコラスはダグウェルに恭しくお辞儀をして言った。
「ダグウェル様、この様な事情により新米冒険者を攫う計画は頓挫致しまして、申し訳御座いません。 ですが、より効率の良い計画でノルマの達成を致したく存じます」
当のダグウェルは、退屈そうな表情を変えずに軽く欠伸をしながらニコラスに告げる。
「まぁ、計画についてはそれで良いだろう。 だが、今お前に嫁せられたノルマはまだ達成できた訳では無いのだぞ?」
「……は?」
「それ、そこに私が倒せと命じたゾンビと魔剣と、おまけの幽甲冑が居るでは無いか。 どうした? お前は私に何でもすると忠誠を誓った筈だな? ならば、早くそいつらを仕留めて私に誠を示して見せよ」
ダグウェルの言葉に、見る見る顔色を失うニコラスを見て、あたしは思わず笑ってしまった。
「プッ!! 何? ニコラスクン、散々人のことを猟犬呼ばわりしてたけど、結局はアンタも猟犬だったってワケ? ダッサ!!」
ニコラスは、あたしの挑発に激高したらしく弓を捨てて両手に短剣を構えた。
とは言え三対一、このゲスの変態を倒すのには全くの躊躇は無かった。 何よりも、さっさとコイツを倒して、明らかにコイツらよりも格上っぽいダグウェルがまだ油断している内に倒さないと、さっきから床に転がされて泣いているあの娘を助けられないし、まず、あたし達の身も危ういかもしれない。
速攻で決着を付けなければならない。 あたしの目配せでちょっと呆然としていたメイちゃんも、状況を理解してファイティングポーズを取ってニコラスににじり寄る。
「ちょっと!! 卑怯ですよ!? 男らしく一対一で勝負するべきじゃ無いんですか!?」
ああ五月蝿い! 大体あたしは女だ!! ……一応はね。
さっさと終わらせようと、両手剣サイズに伸ばしたセバスチャンを振り上げたその時……
チン
……と音がして、エレベーターの扉が開き松明やランタンや、魔法の明かりを持った一団が広間になだれ込んできて、一気に広間の中が明るくなった。
「冒険者だ!!」
あたしは歓喜のあまりに思わず叫んだ。
「見つけたぞ、冒険者のツラ汚し共!! ポルゴンとゴブンはすっかり吐いたぞ! お前らの企みはこれで終わりだ!!」
そうタンカを切った白い鎧の美形を先頭にして、ざっと二~三十人はいるだろうか? 身に着けている立派な武器や、派手な鎧やローブから見てかなりの高レベルの一団の様だ。
これなら、ダグウェルが相手でも勝てるだろう。 同じ事を考えたのか、ダグウェルも幽甲冑の背から立ち上がって紅い杖を振り上げた。
「厄日だな、邪魔が入りすぎる。 興が殺げた、引き上げるぞ」
「仰せのままにィ、わが君」
ダグウェルが手にした紅い魔杖から、今度は氷の礫が冬の嵐の様に吹き荒れて、広間を満たした。 冒険者たちの悲鳴や怒号が渦巻く中、ダグウェルとニコラスの姿は忽然と消えてしまった。
「無詠唱の転移ですな。 あのダグウェルとか言う魔貴族はともかく、ニコラスもああ見えて中々に高位の魔法使いだった様で御座いますな」
「むぅ」
変態の癖に魔法まで使うなんて、軽戦士みたいな格好をしてたから判んなかったわ。
まぁ逃げられたならしょうがない、あたしは広間を振り返った。 さすがにベテラン揃いであった為に死者は出てないみたいだったが、いきなりの大規模な魔法の行使で結構ケガ人が出ているみたいだった。
あたしと言えば、例によってセバスチャンの耐魔法結界でキズ一つ無かったワケだけど。
とにかく、魔貴族と変態の一味は追い払ったワケで、あたしは床に転がされたままのローブ姿の女の子の縛めを解いて猿轡を外した。
「いやああああああああ!! 殺さないでええええ!!」
猿轡を解いた途端、彼女はけたたましい鳴き声を上げて叫んだ。
「ちょ!! まって!! あたしたちは怪しいモノじゃ無いし!!」
我ながら説得力無いな~……とか思いながら、とにかくあたしは彼女を宥めようとしたが、幾つもの火球や電撃や魔斬波が飛んできて(もちろん全部結界で弾かれたけど)、思わずあたしは後ろを振り返った。
「その娘を放せ!! このゾンビ女め!!」
さっきの白い鎧の美形を先頭に、無事だった冒険者達が武器を手にあたしににじり寄ってきた。
その眼は一様に憎しみに彩られている……
「まって! あたし達は、アイツらの仲間なんかじゃ……」
あたしの言葉は、彼らの怒号と挑発でかき消された。 先頭の美形が更に言いつのる。
「変な芝居が通用すると思うな! このバケモノが!!」
バケモノ……
いや……あたしは……確かに今はゾンビだけど、ちゃんと人間に戻るつもりで……だから心まではバケモノじゃ無いってか、ほら! ちゃんと魔貴族の陰謀を破ってこの娘を助けたわけで……
おねがい……きいて……
あたしの抗弁は言葉にならず、どうしたら良いか解んなくなって今助けた娘の顔を見下ろした。
その眼は……完全に只のゾンビを見るそれだったワケで……
「ぅうああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」
あたしは、絶叫を上げながら腕に抱きかかえていた女の子を美形に向かって突き飛ばすと、一目散に背後の通路に飛び込んだ。 遅れてメイちゃんも後に続く。
あとは、どこをどう逃げ回ったやら……冒険者達の追撃を振り切った時には、あたしたちはまたも何処とも知れない迷宮のどこかに居た。
「お嬢様……」
セバスチャンが気遣わしげにあたしに話しかけて来た。
「まったく、せっかく人助けをしたってのに、冒険者も見る目が無いって言うか! やっぱりゾンビな外見がいけないと思うのよね!!」
メイちゃんも心配そうに近づいて来る。 いいって、あたしは大丈夫だから!!
でも、眼からは赤黒い涙がぽろぽろ溢れて来る。 ……まったく、ゾンビの身体と来たら! 全然思い通りになりゃしない!!
「だから、早く生き返る方法を見つけないとね! ……だってあたしは……ほら……お嬢様なんだし! バケモノとかいわれたって……へいきだし……」
ごめん、やっぱ無理。
あたしは、メイちゃんの胸に縋ってちょっとだけ泣いた。
「さて、と」
気を取り直したあたしは、セバスチャンを手にして聞いた。
「結構あちこち歩いた気がするんだけど、本当にあたしが生き返るアテは有るんでしょうね?」
「はい。 現在私たちは、先代の魔王の地下宮殿を目指しております。 宮殿の深部には、万一に備えて魔王を蘇生させる施設が隠匿されていた筈です」
ふむ……半信半疑だけど、今はそれを信じて進むしかない……か。
「おっけ、じゃあ早くそれを見つけて生き返って、迷宮から抜け出さなきゃね!」
あたしは勢い良く立ち上がる。 メイちゃんも、元気を取り戻したあたしに嬉しそうに抱きついた。
「いだだだだだ! いや、痛くないけど力抜いてメイちゃん。 つぶれちゃうから」
「では、参りましょうかお嬢様。 だいぶ地階を下りました故、地下宮殿はそう遠く無いと思われます」
セバスチャンの言葉に勇気付けられ、あたし達は目の前の通路を突き進む。 ……行く手の暗闇に、いくつかの眼が光り、巨大な影が迫り出して来た。
さて、今度は何のモンスターやら。 初めてセバスチャンやメイちゃんに会ったときみたいに、あたしは全く不安を感じなかった。
あたしは、セバスチャンを構えてメイちゃんと一緒にモンスターの群れに突っ込んで行った。
漫画の打ち切りエンドみたいなまとめですが、まだまだ続きます




