迷宮の彷徨と見えた灯火
魔族と魔王……無知で世間知らずのあたしでも、さすがにその存在くらいは知っている。 人間の歴史は魔族との戦いの歴史だからだ。
魔族はあたし達人間が住む“人界”の遥か北にある不毛の大地“魔界”の住人で、絶えず人界の豊かな土地を狙っている。 実際に人界は何度か魔界の支配を受けた事もあったみたい。
で、魔族には上級と下級がいて、明確な定義は無いけど大体強さで区別されてるって、昔冒険者に聞いた事がある。
下級が小鬼族や鬼畜族や蜥蜴族みたいなので、上級で有名なのがさっきの闇鬼畜族とか巨人族、もっと強いのだと吸血鬼とか闇妖精族とか亜竜族とかかな?
その位のレベルの上級魔族は“魔貴族”として振舞って、中でも強力な力を持った奴が“魔王”を名乗る……
長い歴史の中で何度も魔王が現れ、人界はその都度大損害を受けるか最悪の場合奴らの支配を受けて、それは残酷な目に遭わされた、と言う。
まあ、その都度人界から勇者と呼ばれる人物が現れて、魔王を倒して魔族を魔界に押し戻しているので、どうにか人界は滅びずに済んでいる。 逆に人界から魔界に攻め込む事も何度かあったけど、どの遠征も惨々たる結果に終わったって言う話ね。
で、今あたし達がいるこの迷宮もそうした魔王の一人が作って、そいつは結局勇者に倒されて、その後迷宮は放置されていた……って、ニコラスは言ってたっけ?
「それが、見たことも無い魔族の紋章があるって、どう言う事なのかな?」
あたしは、いつまでも続く回廊を巡りながらセバスチャンに聞く。
ここまでに何度か戦闘があったけど、危なげ無く切り抜けて来られた。 あたしも結構剣技が上達した……んじゃ無いかな、と思うんだけど。
で、ここしばらくは敵も罠も出くわさないので、あたしは退屈しのぎにセバスチャンにそんな質問をしたのだった。
「あくまで推測で御座いますが、生前のお嬢様を陥れた者共の一人……ニコラスで御座いましたかな? あの者の話によると、ここ最近放置されていた迷宮からモンスターが現れた、と言うことでしたな」
「そう言ってたね」
「古代の魔法機械、自動迷宮造成機には何処からかモンスターを召喚して、迷宮の各所に配置する機能が御座います。 そうしたモンスターは、通常機械の制御を受けて特別な命令が無い限り、迷宮の外に出ることは御座いません」
「そうなの?」
「はい。 それが迷宮の外に頻繁に出没したと言うことは、考えられる原因は二つ程御座います。 一つ目は自動迷宮造成機の更なる暴走で、モンスターの制御が利かなくなった場合。 そして、もう一つが何者かが自動迷宮造成機に接触してモンスターの制御に成功し、何らかの意図を持って故意に迷宮の外部に出している場合……等が考えられます」
「それが、この三つ首竜の紋章の魔貴族って事?」
あたしはポケットから取り出した、紋章入りのメダルをチャラチャラと手で玩んだ。
「あくまでも推測で御座います。 ただ、この少ない情報から推測致しますと、何らかの目的で自動迷宮造成機を制御するために、この紋章を持つ魔貴族が放置されていた迷宮に入り込んだ……と考えられます」
「何の為に?」
「残念ながら、目的までは判りかねます。 先程も申しました様にあくまでも推測で御座いますので」
なるほど、今は考えても仕方ないって状況か。 それにあたしの目的……蘇生の手段を見つける探索にはあんまり関係なさそうだし、魔貴族なんて物騒なヤツらは、地上のベテラン冒険者達に任せる事にしましょうか。
「おっと」
唐突に回廊が終わり、突き当たりに上に昇る螺旋階段が現れた……他に通路も扉も無いみたい。
これを昇るのかぁ……めんどいけど、今更このバカみたいに長い回廊を戻るのも何だかなぁ。 仕方ない、何か手がかりになるモノがこの先に無いとも限らない。 あたしは覚悟を決めて螺旋階段に挑む事にした。
…
…
…
……長い!
もうどの位昇ったんだろ……未だに階段の終点が見えない。 あたしは疲れ果てて、いまはメイちゃんにおんぶされて階段を昇っていた。
「ごめんねメイちゃん」
あたしの言葉にメイちゃんはカシャカシャと首を横に振った。 なんて良い娘なんだろ、生前はきっと聖女みたいな女の子だったに違いない。
それにしても、あたしは不甲斐ない……空腹を感じないなら、疲労も感じなければいいのに。
セバスチャンによると、ゾンビだから痛みもないし眠らなくてもいいけど、疲労感は地味に蓄積する身体への負担を自覚出来る様に、あえて残してあるらしい。 もちろん疲労の回復は休憩中に闇の瘴気を吸収して行う。
じゃあ、メイちゃんもキツイかもしれないし、そろそろ休憩しよう。
あたしがそう言おうとした時、唐突に階段が終わって少し広めの部屋に出た。 階段は更に上の階に伸びていて、四方の壁には扉の無いアーチ状の入り口があった。
「とりあえず、ここで休憩~」
あたしはメイちゃんの背中からおりて床にゴロンと横になった。
つかれた……もう階段は昇りたくない。 とは言え、どこを目指したら良いのやら。 あたしはぼんやりと四方の入り口を見渡した。
……明かり?
あたしは思わず身体を起こした。 あたしの右手にある入り口の奥……暗視でも見えない位の遠くの闇に、まるで人魂みたいに小さな光が見えた。
「あれって……松明!?」
……見間違いなんかじゃない。 遠くてハッキリしないけど、炎の放つ赤い光がユラユラと揺れていた。
セバスチャンも気付いたみたいで、小声で私に話しかけてくる。
「向こうはまだ、こちらに気付いて無いみたいですな。 如何致しますか?」
やり過ごすのも一つの手だけど、何者か分からないのを放置するのも気持ちが悪い。 とりあえず、正体だけは確かめる事にして、動くと音の出るメイちゃんを残してゆっくりと光に近づいた。
相手がモンスターであれ、人間であれ、松明を持っていると言う事は、明かりが無ければ物が見えないと言う事だ。 だから、暗視を頼りにゆっくりと近づくあたしは、恐らく相手には気付かれてはいないだろう。
その証拠に松明は微動だにしていないし、暢気に話す男の声も聞こえて来た。
「……にしても、遅いなアイツら。 立場が上だからってナメてねぇか?」
え……? 共通語?
「まぁ、そう言うな。 大事なお得意様だ」
この声……。 あたしは音も無く更にゆっくりと闇の中を進む。 飛び出したい衝動を必死に殺しながら。
「そうですよ。 ここは安全地帯なんだし、落ち着いて待ってればいいんですよ」
あたしは、松明の灯る部屋の入り口の陰に身を潜めて、声の主の三人の人間を見た。
間違いない……
松明に照らし出された人間たちは、まぎれも無くジャスティン達だった……




