お嬢様の誕生と新たな出発
うーん……判断に迷う所だけど、敵ではないしゃべる剣が居るなら、敵ではない動く鎧も居るかもしれない。
あたしはセバスチャンを下ろして、恐る恐る鎧から腕を受け取った。
「あ、ありがと」
あたしのお礼に幽甲冑はカチャリと小さく頷いた……照れてるのかな?
さて、と。 腕は見つかったけど、どうすればいいのかな? 縫い付ける? でも、ここには針も糸も無いし。
首をかしげるあたしに、セバスチャンがソツ無く答えてくれた。
「切断面をそのままくっ付けて下さいませ。 迷宮全体には闇の瘴気が漂っており、それが傷の回復を早める効果があります」
「それだけで良いの?」
あたしは言われるままに、ちぎれた腕を肘に押し付ける。
ビクン
しばらく待つと、腕が軽く痙攣して動くようになった。 中々便利な身体になったけど、闇の瘴気で回復とか、あたしってすっかりモンスターになったんだなぁ……
少し落ち込んだあたしに、幽甲冑が心配そうに近づいてきた。 そうそう、この鎧の事があったっけ。
落ち込んでる場合じゃない、あたしは幽甲冑に問いかけた。
「あなたは敵じゃ無い…… みたいね? 一体何者なの? あ、あたしはトルア村のシネル。 元新米冒険者で…今はゾンビだけどね。 あなたは?」
返事が無い。 なんか困ってるみたいに見えるけど……
「あ、ひょっとしてあなた喋れない?」
ガシャガシャと幽甲冑は勢い良く首を縦に振る。 そっかぁ……まあ、口が無いからねぇ。 でも、物は見えてるし、あたしの声も聞こえてるのよね。 ……まぁ、そう言うモノなんだろう。 それにしても困ったな、どうやったら鎧の言いたいことが判るんだろ……
幽甲冑も困っているらしく、両手を口元(?)に当てて首をひねっている。 ……ちょっと可愛いかも。
何か思いついたののか、カシャンと手を打って床にしゃがみ込んで手招きする。 つられてあたしも鎧に向き合う形でしゃがんだ。
すると幽甲冑は、石畳の砂埃の上に金属の指でザリザリと何か書き始めた。 文字みたいだ。 時間を掛けて長い文章を書き上げると、それを手で指し示した。
なるほど、これならしゃべれなくても、言いたい事が判る。 いいアイデアだと思う。 でも……
反応の無いあたしに、幽甲冑が小首を傾げた。 あたしは、ガクッと両手を床に付けて鎧に打ち明けた。
「ごめん、あたし…… 字が読めないの」
幽甲冑は、あっけに取られた様に動きが止まって、やっぱりガシャンと両手を床に付いた。
しょうが無いじゃない!! だってあたしは只の村娘でロクに教育なんて受けて無いんだもん!!
自分の名前を書くのが精一杯で、ギルドの書類記入もほとんど受け付けのお姉さんにやってもらったしさぁ。 しかも、自分の名前だって教えてもらった文字も間違って覚えてたらしくって、お姉さんに“シネヨ”って書いてるって指摘されてもうね……
落ち込む二人の間にセバスチャンが失礼、と割って入ってきた。
「ふむ、これは帝国共通語…… おおよそ五百年前に広く使用された人間の言語ですな。 この幽甲冑の霊は、その頃の人間である可能性が高いかと」
「読めるのセバスチャン!?」
「お任せを。 私が封印された時代以前の言語は、ほぼ網羅して御座います」
あとは、幽甲冑の筆談とセバスチャンの帝国共通語との会話になって、あたしは置いてきぼりの状態になった。 いいもん、ほらあたしは御主人様だし、そーゆーのはセバスチャンがやってくれればさ。 ……うぅ、無知な自分がちょっとくやしい。
「解りましたぞ御主人様」
セバスチャンの通訳によると、この幽甲冑の中の人は生前にこの迷宮に魔王討伐に来て果たせずに死んだ、当時の冒険者の亡霊らしい。 魔王の手勢と戦って死んだ後、その魂は鎧に封じられ幽甲冑として再利用されて、魔王の尖兵として戦わされたそうだ。
しかし、何かの拍子に自我に目覚め、反抗的な態度を示した為に処分される事になったが、珍しいアイテムを集めるのが好きだった魔王が自我のある幽甲冑を面白がり、コレクションとして休眠状態にして、セバスチャンの台座代わりとして一緒にあの広間に封じたらしい。
で、長い眠りにあったのが、あたしが落とし穴から落ちてぶつかったショックで目覚め、衝撃でバラバラになったパーツを掻き集めて復活した。
復活したらいきなり目の前にゾンビがいて、ビックリして広間の隅で震えていたら、屍喰巨蟲まで現れて、両者が戦い始めた。
成り行きを見守ってたが、ゾンビの方がなんとなく悪いモンスターに見えず、同じ女の子だったので仲間になれないか、と思ってこっちに飛んできたあたしの腕を拾って近づいてきた…… と言う事だそうだ。
「なるほどねぇ……殺されてモンスターにされた挙句に長い間封印されて、それで目覚めて見たら目の前にモンスターがいたら、そりゃ怯えるよねぇ。 そりゃ、同じ女の子としては……って、え!!?」
あたしは驚いて幽鎧の両肩を引っ掴んだ。
「あんた、女の子だっての!?」
血相を変えて聞いてきたあたしに、幽甲冑は怯えたようにカシャカシャと何度も頷いた。
むう、まさか女の子だったとは。 どおりで仕草がちょっと可愛らしいと思った……てか、あたしより女の子っぽいし。
「享年は14歳だったそうです。 後は記憶が戻らず、自分の名前も生い立ちも思い出せないそうです。 おそらく長期の休眠状態による記憶の劣化と思われます」
「なるほど」
「この幽甲冑は、御主人様と同行することを望んでいるようです。 武器は無いけど、身を護る事位は出来ると言っていますが、如何なさいますか? 御主人様」
いきなりそんな事いわれてもなぁ…… でも、あたしの腕を拾ってくれたし、悪いモンスターには見えないのよね。 それに剣に未熟なあたしにとっては仲間が居たほうが心強いし、何より同じ女の子のよしみだ。
……やっぱり甘いかな? あたしって
「わかった、一緒にいこう」
あたしの台詞に幽甲冑が大喜びといった感じで抱きついてきた。
うわ、結構力強い。 痛くは無いけど、ちょっと身体がギシギシ言ってるし。
「待ってメイちゃん! 力強すぎ、ちょっと落ち着いて」
あたしの台詞に幽甲冑は慌てて手を離す。 そして、キョトンと首を傾げた。
「ああ、あんた名前思い出せないんでしょ? だから仮の名前でメイちゃん、甲冑のメイで、メイちゃんって考えたんだけど、どう?」
幽甲冑…… メイちゃんは返事の変わりにさっきよりも強い力で、あたしを抱きしめた。
「あだだだだだだ!!! いや、痛くは無いけどバラバラになっちゃう!! ちょっと緩めて!」
「宜しいのですか? 御主人様」
セバスチャンが尋ねてくる。 あたしはメイちゃんに抱きしめられたまま、頷いた。
「かしこまりました、御主人様。 では、そろそろ参りましょうか」
そうね、いつまでもこの広間にいてもしょうが無い。 あたしは三人(?)で広間を出ようとした時、ある事を思い付いてセバスチャンに尋ねた。
「ねぇ、セバスチャン。 一つお願いを聞いてくれる?」
「お願いなどと畏れ多い。 何なりとお命じ下さいませ、御主人様」
「それ。 “御主人様”じゃ無くて“お嬢様”って言ってくれない? 前からそう呼ばれて見たかったの」
「かしこまりました、お嬢様」
セバスチャンが渋い、それでいて優しげな声であたしを呼んだ。 中々悪くない。
「もっかい言って見て?」
「はい、お嬢様」
ちょっとジーンと来た。 セバスチャンが本当の頼れる執事に見えて来る。
これから、あたしたちは迷宮のどこかにある、あたしを蘇生させるアイテムなり手段なりを探す冒険にでる。 きっと危険な旅になると思う。
でも、あたしには頼れる執事の魔剣セバスチャンと、ボディーガードのメイちゃんが付いてくれる。
不安は無かった。 あたしは頷くと、力強く広間から一歩外へ踏み出した。
まだ続きます




